健康を左右するのは「地位」よりも「裁量」だった ストレスとはプレッシャーだけの問題ではない
「みんな、言いました。『そうか、ストレスが重要であるはずがない』と」とマーモットは私に言った。 「上の階級のほうが下の階級よりも多くのストレスにさらされているのは間違いないはずです――なにしろ、いくつも締め切りを抱えていますし、大臣たちからはひっきりなしに指示がありますから。だから、私は考えました。『たしかに、高い地位の人は、より多くのストレスにさらされている』と」。 ■プレッシャーだけの問題ではない
だが、階級よりも裁量権――職場で物事の成り行きを決める能力――に的を絞った質問に目を向けはじめたマーモットの頭に、閃(ひらめ)くものがあった。 「プレッシャーだけの問題ではないことに気づきました」とマーモットは言った。「厳しい要求と少ない裁量権の組み合わせが問題なのです。そして納得がいきました。それでデータに表れたもののすべてに説明がつきました」 マーモットと彼の研究者チームがデータを細かく分析すればするほど、この関係がはっきりした。
仕事で途方もないプレッシャー(マーモットは「要求」という言葉を使った)に直面している人は、自分には大きな裁量権があると感じているかぎり大丈夫だった。 ところが、多くのプレッシャーにさらされていると感じ、しかも、自分が運転席に座っている(あるいは、少なくともときどきはハンドルを切ることができる)と感じていない人は、健康状態が段違いに悪かった。 私たちは独裁者である必要はないが、自分の職業人生における決定は自ら下せると感じている必要があるのだ。
権力が増えるとストレスも増すので、健康状態が悪化するという一般常識が誤りであることを、マーモットは発見した。 ただし、誤りである理由は意外なものだった。しばしばストレスと呼ばれるものと、実際に私たちの体に有害なかたちでストレスをかけるものとの間には、じつに大きな隔たりがあることが判明したのだ。 ■ストレス反応とは何か? スタンフォード大学の生物学者ロバート・サポルスキーは、ヒヒと人間の両方を調べていて、生きていくうえでストレスがきわめて重要なツールであることを発見した。