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減量失敗は当然?チームも管理できないネリの無責任さ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ジムではコンディションの良さをうかがわせたネリだったが……(写真:筆者)

 前チャンピオン山中慎介(帝拳)との直接リマッチを前にしたWBC世界バンタム級王者ルイス・ネリ(メキシコ)が前日の計量で大幅に体重オーバー。再トライでも1キロしか落ちず、タイトルを剥奪された。連続防衛V13を阻まれ、プロ初黒星を喫した山中は再戦に向けモチベーションがマックスに達していた。そして第1戦のあと発覚したネリの薬物問題がファンの観戦意欲を大いに刺激した。ネリにとっても少しでも汚名を取り除くまたとない機会であったはずだ。

 それが……。

 両者にとって、そしてボクシングファンに最高の舞台であるべき因縁の対決にネリは自ら泥を塗ってしまった。どんな理由があるにせよ、責任の源泉は彼にある。たとえ今夜、山中が素晴らしい勝利を飾って王者に復帰しても、鼻白むムードが漂うことは否定できないだろう。

すっぽかしの常習犯

 私は山中との第1戦の前から4度、ネリの練習するメキシコ・ティファナのジムに足を運んだ。また昨年11月のノンタイトル戦(対アーサー・ビジャヌエバ)を取材した。いずれもアポを取って出向いたが、まず1回目は空振りだった。だいぶ時間が経って本人は後援者らしき人物と現れたのだが、「きょうは練習したくない」と拒否。インタビューのみに終わった。翌日、写真撮影に出向き、補足のインタビューをした。取材がスムーズに運んだのはこの日だけだった。

 3度目は薬物疑惑の最中。約束の時間から4時間ぐらいしてからネリがようやくやってきた。時期が時期だけにメディアに会いたくない気持ちはわかるのだが、こちらも話を聞かないことには始まらない。口数の少なさが事の重大さを物語っていた。それでも練習が終わる頃になると、「今度日本へ行ったら相撲を観戦して芸者ツアーをしたい。ファイトマネーは30万ドル(約3300万円)以下ではやらない」と不遜な態度を貫いた。

 ノンタイトル戦はそれから10日ぐらい後のこと。ダウンを喫しながらも6回TKO勝ちしたネリは「次は間違いなく山中だ」と宣言。本人は「3月ぐらいだろう」と言い、実際そうなったのだが、彼の雰囲気から「できればもう少し先に延ばしたい」という感情も読み取れた。調整期間が短いと。

 最後に会ったのは1月30日。今回の第2戦に向けての取材だ。私はこれまでメキシカンやラテンのアスリートの取材で、すっぽかされたことは二度や三度ではない。同時に彼らの性格に関して免疫ができていると思っている。

 ジムを主宰するイスマエル・ラミレス・トレーナーから指定された時刻は午前10時。普段、夕方からジムワークをするネリにしては珍しいと思っていたら、案の定「断っておくけど、あの性格だ。“10時以降”と思ってくれ。もしかしたら正午ぐらいかもしれない。でも本人は10時に来ると言っている」(ラミレス氏)

一日待ってやっと再会

 実際は正午なんてとんでもなかった。2時、3時になっても一向に本人は現れない。ラミレス氏は何度もネリの携帯に連絡を入れる。そのたびに本人あるいは取り巻きの人間が出るのだが、「もうすぐ行く」と答えるものの、時間は過ぎていくばかり。そのうち心配してマネジャーのギエルモ・ブリトJr(ルール・ミーティングで日本製グローブの使用をリクエストしたブリト氏の息子)がジムにやってきて、彼もネリと連絡を取り始める。

 なんでもこれより前、ネリの試合をメキシコで放映するTVアステカのクルーがジムに入り、カメラ、ライティングなどセットした状態で待機したにもかかわらず、すっぽかしたことがあったという。また今回の再戦に向けた重要なメディアの取材もキャンセルした経過が伝えられる。

 ネリを待っている間、ラミレス氏も「いつもこうなんだ。アマチュアの時から変わらない。他人の迷惑なんて考えていない。モラルがないんだ」と嘆くことしきり。チャンピオンになってよりその負の部分が増長されたのかもしれない。同時にたとえ全幅の信頼を置くロングタイム・トレーナーに対しても「もうすぐ向かう」と平気で虚言を吐く。

トレーニングにずっと付きっきりだったネリの妻?(写真:筆者)
トレーニングにずっと付きっきりだったネリの妻?(写真:筆者)

謎の美女は正妻?

 バンタム級チャンピオンがSUV「タホー」を降りジムに到着したのは陽が暮れた後だった。女性同伴。予備検診時などで「謎の美女」と報道された人物だ。愛人風?たずねてみると「ハイ、エスポーサ(妻)です」と答えた。「では、生まれた赤ちゃんの……」。「いえ、私は母親ではありません」

 メキシコに限らず、こういうケースはどこの国でもある。だが、その頻度は“マッチョの国”の方が断然高いと推測される。知り合いのメキシコ人にも同じような男女関係の人がいる。でも、こちらで日本人の友人にこの話をふると「そりゃ、だらしないよ」と言われた。ネリの性格の一端が垣間見える。

 いずれにせよ、自由奔放、豪放磊落なネリを身近のトレーナーやマネジャーさえもコントロールできなかったのは間違いない。日本のニュースでは新任の栄養士が減量失敗に関して釈明したようだが、私は彼の責任よりもネリの普段の節制、自己管理に問題があったとみる。メキシコそして同国系の米国人の著名選手は自分をサポートするチームに対して王様のように振る舞う。だが、もしラミレス・トレーナーやブリトJrマネジャーがもっと毅然とした態度でネリに接していれば、今回の醜態は避けられたと憶測できる。

 さてWBCは以前からタイトルマッチに出場する選手に対し、試合1ヵ月前あるいはもっと短いスパンでの予備計量を実施している。だが今回のネリのスキャンダルからすると、全く無意味な印象。減量の目安にはなるだろうが、ネリのように直前に落とそうとするボクサーもおり、果たして効果があるのか疑わしい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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