悲願の本番 公演延期シアターキューブリック葛藤の1年
田嶋ミラノの名作、みずからの演出で上演
作品は、シアターキューブリックを設立した緑川にとって特別な思い入れのある演目だ。留学を夢見る女学生ルカが主人公で、遠縁にあたる老人の存在を知ったルカは夢を叶えるため、友人のミサとともに郊外の屋敷に暮らすそのとても裕福な老人の屋敷を訪れる。 「僕は13歳で劇団ひまわりに入り大学卒業まで在籍しましたが、俳優より脚本や演出が性に合っていると気づき劇団を立ち上げる目標を持って(演劇集団)キャラメルボックスの制作部門に就職しイロハを学びました。その2年後キューブリックを立ち上げましたが、ちょうど『幸せな孤独な薔薇』の初演を観たんです。田嶋ミラノさんは憧れの人で、劇団メンバーになったばかりの仲間を連れ、終演後は立ち上がれないほどの衝撃を受けました。将来どこかでこの作品が行われるならどんな立場でも関わりたいと思ったのですが、20年経って自分が演出で携われるのは感無量でした」 田嶋ミラノはその初演から3年後になくなっている。その思い入れ深い名作を自身が立ち上げた劇団の20周年記念で上演する。そんなタイミングでコロナ禍となり、延期せざるを得なくなった。緑川は続ける。 「お客様も劇場キャパの半分しかいれることができませんのでビジネス面では再度延期して100パーセント収容できるタイミングでやるのが一番いいかもしれません。ただこの1年稽古が止まって、表現者ではなく一人の人間として僕はエンターテインメントから温もりや活力を求めていたんだな、とわかったんです。今回幸いにも規制が緩和されてキャパの半分ですが観に来ていただくことができるのであれば、その思いをお届けしたい、という気持ちが勝りました」
傷つくこと多かった1年 文化芸術擁護に葛藤も
この1年、文化芸術にカテゴライズされる演劇というジャンルに携わる人として辛い思いをしてきた。 「コロナ関連のニュースでも取り上げられる業種が偏っていて、文化芸術がいかに日本社会の中で忘れられやすいものなのかということに傷つくことが多かったです。いまは動画もありライブエンターテインメントがストップしても娯楽は楽しめます。ただ、そこで見ることができるアーティストなど文化芸術を作っている人たちは、ポッと出で活躍しているわけではなく地道な積み重ねで活躍できるようになった人たちですから、その循環を止めては日本の文化芸術の発展に支障が出るという懸念を感じていました」 ただ一方で、巷で上がる文化芸術を擁護する声にはある部分で疑問を抱き葛藤することもあったという。 「最初の緊急事態宣言のとき、テレビの報道番組の取材依頼を受けることが多かったのですが『文化芸術の必要性を訴えてください』という前提でオファーされるんですね。最近もネットで『文化芸術は生きるために必要だ』というデモなどが話題になりましたが、僕は文化芸術の界隈にいる人間が主張することにどれほど意味があるのかと。本来『必要だ』と思ってくれる人たちが声を上げてくださることがまっとうなのに、発信する側が言うことではないだろうと。ただ、忘れられてしまっては、やはりやっている側の人間が言うしかないんですよね。それで取材を受けたんです」 作品に携わる人々がそれぞれの思いで過ごした1年。先月、稽古を再開したときはどんな様子だったのだろうか。眞実が話す。 「不思議なんですけど1年会わずにいたのに、前より話しやすくなっていて、久しぶりという感覚がまったくしなかったんです。みんなが同じところ(作品)を観ていたのかなって。いつもは舞台が終わるとセリフを心の引き出しにしまう感覚があるんですが、今回は延期になってしまって終わってないっていう感覚があったので、稽古でもするするとセリフも出てきて不思議だなって」