健康を左右するのは「地位」よりも「裁量」だった ストレスとはプレッシャーだけの問題ではない
横暴に振る舞う上司、不正を繰り返す政治家、市民を抑圧する独裁者。この世界は腐敗した権力者で溢れている。 では、なぜ権力は腐敗するのだろうか。それは、悪人が権力に引き寄せられるからなのか。権力をもつと人は堕落してしまうのだろうか。あるいは、私たちは悪人に権力を与えがちなのだろうか。 今回、進化論や人類学、心理学など、さまざまな角度から権力の本質に迫る『なぜ悪人が上に立つのか:人間社会の不都合な権力構造』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。 【写真でみる】なぜ政治家は堕落し、職場にサイコパスがはびこるのか? 進化論や人類学、心理学によって読み解く1冊
■観察研究で検証する難しさ 階級と権力、地位、身体の健康は、どのように組み合わさっているのか? これらの要因が、偶然の一致を見せているのではなく、私たちの身体的な健全性における生物学的な変化の原因であると、どうすれば確信を持てるのか? これら2つの疑問に答えることに人生の多くを費やしてきたのが、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのサー・マイケル・マーモット教授だ。 たいていの観察研究(研究室で入念に制御した実験を通して行う研究ではなく、実世界で得たデータを検討する研究)では、因果関係を解きほぐすのが難しい。
たとえば、CEOたちと用務員たちをただ比較すると、健康状態に大きな違いが見つかることは確実だろう。 だが両グループには、役職以外にもあまりに多くの違いがあるので、地位と健康状態の間に見つかる関係はどれも、学歴、子ども時代の経験、栄養状態など、他の厖大な数の違いによって引き起こされたのかもしれない。 地位、あるいは階級制の中で出世することが、人の生物学的特性を変えたことを示すのは不可能だろう。 マーモットが、権力と健康状態は関連している、と主張したとき、ほとんどの人はストレスとお金という2つのもののどちらかのせいにした。権力のある人のほうがストレスを受けているので健康状態が悪いという結果になる、あるいは、金持ちなので良いという結果になる、というのだ。