じつは「戦果」が目的ではなかった…「特攻」を強行した大西瀧治郎中将の意外な「真意」
語られる“特攻の真意”
「皆も知っているかも知れないが、大西長官はここへ来る前は軍需省の要職におられ、日本の戦力については誰よりもよく知っておられる。各部長よりの報告は全部聞かれ、大臣へは必要なことだけを報告しているので、実情は大臣よりも各局長よりも一番詳しく分かっている訳である。その長官が、『もう戦争は続けるべきではない』とおっしゃる。『一日も早く講和を結ばなければならぬ。マリアナを失った今日、敵はすでにサイパン、成都にいつでも内地を爆撃して帰れる大型爆撃機を配している。残念ながら、現在の日本の国力ではこれを阻止することができない。それに、もう重油、ガソリンが、あと半年分しか残っていない。 軍需工場の地下建設を始めているが、実は飛行機を作る材料のアルミニウムもあと半年分しかないのだ。工場はできても、材料がなくては生産は停止しなければならぬ。燃料も、せっかく造った大型空母『信濃』を油槽船に改造してスマトラより運ぶ計画を立てているが、とても間に合わぬ。半年後には、仮に敵が関東平野に上陸してきても、工場も飛行機も戦車も軍艦も動けなくなる。 そうなってからでは遅い。動ける今のうちに講和しなければ大変なことになる。しかし、ガダルカナル以来、押され通しで、まだ一度も敵の反攻を食い止めたことがない。このまま講和したのでは、いかにも情けない。一度でよいから敵をこのレイテから追い落とし、それを機会に講和に入りたい。 敵を追い落とすことができれば、七分三分の講和ができるだろう。七、三とは敵に七分味方に三分である。具体的には満州事変の昔に返ることである。勝ってこの条件なのだ。残念ながら日本はここまで追いつめられているのだ。 万一敵を本土に迎えるようなことになった場合、アメリカは敵に回して恐ろしい国である。歴史に見るインディアンやハワイ民族のように、指揮系統は寸断され、闘魂のある者は次々各個撃破され、残る者は女子供と、意気地のない男だけとなり、日本民族の再興の機会は永久に失われてしまうだろう。このためにも特攻を行ってでもフィリピンを最後の戦場にしなければならない。 このことは、大西一人の判断で考え出したことではない。東京を出発するに際し、海軍大臣(=米内光政大将)と高松宮様(=宣仁親王・軍令部作戦部部員、海軍大佐)に状況を説明申し上げ、私の真意に対し内諾を得たものと考えている。 宮様と大臣とが賛成された以上、これは海軍の総意とみて宜しいだろう。ただし、今、東京で講和のことなど口に出そうものなら、たちまち憲兵に捕まり、あるいは国賊として暗殺されてしまうだろう。死ぬことは恐れぬが、戦争の後始末は早くつけなければならぬ。宮様といえども講和の進言などされたことがわかったなら、命の保証はできかねない状態なのである。もし、そのようなことになれば陸海軍の抗争を起こし、強敵を前に内乱ともなりかねない。 極めて難しい問題であるが、これは天皇陛下御自ら決められるべきことなのである。宮様や大臣や総長(=及川古志郎大将)の進言によるものであってはならぬ」