『ミシュランガイド』掲載3店、手掛ける店すべてに行列ができる異端の職人のラーメン哲学
外国語のメニューを置かない理由
だが、そのミシュランの掲載をきっかけにインバウンド(外国人観光客)の来店が増えたという。なにか特別な策があるのかと聞くと、「インバウンドはあえて意識しないようにしている」という答えが返ってきた。 「自分が海外に行った時は、できれば観光客向けの店には行きたくない。それって逆もあると思っていて、日本人が熱狂しない店にはインバウンドも行かないと思います。まずは日本の人に来てもらうのが大前提。その上で、インバウンドが喜んでくれそうな仕掛けを散りばめています」 どの店にも外国語のメニューは存在しない。そこには水原なりの考えがある。 「海外の店で店員が日本語を話せて、メニューも日本語だと、ちょっとテンション下がりますよね。せっかくなら現地に根付いたおいしいお店に行きたい。だから私は、いわゆる観光客向けの店作りを避けています」 外国人に対しては不親切かもしれない。けれど、日本人が熱狂する店を作る。それが水原のモットー。だから日本人はもちろんのこと、外国人にも選ばれるのだ。 もうひとつ、水原が店作りで気をつけているのが、女性が利用しにくいと感じるストレスを排除することだという。つまりは清潔感だ。 「『あいだや』は女性が一人で来ても恥ずかしくない店を目指しました。 ラーメンの写真をインスタグラムに上げても『この人こんな店に行ってるのか』と思われない商品にする。すると女性も自然とラーメンを投稿してくれると思います。テーブルの素材、器のデザイン、商品の盛り付けがよければ、女性もラーメンに対して抵抗がなくなるはずです」 話を聞いた日は、開店前にもかかわらず、実際に多くの若い女性が列を作っていた。女性が訪れたくなる店を目指すことは、結果的に男性にも好感を与える。そして誰もがおいしくラーメンを食べられる環境を作り出しているのだ。
異端児が後悔していること
ラーメン店の多くの店主は自ら厨房(ちゅうぼう)に立って一つの味を極める、いわゆる職人気質なタイプが多い。一方で水原は店を信頼できる人間に任せ、自身は新たな店のラーメン開発に時間を費やす。最近はアジアをはじめとした海外のイベントに出店する機会も多いという。順風満帆に見える水原だが、ラーメン作りにおいては後悔もあるという。 「『この人じゃないと作れない味』『この味といえば誰々だよね』と言われるのには憧れます。正直、私には、『とみ田』(千葉県松戸市)さんや『飯田商店』(神奈川県湯河原町)さんみたいな絶対的な味は作れません。それに対して葛藤した時期もありました。下積みがもっとあれば、ラーメン作りで苦労しなかっただろうと思います。その反面、柔軟性は持ち得なかったかもしれない。後悔してる部分もあるけど、これでよかったかなと。スタッフには『自分の型をちゃんと身につけてから独立しなよ』と伝えています」 『らぁめん小池』のオープンから10年を迎え、飛ぶ鳥を落とす勢いの水原に次なる目標を聞いてみた。 「チャンスがあればさらに出店したいです。業界的にはすでに面白いことができていると思っていますが、さらなる独自路線を追求したいです。私は居酒屋出身ということもあり、ラーメンが好きというより飲食業が好き。重心がみんなと少し違うところにあるから柔軟に見えるだけなんです。ラーメンにプライドはあんまりなくて、飲食業としてお客さまが楽しんでくれればそれでいいんです」
【Profile】
山川 大介 YAMAKAWA Daisuke 立命館大学卒業後、飲食メディアでラーメン店の取材に注力。その後広告代理店勤務を経て、2023年に日本初となるラーメンの麺を使ったクラフトビール『華麺舞踏会』を開発。現在は株式会社Beer the Firstの取締役に就任し、企業や全国の自治体との商品開発、SNSを使った集客支援、執筆活動など多岐にわたり活動中。