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授賞式まで7週間。オスカーのホストが決まらない

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
昨年と一昨年、連続でオスカーのホストを務めたジミー・キンメル(写真:ロイター/アフロ)

「今夜の受賞者の中からおひとりの方に、オスカーのホストの座を差し上げます!」。

 昨夜のゴールデン・グローブ授賞式は、ホストのアンディ・サンバーグとサンドラ・オーの、そんなジョークで開幕した。その後、ふたりは、「なぜ今晩のホストはこの人たちなの、と思ってます?それは、過去に問題発言をしていないのが、もはやハリウッドで私たちだけだからですよ」と続けている。

 もちろん、それもジョーク。だが、かなりダークなジョークだ。今年のアカデミー賞授賞式をホストするはずだったケビン・ハートは、過去のゲイ差別発言のせいで、決定からまもなく自ら降板することになったのである(ツイート問題でオスカーのホストが降板。過去の発言はどこまで制裁すべきか)。

 それが、先月初めのこと。以後、授賞式のプロデューサーたちは、必死になって次を探しているはずだが、具体的な名前は出ないままだ。授賞式は来月24日で、7週間後。ギリギリになればなるほど、準備の時間が少なくなるため、引き受ける側にとっては、より厳しくなる。

 最も無難な選択肢は、2017年と2018年、2年連続でホストを務めたジミー・キンメルだろう。しかし、彼は早くから「次はもうやらない」という意思を明確にしてきた。過去にホストを務めたエレン・デジェネレスにもまた声がかかったが、断ったそうだ。実は、デジェネレスは、先週金曜日、自分のトーク番組に出演したハートに、考え直してホストをやるよう説得している。番組内で、彼女は、授賞式のプロデューサーにその件で電話をしたとも述べ、ハートもその気になったように見えた。しかし、その直後、自身もレズビアンであるのにハートを許すと言ったデジェネレスに対するバッシングが起き、ハートへの批判も再燃。その可能性は、立ち消えてしまっている。

オスカーのホストのギャラは意外にも安い

 それにしても、アカデミーはなぜこんなにも苦労しているのだろうか?数々あるアワードの中でも最高の権威を誇り、世界中で見てもらえるオスカー授賞式のホストは、誰もがやりたがるものではないのか?

 少なくとも、アカデミーは、そう考えてきた。オスカー授賞式のホストを務めさせていただくのはとてつもない光栄であるというのが、彼らの視点。だから、ギャラはたった1万5,000ドル(約163万円)なのである。

 出演時間3時間半ほどでこれだけもらえるなら悪くないと思うかもしれないが、ホストの候補に挙がる人たちは、この世界のベテラン中のベテランだ。キンメルはトーク番組の出演料として年間約1,500万ドル(約16億3,000万円)をもらっているし、デジェネレスにいたっては7,700万ドルである。それらの仕事は月曜から金曜までの週5回ではあるが、ずっとやってきた手慣れた番組で、自分の城。一方でオスカーは、何か新しいことを考えつつも、品格を保ち、人を笑わせないといけない。そのための準備には時間も労力も取られる。そのほかに、授賞式を3時間以内でおさめるとか、視聴率とか、自分だけではコントロールできないことへのプレッシャーが加わる。キンメルがメディアに明かしたところによれば、昨年、キンメルが2度目のホストを引き受けることになるまでに、アカデミーは14人から断られたそうだ。

 スタンドアップコメディアン出身のハートにとって、オスカー授賞式のホストを務めるのは、昔からの夢だった。だから彼は、ギャラの金額にかかわらず、喜んで引き受けたのである。若者に人気のあるハートは、若い視聴者へのアピールを願うアカデミーにとっても魅力だった。だが、新鮮さには思わぬ側面もあり、それがこの理想のカップリングを崩壊させてしまった。

“緩さ”がウリの授賞式なら、ホストも気が楽

 では、ほかのアワードの授賞式は、なぜすんなりとホストを見つけているのだろう?それは、気楽だからだ。

 ゴールデン・グローブやインディペンデント・スピリットは、むしろ、緩い雰囲気が売り。グローブでは、リッキー・ジャーヴェイスがビールを持って舞台に上がったり、自分は過去にもらったグローブ像をドアストッパーとして使っているという、雇い主への敬意のかけらもないジョークを言ったりしている。それでも彼は4回もホストに選ばれ、そのこともまたジョークのネタにしたのだ。SAG(映画俳優組合賞)は、俳優たちが俳優を祝う、言ってみれば仲間うちのパーティ。エミーはテレビ界のオスカーにあたる存在ではあるが、授賞式中継は毎年、メジャーネットワーク間の持ち回りで、ホストはその年に授賞式を放映する局にレギュラー出演する人の中から選ばれる。トーク番組をもつコメディアンの契約書には、その部分についても触れられていると思われる。

 オスカー授賞式の放映権をもつのはABCで、キンメルの番組もABC。昨年、最終的にキンメルがまたホストを引き受けることになったのにも、それがあったのだろう。ということは、本当に困ったら、ABCは、またキンメルに泣きつくことができるのかもしれない。3年連続になったとしても、過去にビリー・クリスタルが4年連続でホストをしたことがあるし、おかしくはないのだ。しかし、本人が公に「もう次はやらない」と言っている以上、それは本当に最後の手段である。

視聴率ダウンのプレッシャーは、今年、やや軽い?

 最終的にホストを引き受けることになる人にとって明るい要素は、今年はもしかしたら視聴率ダウンが避けられるかもしれないということだ。

 近年、授賞式中継番組は、オスカーに限らず、どれも軒並み視聴率が下降している。しかし、過去を振り返っても、一般人に人気のある作品が候補入りした年は、視聴者の関心が高まりやすいことがわかっている。オスカーノミネーションは今月22日まで発表されないが、今年は大ヒット作「アリー/スター誕生」の候補入りが確実視されているし、ほかに「ブラックパンサー」「ボヘミアン・ラプソディ」も食い込む可能性がありそうなのだ。

 実際、「ボヘミアン・ラプソディ」が作品賞(ドラマ部門)を受賞した昨夜のゴールデン・グローブ授賞式は、視聴率こそ2%ダウンながら、広告主が重視する若い層は4%アップしている。作品部門が同じようなラインナップになれば、オスカーも似たような結果を期待できるかもしれない。そうなれば、少なくとも、「あの人の年は視聴率がまた下がった」と言われなくてすむ。

 オスカーのホストをやってみてもいいかな、と思う人にとって、今年はチャンスなのである。ギャラは1万5,000ドルでも、控え室のカウチはこういうのがいいとか、食べ物はこういうものを用意してなど勝手を言うことは許され、その経費はギャラをはるかに上回るだけ用意されているとのことだ。王様気取りを楽しむのも、悪くはないのではないか。ただし、その前に、過去のツイートをとりあえず全部削除すること。アカデミーに電話するのは、それからだ。

 

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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