田中泯「自分を〈脱皮〉させてくれた、さまざまな人との出会い。わくわくして、脱線して、2Bの鉛筆で踊るように書いた10年間の言葉たち」
◆79歳になって 「ミニシミテ」というのは山梨でよく言う言葉で、「身に沁みて」とも「身に染みて」とも書きます。物事が体の内までしっかり伝わる感覚といったらいいでしょうか。 言葉でしか知らない感覚は、原料を知らない食品のようで僕は怖い。自分の体を使い、実感として確かめた言葉を書きたいと思いながら、現在も連載は続いています。 今年3月で、僕は79歳になりました。最近は、目が覚めてから自分の意識や感覚が体に馴染むまでに、時間がかかるようになったと思います。筋肉をあるレベルまで鍛えても、もとに戻ってしまうのが年々速くなっている感覚もあって。それは体が僕に「もう休めよ」、と言ってくれているのかもしれない。 でもある時は、ものすごく激しく踊っても体がどんどん反応してくれて、「うわあ、まだやらせてもらえるのかい」と嬉しくなる。 体の細胞は、つねに生まれ変わっています。細胞が年を取るのではないし、全身が一気に衰えることもない。たとえば膝が痛くて座りっぱなしになれば衰えるばかりです。少し痛さをこらえて動かすことで、必ず応えてくれます。体が年を取ることは、私たちの精神とともにある。これは間違いないでしょう。 僕たちは、日々初めての時間を生きています。「今日は何歳と何日目だ」という新しい体験を毎日している。
◆声に出して読んで欲しい エッセイには虚弱で小さかった子ども時代から、10代で踊りを志し、さまざまな出会いを通じて自分を「脱皮」させてきた僕の人生のことも書いています。踊りの師匠である土方巽(ひじかた・たつみ)に始まり、大江健三郎、坂本龍一、樹木希林、ロジェ・カイヨワ、ヴィム・ヴェンダース――。 なかでも57歳の時に大きな脱皮を決心することになったのが、山田洋次監督との出会いでした。映画『たそがれ清兵衛』で初めて俳優に挑戦するまで、僕は声を使う仕事をしたことがなかった。そもそも学校の授業で音読するのも、嫌いで苦手だったんです。映画で初めて脚本(ホン)読みをした時もまったくうまくいかず、自分から役を降りようと思ったくらい。 思いがけず最初の映画で評価をいただき、俳優を続けるうちに声を出す仕事が少しずつ面白くなりました。言葉は単なる記号ではなく、発する人の声質や体調でも伝わり方が変わります。 昨今の政治家を見ていれば、同じ言葉を使っていても「この人の言葉は本物だ」「こいつのはウソだ」ってすぐわかるじゃないですか。(笑) 今では、大切に思う文章は必ず声に出して音読をしています。すると言葉が、自分の「身に沁みて」実感できるように思えるのです。 僕の本を手に取って、もし共感できるセンテンスが一つでも見つかったら、声に出して読んでくれると嬉しいですね。悲しみ、怒り、喜び。わきあがった感情を込めて音読することは、きっと面白い体験として新しい自分を発見することにもつながるのではと思います。 (構成=山田真理、撮影=大河内 禎)
田中泯
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