Yahoo!ニュース

東武鉄道が「SL大樹」2台目を導入 終わらないSL人気、鉄道は日本人の信仰対象なのか

小林拓矢フリーライター
SLの復活運転には多くの人が押し寄せる(ペイレスイメージズ/アフロ)

 東武鉄道が「SL大樹」2台目としてC11を新たに導入することになった。検査時には「SL大樹」の運行ができないからという理由があるものの、検査時に運転を行わないということも可能なはずである。2台目の導入に踏み切った背景には、SL列車の人気というのがある。

多くの支持を集めた「SL大樹」

 東武鉄道の下今市~鬼怒川温泉間を走行している「SL大樹」は、2017年8月の運行開始以来、人気を集めている。「SL大樹」は、「地域の観光活力創出」だけではなく、「鉄道産業文化遺産の保存と活用」も運行目的としており、下今市には転車台・機関庫だけではなく、SL関連の展示館も設けられている。

 そういった取り組みが多くの人の支持を集め、同列車の人気へとつながっていった。

 筆者は昨年、「SL大樹」関連の取材で何度かこのエリアに行っている。その際に、単純に地域住民がSLを歓迎しているだけではなく、SLに畏敬の念をいだき、熱心に見つめるまなざしが強かったことが印象に残る。

 現代日本ではさまざまなところで、人が集まるできごとがある。渋谷のハロウィン、国会前でのデモなど、多くの人が押し寄せる。だが鉄道関連のできごとほど熱気があるものはなく、まるでカトリックの信者が、ローマ法王に寄せているかのようなまなざしを感じさせられる。駅にも、沿線にも多くの人がやってきて、カメラを向け、手を振る。鉄道が、宗教的な存在であるかのような、印象を持っている。

鉄道会社がSLを復活させる理由

 JR東日本や西日本をはじめ、多くの鉄道会社がSLの復活運転に力を入れている。しかも、どの鉄道会社でも、運賃と座席指定券といった、比較的軽い負担で特別な列車に乗車できる。

 SLの整備にかける手間、普通の列車なら運転士はひとりでいいのに機関士や機関助士など複数名の人件費が必要であり、特別に免許も取得させる必要がある。養成の際のコストも大きい。

 多くの鉄道会社では、観光振興や鉄道文化の保護などをSL運転の理由としている。だがそれにしては、SLはコストがかかりすぎているのである。

 かつて、各地に機関区があった。そこでは、SLを維持管理していくために、多くの人が働いていた。北海道では、機関区がなくなったがために人口が激減したというところまであった。鉄道の経営側にしてみれば合理化は悲願であり、それゆえに各地からSLが消えたというのも理解できる。

 だが、そのまま消え去ってしまう、ということにはならなかった。1976年には大井川鉄道で、1979年からは国鉄山口線で、SLの動態保存が始められた。

 その後、JRが発足すると、各地でSLの運転が行われるようになる。

 SLは鉄道の象徴として残さなければならないというのが、鉄道会社の意志としてあるのだと感じさせる。そして、SLの乗務に携わることは、僧侶の修行のようなものとして、鉄道会社の社員の中で位置づけられているのだろう。

「鉄道」という字を見てみよう。「茶道」「華道」といった、「道」であるのだ。いや、「仏道」「修験道」など、厳しそうな「道」に近いものさえ感じる。SLの乗務や整備に携わることは、鉄道で働く人にとって、「道」の修行としてのものである。

 日本の近代は、鉄道によってもたらされた。それゆえ、日本人は鉄道を「信仰」している。鉄道によって豊かな生活がもたらされ、日本各地に行くことができ、人と人との距離を縮め、文化や産業を発展させていった。その象徴としてSLがあり、多くの人々がSLに熱いまなざしを寄せる。

 ただし、運行側の負担が厳しすぎて運転を終えたSLもある。JR北海道の「C62ニセコ号」は、民間団体「北海道鉄道文化協議会」が運行に携わったもので、資金不足により1995年に運行を終了している。C62は旅客列車用の機関車としては最大級の車両であり、晩年の函館本線長万部~小樽間の「山線」での運用は、古い鉄道ファンの記憶に残っている。だが、その復活は果たせたものの、続かなかった。機関車C62 3は、いまは苗穂工場で静態保存されている。

違う「信仰」を持つJR東海

 そんな中、JR東海はSLの復活運転を行わない。同社の場合は、適切な線区がないという理由もありながら、「高速鉄道」という別のものを会社のアイデンティティとしているから、とも考えられる。

 同社の「リニア・鉄道館」では、新幹線や超電導リニアを中心として、高速鉄道に関する展示を中心に行い、高速化に挑んできた現代の鉄道の意義を示している。

 そのJR東海は、長きにわたってリニア中央新幹線の実験を行い、それにより利益はいまだ生み出していない。鉄道の「高速化」への取り組みがJR東海のアイデンティティの中核であり、それゆえにSL復活運転を行う意思はないのだろう。

 しかしながら、鉄道の高速化も多くの人からは歓迎され、新幹線は大人気である。こちらの「信仰」も、多くの人に受け入れられているのだ。

 SLは日本の鉄道のシンボルとして、多くの人が愛する。そして鉄道自体も、単なる輸送機関としてではなく、多くの人の心のよりどころとして、これからも走りつづけるだろう。

付記:主要なSL復活運転

  • JR北海道「SL冬の湿原号」(C11 171)
  • JR東日本「SLばんえつ物語」(C57 180)、「SLみなかみ」(D51 498、C61 20)、「SL銀河」(C58 239)
  • JR西日本「SLやまぐち号」「SL北びわこ号」(C57 1、D51 200)
  • JR九州「SL人吉」(58654)
  • 真岡鐵道「SLもおか」(C12 66、C11 325)
  • 東武鉄道「SL大樹」(C11 207)
  • 秩父鉄道「パレオエクスプレス」(C58 363)
  • 大井川鐵道「SL急行」(C56 44、C11 190、C11 227、C10 8)
フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

小林拓矢の最近の記事