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ツイート問題でオスカーのホストが降板。過去の発言はどこまで制裁すべきか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
次のオスカーのホストに決まっていたコメディアンのケビン・ハート(写真:Shutterstock/アフロ)

「2018年は1984年なのか」。ジョージ・オーウェルの小説を引き合いに出し、ある投稿者はソーシャルメディアでそうつぶやいた。

 そのコメントは、ケビン・ハートがオスカー授賞式のホストを降板した記事についてのもの。「セントラル・インテリジェンス」「ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル」などをヒットさせてきたハートは、多くの若者ファンを持つコメディアン。今週なかば、彼が次のオスカーのホストを務めることがわかると、下がり続ける視聴率についに歯止めがかかるかとの期待が高まった。

 だが、その直後、ハートによるゲイ差別発言が浮上。それらは彼が2009年から2011年にかけてツイートしたもので、たとえば「もしも息子が娘たちと家でお人形さんごっこをしようとしたら、『やめろ。それはゲイだ』と言って息子の頭を叩いてやる」などといったものだ。中には明らかな差別用語を使っているものもある。さらに、ツイートだけでなく、過去にテレビやスタンドアップに出演した時のジョークも掘り出されてきた。それらの中でも、彼はまた、「ストレート男の僕としては、息子にゲイになってほしくない」などと言っている。

 騒ぎを受けて、アカデミーは、ハートに、公に向けて謝罪をするように要請。だが、ハートはそれを断ったと、インスタグラムで告白した。「このことは前にも出てきて、その時に僕はちゃんと答えているから」というのが理由だ。彼はまた、「当時の僕は、ああだった。でも今の僕は違う。いつまでも昔のことを話したくないんだよ」「僕はもう40歳に近い。人は成長し、成熟し、変わる。なのに、昔のことをいつまでも持ち出され、その都度、言い訳をさせられるのか」とも続けている。その後、ハートは、ツイートで授賞式のホストを降板すると発表。「人の気を散らせることになりたくないから」と理由を説明し、最後は「LGBTQコミュニティのみなさんに対し、自分の過去の無神経な発言について心からお詫びします」と締めくくった。

ツイートで職を失うハリウッドセレブは今年3人目

 ということで、授賞式が2ヶ月半先に迫る中、アカデミーはこれから新たなホストを探さなければならなくなってしまった。中にいる人は大変だろうが、外から見ていても、またかという残念な気持ちがぬぐえない。今年はすでに、やはりツイートが原因で、ハリウッドの大物がふたり、職を失っているのだ。

 ひとりは、視聴率トップのコメディ番組「Roseanne」の主演女優ロザンヌ・バー。彼女は、オバマ前大統領のアドバイザーだったヴァレリー・ジャレットについて人種差別のコメントをし、即座にABCからクビにされた(1本のツイートでキャリアを失ったスターの愚行と、トップ番組を容赦なく切ったテレビ局の英断)。その2ヶ月後には、ジェームズ・ガンが、セクハラと思われる過去のツイートのせいで、「ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー」3作目の監督をクビにされている(ハリウッドの大物、ツイートのせいでまたもやクビに。10年前の投稿を持ち出すのはフェアなのか?)。

 バーとガンのケースでは、もちろん事情がまったく異なる。バーのツイートは、まさにその時投稿されたものだが、ガンのものは10年も前。それ以降、彼は、そのような内容の投稿をいっさいしていない。代わりにガンは保守派を攻撃するツイートに忙しくなり、その仕返しとして保守派に過去のツイートを掘り起こされてしまったのである。すなわち、敵による陰謀だったのだ。

 それだけに、ガンには弁護する人、支持をする人はたくさん現れ、署名運動も起きた。しかし、マーベルの親会社はABCと同じディズニー。そうでなくてもバーが「自分はトランプ支持者だからいじめられたのだ」と騒いでいるのに、リベラルのガンにだけ甘い対応をすることは、大企業としてはできない。これでは相手の思うつぼではないかと思っても、それ以外の方法はなかったのだ。

 ハートの場合は、さらに違う。インスタグラムの中で、ハートは「謝罪をしないなら別の人にホスト役をあげるとアカデミーに言われた」と言っているが、アカデミーは彼をクビにはしておらず、彼が自主的に辞めている。そしてハートは、降板を告げるツイートの中で、ちゃんと謝罪をしているのだ。どうせ謝るなら辞めなくても良かったのではと思うのは全米最大のLGBTQ団体GLAADも同じだったようで、団体のCEOは、「降板するのでなく、オスカーの舞台を使って、もっと意識と理解を高めることをしてほしかったと思います」と声明を発表している。

罰を与える分かれ目はどこなのか

 この一件をめぐり、ソーシャルメディアではあらゆる論議が飛び交っている。「彼はゲイ差別者。もし人種差別者がオスカーのホストを務めたら、彼はどう思う?とっとと消えてちょうだい」「ゲイの僕としては、彼が辞めてくれてよかった。子供がゲイになったら死ぬなんて、今日の社会で親たる人が言ってはいけないことだ」など彼を批判するものもあれば、「ばからしすぎる。同じことについて何度謝れと言うの?」「ケビン・ハートには6,600万人のフォロワーがいるんだよ?アカデミーは放っておけばよかったんだ」「ケビンが出ないなら授賞式は見ない」など、彼を弁護するものもある。

 だが、もっと目立つのは、「その人が完璧かどうかテストすることは必要なのか?それも10年前のことまで?」「政治的な正しさを目指すことで、すべてが台無しになっている」「過去に後悔するような発言をしている人は、どこにでもいるはずだ」など、行き過ぎを懸念する声だ。また、「コメディアンがいちいち謝り始めたらきりがない」「コメディアンは、誰に何を言われようが好きなジョークを言うべきなのよ。これでは可笑しいことを何も聞けなくなってしまう」と、この風潮はコメディアンをやりづらくするとの指摘もある。

 たしかに、こんなことが続けば、オスカーのホストを見つけるのは、ますます困難になるだろう。どうやっても何かを批判され、視聴率低下の責任の一部まで背負わされるオスカーのホストは、そもそも、あまり割の合わない仕事だと理解されている。多くの人に愛され、下品すぎないユーモアのセンスを持ち、若い人にファンが多く、オスカーというフォーマルな場で自信を持って振る舞えるセレブリティは、そんなに多くない。その上で、これからは過去が潔癖かどうかも調べますと言われたら、丁重にお断りしたくなるのではないか。

 オスカーのホストを務めることは、ハートにとって大きな夢だったという。だが、ようやく実現したその夢は、たった2日で消えてしまった。それも、自分のせいでだ。タイムマシンでもないかぎり、9年前の自分の行動を変えることは不可能。一方で、その時と完全に変わったのかどうかを証明するのも難しい。そんな中、我々は、どこまでを許し、どこからは許さないようにすればいいのだろうか。はっきりした線を引くのは困難ながら、また同じようなことが起こる前に、じっくり考えたいところである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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