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「彼はなぜ車を暴走させたのか」市民の命奪った暴力と動機の謎、 多文化共生都市トロントに衝撃

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
犠牲者を追悼するために集まったトロント市民(写真:ロイター/アフロ)

 カナダ・オンタリオ州トロント市で4月23日(現地時間)、バンが歩道に乗り上げ暴走し、10人が死亡、15人が負傷した。この車を運転していた男はその後、地元の警察に逮捕された。容疑者はなぜ車を暴走させたのか。移民が多く住む多文化・多民族都市として知られるトロントを震撼させた今回の事件。犯人の動機に注目が集まっている。

■移民が人口の47%に上るトロント、「テロ」を当局が否定

 事件は4月23日の午後1時半ごろに発生。白いバンが歩道を暴走し、歩行者を襲った。その後、警察はバンを運転していたアレク・ミナシアン容疑者(25)を逮捕した。

 事件の起きたトロントは多数の企業が集まる商都。トロント大学といった世界的に高い評価を得ている大学もある。

 この都市のもう一つの特徴は市民の多様性だ。カナダの2016年人口調査(センサス)によれば、トロントの人口は約269万人で、うち「移民」に分類される人は全体の47%を占める126万6000人に上る。「移民」に分類される人の中では、出身国別で多い順に中国(約13万1500人)、フィリピン(約11万8800人)、インド(約7万9200人)、スリランカ(約5万2900人)、イタリア(約4万5500人)となっているが、さらに多様な出自を持つ人がこの都市に暮らしている。多文化・多民族都市であるトロントにおける人々の共生のあり方は、外国人の人口が増加傾向にあり、既に外国人技能実習生や留学生が各種産業を支えている日本にとっても、興味深いところだろう。

 このように多様な背景を持つ人たちが暮らすトロントで起きた今回の事件をめぐり、ネット上では「これはテロではないか」といったうわさが流れた。

 しかし、トロント警察のマーク・サンダース警察長は23日夜に開かれた記者会見で、ミナシアン容疑者について「いかなるテロリスト・グループとも関連づけることはできない」と述べ、テロ組織との関連を否定した。また、ラルフ・グッデイル公安・非常時対応準備相は同日、「現時点での情報に基づけば、(事件は)国家の安全保障に関連するものではないようだ」と述べている。(4月24日付Toronto Sun、4月24日付CTVニュース)

■メディアが出自や宗教に関する”うわさ”を検証

 事件に関する真偽不明の情報がネットを中心に流れる中、注目されるのが、BuzzFeed Newsによるミナシアン容疑者に関するうわさを検証する4月24日付の記事「We're Tracking All The Rumors About Toronto Van Attack Suspect Alek Minassian」だ。

 

 この記事では、ミナシアン容疑者についてのネット上に出回っている様々なうわさを検証し、警察やそのほかの当局により事実であると証明されていない情報は「確認されていない」、警察や法執行機関など公的機関が認めた情報は「真実」、警察や法執行機関など公的機関が誤りであることを証明した情報は「誤り」として分類した。

 

 例えば、同容疑者について「中東出身者」や「イスラム教徒」「シリア出身者」といったうわさがネット上に出ているというが、これらのうわさは「確認されていない」とする。この記事が配信された時点では、警察やミナシアン容疑者の家族は、同容疑者が属する民族や宗教に関してコメントを出していないという。

 カナダは多数の移民を受け入れてきた歴史的経緯がある。最近でも難民を受け入れており、様々な背景を持つ人が暮らし、この多様性がこの国のダイナミズムを生んでいるとも言える。

 他方、移民への差別もあるほか、「反移民」を掲げる組織もある。さらに2017年1月29日にはケベック州の州都ケベックシティで、地元ラバル大学の男子学生がモスクを銃で襲い、6人が犠牲になる事件が起きている。この男子学生はフランスの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ル・ペン党首や米国のドナルド・トランプ大統領を支持していたほか、反イスラム感情を持っていたという。

 一方、トロントで起きた事件について、すぐにそれをテロや、特定の宗教/民族に結びつけることは危険だ。様々な可能性は排除できないとはいっても、安易に根拠のない情報を流布することは、特定の宗教や民族に属する人々に対する否定的なイメージを生じさせる懸念がある。カナダのみならず、多くの国・地域で、今回のような事件にどのように向き合えばいいのかが、問われている。

■容疑者の投稿の意味とは、元同級生の証言

 カナダ社会を揺るがす事件を起こしたミナシアン容疑者とは、いったいどのような人物なのか。

 CBCニュースなどによると、ミナシアン容疑者は2011年から2018年にかけノースヨークに立地するコミュニティカレッジ「セネカカレッジ」に在学していたという。また「グレーター・トロント・エリア」の一角を成すオンタリオ州南部のリッチモンドヒルに住んでいたとされる。

 事件後に話題となっているのが、ミナシアン容疑者によるフェイスブックへの投稿だ。同容疑者はフェイスブックに「incelの反逆は既に始まっている」などと記述したメッセージを投稿していた。このメッセージには、エリオット・ロジャー(Elliot Rodger)を称える言葉も記載されていた。

 「incel」は不本意ながら独身生活をおくるフラストレーションを抱えた男性を指すという俗語。一方、エリオット・ロジャーは2014年にカリフォルニア州アイラビスタで銃撃事件を起こし6人を殺害した人物で、女性への一方的な恨みなど女性嫌悪的な考えや自身の生活に関する不満などから犯行に走ったとみられている。また人種差別的な考えも持っていたという。

 

 ミナシアン容疑者の人柄については、かつての同級生がコメントしている。トロント市北部のThornlea Secondary Schoolで容疑者と同級生だったアリ・ブラフさんは、CBCニュースのインタビューで、「私たちはコンピューター・サイエンスのクラスが一緒で、2人とも2011年に卒業しました」と説明。さらに「彼に親しい友人がいたかどうかはわかりません。彼が友達の輪の中にいたことは一度も見たことがないです。でも彼が廊下にいるのを見かけたら、私たちはいつも彼に話しかけたり、Hiと声をかけたりしていました」と話した。

 SNSへのメッセージと同級生の証言。これが示すものは何なのか。

 4月24日23時(現地時間)時点では、ミナシアン容疑者がどのような動機で事件を起こしたのかは分かっていない。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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