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20万人登録のYouTube先生、35カ国語話す教師、90人学級 2030年の子供たちに必要なこと

木村正人在英国際ジャーナリスト
これがグローバル・ティーチャーだ(堀尾先生提供)

[ロンドン発]先日のエントリー「『外国人よりニホンザルが出没する』田舎から生まれたグローバル女性教師の挑戦『英語を使って世界を学ぶ』」で紹介した「教師のノーベル賞」と呼ばれるグローバル・ティーチャー賞2018が発表されました。

今年の優勝者は、イギリスの中でも多文化・多様化が進むロンドン・ブレント区にある中学校アルパートン・コミュニティー・スクールの女性教師アンドリア・ザフィラコウさん。アンドリアさんは生徒たちが話す言語のうち35カ国語の基本フレーズをマスター。校内で使われる言語は実に130カ国に及ぶそうです。賞金として100万ドルが贈られます。

Skypeを活用して海外の学校と教育交流を実践、トップ50に選ばれた滋賀県立米原高校の堀尾美央先生(32)もドバイで開かれた表彰式やワークショプに参加しました。堀尾先生のドバイ報告をお届けします。

仲良くなったノルウェーのバルバラ先生と、初日のワークショップで(右が堀尾先生、本人提供)
仲良くなったノルウェーのバルバラ先生と、初日のワークショップで(右が堀尾先生、本人提供)

――「教師のノーベル賞」と呼ばれるグローバル・ティーチャー賞の表彰式がこのほど行われました。トップ50の1人として参加された感想をお伺いできますか

「とにかく有意義で、貴重な経験をさせてもらったと思います。今回、表彰式はGlobal Education and Skills Forum(略称GESF)という教育フォーラムの最後に行われました。このフォーラムでの基調講演では、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授やアル・ゴア元米副大統領が登壇されていました」

「2月に銃乱射事件が起こり、17名が亡くなったアメリカのフロリダ州の高校の生徒3名がパネルディスカッションの中で当時の様子を語ってくれる場面もありました。他にも、『21世紀型スキルを教えることの是非』や『高齢化社会について』、ディベート形式で学ぶワークショップなどがあり、これについては、実は帰国後も何度も動画で見返して勉強し直しています」

「でも何よりも素晴らしかったのは、今回同じように選ばれた、世界中の先生たちと出会えたことです。このフォーラムの前の2日間に、今回選ばれた50名の先生と、これまでに選ばれた先生方とのワークショップがあり、いろんな先生と知り合うことができました」

「GESFの間も一緒にワークショップを回ったり、コーヒーを飲みながら各々の学校のことについて話したり、この場でしかできない意見交換もたくさんできました。私は英語の教員ですが、留学経験はなく、英語圏の国にも昨年3日間ほどカナダに行ったくらいで、実はほとんど行ったことがありません」

「なので、英語でのコミュニケーションもかなり集中して聞いて、話して、学んで、悩んで、まとめて、を繰り返した、とても内容の濃い経験でした」

GESFでのアメリカの高校生たちのパネルディスカッション(本人提供)
GESFでのアメリカの高校生たちのパネルディスカッション(本人提供)

―― グローバル・ティーチャー賞 とはどんな賞ですか

「イギリスのバーキー財団が主催している、教育分野で優れた功績のあった先生や、社会に良い変化や影響を与えている先生を表彰する賞です。教育界のノーベル賞と言われていて、今回は世界173カ国から3万件以上の応募があったと聞きました。アジア・アフリカ・ヨーロッパ・南北アメリカ・オーストラリアの全世界から様々な先生が選ばれています」

――優勝された アルパートン・コミュニティー・スクールの女性教師アンドリア・ザフィラコウさんはどんな先生でしたか

「とにかくエネルギッシュで、『お母さん』のような方でした。芸術の先生で、GESFの前の2日のワークショップで初めてお会いした時も、私が何気なしに着ていた服の柄から会話が始まりました。グローバル・ティーチャー賞の紹介文には、校内で飛び交う言語30カ国語以上の基本的なフレーズを覚えられたと書かれていて、『この人ならできるだろうな』と思えてしまう人です。オンラインニュースにも、彼女が両手をあげてガッツポーズをしている写真が掲載されていますが、まさにあの写真の通りの方です」

――ほかにどんな先生がトップ10に残っておられましたか

「ご自分で幼稚園を設立されたトルコの先生、人権活動家だった南アフリカの社会の先生、性教育を充実させて女子生徒の妊娠率を大幅に下げたコロンビアの先生、フィリピンでその土地にもともと住んでいた人たちのいる地域で文化を尊重した授業を展開する先生、ハワイのSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の先生」

「治安が悪くドラッグが蔓延する地域で教えているブラジルの先生、インターネットを活用して世界各国の生徒を繋(つな)げているベルギーの先生、この1月に国民的な賞を受賞されたオーストラリアの数学の先生や、私と同じようにSkypeなどの情報通信技術(ICT)を活用しているノルウェーの英語の先生がおられました」

「実は、この中のベルギーの先生とは、昨年カナダで行われたマイクロソフト社主催の世界教員研修でお会いしており、彼が展開するプロジェクトには、以前から私も参加させてもらっています。彼は昨年もトップ50に選ばれていて、カナダでもその話を聞かせてもらっていました」

「他に、仲良くなったオーストラリアの数学の先生は、YouTubeに自分のチャンネルを作り、授業の動画をアップロードしています。最初は癌で学校に来られなくなってしまった生徒のために始めたことだったそうです」

「今では彼のチャンネル登録者数は全世界で20万人以上になるそうです。また、同じ英語の先生で、かつ同じようにICTを活用している点で、ノルウェーの英語の先生ともすごく仲良くなれました。GESFでの彼女の授業紹介にも参加させてもらいました」

証明書を授与されたあと、コロンビア、アルゼンチン、タンザニアの先生たちと記念撮影(本人提供)
証明書を授与されたあと、コロンビア、アルゼンチン、タンザニアの先生たちと記念撮影(本人提供)

――堀尾先生はなぜトップ50に選ばれたと思いますか

「英語を学ぶ意義や、コミュニケーションの楽しさを伝えられる実践をした点と、ICTを活用している点が評価されたのだと思います。今回のGESFのテーマが『2030年以降の世界の子供たちのために、どう準備をするか』で、第4次産業革命にも焦点があてられていました」

「私が勤務しているのは地域の学校で、普段の生活の中でも海外との接点はなかなか感じられない環境にあります。そんな中でも、ICTを活用して、アイデア次第で地域の学校でも生徒の学びを促進できるという点が大きかったのではないかと思います」

「賞を主催しているバーキー財団は"Every child should have a good teacher(どの子供にも良い先生を)."をミッションに掲げておりますので、地域の学校で奮闘していることも目に留めてもらえたのかもしれません。昨年、この取組でJICA(国際協力機構)主催のグローバル教育コンクールで、最優秀にあたる独立行政法人国際協力機構理事長賞をいただいていますので、これも大きかったと思います」

「あと、授業で活用するだけではなく、日本国内で、同じように海外とSkype交流を考えておられる先生方のお手伝いをしたり、海外で行われる会議にSkypeで参加してSkype交流についてのプレゼンテーションをしたりもしています。これまで、マレーシア、インド、ベトナムなど、主に東南アジア諸国の会議に遠隔参加して、自分の実践を共有してきました。今後の教育の在り方をアジアの先生方と共有して考えている点も、考慮されたと思います」

一昨年の優勝者、パレスチナのハナン・フルーブ先生のワークショップでのスピーチ(本人提供)
一昨年の優勝者、パレスチナのハナン・フルーブ先生のワークショップでのスピーチ(本人提供)

――Skypeなど最先端のテクノロジーを授業に導入するメリットは何でしょう

「これまでできなかったことが可能になることだと思います。日本でも『授業でのICT活用を』とよく言われていますが、とりあえず何かしら使えばいいと言うわけではなく『従来では不可能だった』問題を解決できるのがテクノロジー活用の魅力だと思います」

「でも、特に最先端のものや特別なものを用意する必要があるかというと、決してそうではなくて、アイデア次第で身の回りにあるものを活用できると思います。例えば、英語の授業では、英文を読みながら、内容理解で英語の質問に英語で答えるという活動をよく行います」

「口頭で行う場合もあれば、ハンドアウトなどに書く時もあります。このハンドアウトに書いた答えを共有する時、私が言う解答や、1人の生徒が発表した解答をそのまま写す生徒が多く、せっかく生徒が自分で考えた英文での答えを、他の生徒となかなか共有できないことに歯がゆさを感じていました」

「でも、中には英語が苦手な生徒もいますので、耳で聞くだけではなかなかできず、また本校には電子黒板等もないので、生徒が書いている答えを板書していると時間がかかります。そこで、私はノートパソコンを教室に持っていって、プロジェクターにつなぎ、ワードやパワーポイントの画面を黒板に投影して、生徒の様々な答えをどんどん拾い、そこに私がタイプしていって、クラス全員が色んな解答を共有できるようにしています」

「これでしたら特にインターネット環境も必要ありませんし、生徒の視点では、自分が書いた解答が参考にされると自信になりますし、他の人にとっては『そういう考え方もあるのか』という理解にも繋がります。実際、2学期の定期考査に出題した英問英答では、生徒たちが自分で考えた様々な解答が見られ、面白かったです」

国によって事情は違うけど、みんな同じ「先生」でした。奥はナイジェリアの先生、手前はオーストラリアの先生(本人提供)
国によって事情は違うけど、みんな同じ「先生」でした。奥はナイジェリアの先生、手前はオーストラリアの先生(本人提供)

――世界のグローバル・ティーチャーと交流されて気づかれたことはありますか

「みんなすごい人たちでしたが、みんな普通の人でした。日本を発つ前は『一体どんな人たちが集まるんだろう』と、不安でビクビクしていました。正直、会話に入っていけるかも不安でした。ただ、行ってみて、まず同年代の先生が意外に多いことに驚きました。年も近いし、教員経験年数も自分と同じくらい」

「彼らと仲良くさせてもらうなかで『同い年でも頑張っている人たちがいる』と、彼らの存在にものすごく励まされました。コーヒーを飲みながら話していたり、ごはんを一緒に食べたりしている時は、普通の人たちです。クラスの人数について話していた時も、例えば日本やオーストラリアは30人~40人規模なのに対し、ナイジェリアの先生は90人を1人で教えているなど、国によって事情は違いました」

「でも、悩みや考えていることは一緒でした。ただ、みんなバイタリティがすごくて、教育の話になると『こうしたい』『こう変えたい』っていう思いや信念が強い上に、それを実現するために行動を起こせる人たちです。彼らをすごい人にしているのは、そういう部分じゃないでしょうか」

――今後どんな授業を展開されていこうと考えられていますか

「今まだGESFで吸収してきたことを整理しているところですが、Skypeでの交流はゴールにして、それに向かって英語の力を育てる取り組みに焦点を当てたいと思います。また、そのためにICTを有効に活用していきたいと思っています」

「まだ具体的には決まっていませんが、今回、世界中の素晴らしい先生方と出会うことができましたので、その先生たちとなにかコラボできたら、と思っています。ベルギーの先生からはまた新しいコラボレーションプロジェクトに誘ってもらっていますので、授業ではなく、顧問を務めているESS(英会話)部で取り組んでいこうと思っています」

「でも、交流ばかりに焦点を当てると、どうしても内容が薄くなってしまい、後で残るものが薄くなってしまいます。海外の学校とのコラボレーションに参加するにしても、まずは交流の内容に焦点を当てた知識をしっかりと学んでから交流に繋げられるようにして、コラボレーション後に、生徒たち自身が『自分たちに何ができるか』に気付けるような展開をしたいと思っています」

「授業で実現できるかはわかりませんが、仲良くなったノルウェーの英語の先生の生徒とは、できたら生徒同士1対1か、それは無理でも少人数対少人数で交流できる時間を作ろうと話しています」

――僕たちが子供だった頃に比べて日本の英語教育は随分、進みました。世界にキャッチアップするカギは何だと感じておられますか

「最近は、大学入試改革などで外部試験導入や、スピーキングテスト導入などで、『英語の4技能を測る』という言葉をよく聞きます。注目されているのがスピーキングですが、例えば英語でのスピーチやプレゼンテーションなど、大勢に対して1人で話す力と、相手が話したことを聞いて反応を返し、自分の意見を言ったり質問を言ったりする対話の力があると思います」

「例えば、別に海外の人と話さない場合でも、社会で仕事をしていくうえで、前者の能力なんかは必要だと思いますし、世界に追いついていくなら、両方必要です」

「私も授業で、スピーチやディベートを導入したりしていますが、初めてSkype交流を実施したとき、何度も授業でディベートやスピーチをやっているにもかかわらず、生徒がはるかに年下のスペインの子供たち相手に何も話せず、ショックを受けました」

「それは生徒も一緒だったと思います。英語力はもちろん必要ですが、自信をもって話す力や、度胸をつけるために、ある程度は日本語が通じない相手と交流する経験も必要なのでは、と思いますし、そのことによって『通じる英語』の習得に近づけると思います」

「そして、たとえスピーチなどで上手に話せても、相手の言うことに反応が示せなかったり、聞いたことに対して自分の意見を言ったり、質問をしたりする生徒も非常に少なく、そうなるとコミュニケーションではなくなってしまいます。それを可能にするのが対話力です」

「ただ、いくら英語の発音が良くて流暢(りゅうちょう)に話せても、話す内容がなければ何にもなりません。他教科で学んだ知識を基にして英語で議論し、意見を交換できるような力が、世界で生きていくには不可欠だと思います」

――これからの日本の子供たちに必要なことは何だと思いますか

「最近、人工知能の発達がよく話題に上がりますが、あと10年もしたら、多くの職業が機械で置き換えられると言われています。あまり実感はできないかもしれませんが、世界経済フォーラムでも議論されたように、この流れが止まることはありません。そんななかで大事なのは、機械ではできない力をつけることだと思います」

「ただ知識を丸暗記すれば良しとするのではなく、その知識をどう活用するか、その能力をつけることが大切だと思います。知識を取り出したり、言われたことをそのまま実行したりするだけなら、すべて機械がやってくれます。テストで良い点を取ってそれで終わりではなく、それを社会のどういう部分で活かしていくか、それをぜひ見つける力を身につける必要があると思います」

「あと、自分の生徒たちを見ていて思うことに限って言うと、もっと他の人とのコミュニケーションを大切にしてほしいです。最近はスマートフォンの普及もあり、放課後になると生徒が一斉にスマートフォンを眺め、『人』対『人』ではなく『人』対『機械』の光景をよく目にします」

「非常に便利なツールですし、もちろん私も持っていますが、機械はこちらが操作すればプログラムされた反応を返すだけで、その人一人ひとりの気持ちを考えた反応をしてくれるわけではありません」

「だから機械ばかりに依存していると、人が怖くなってしまって挨拶すらできなくなってしまったり、相手の気持ちを考えられない言動をしてしまったり、表現が下手になってしまったり、誤解が生まれやすいと聞いたことがあります。それに、プライバシーが侵害されたりする可能性も高くなります」

「私たちが暮らす社会は人で成り立っているものです。スマートフォンなどのテクノロジーは、あくまで授業や生活を便利にするためのツールで、テクノロジー自体が何かを教えてくれるわけではありません。だからこそ、人と人との関わり合いを大切にし、機械とも上手に付き合う力が必要ですし、身につけていってほしいと思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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