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トランプ大統領はなぜ「トウモロコシ」にこだわったのか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ米大統領は25日、主要7カ国首脳会議(G7サミット)の開催地フランスで安倍首相と首脳会談を行い、日米間の新たな貿易協定について大枠で合意した。ところが、大統領が予定になかった安倍首相との共同会見を開いてまでアピールしたのは、米国産の余剰トウモロコシを日本が購入するという、貿易協定とは全く関係のない話。しかも、余剰農産物は他にもたくさんあるのに、対象はトウモロコシだけ。大統領はなぜ、そんなにトウモロコシにこだわったのだろうか。

「全部、日本が買ってくれる」

 トランプ大統領は、共同会見の冒頭で貿易交渉の進展に触れたものの、すぐに話題をトウモロコシに切り替え、「中国がやると言ったことをやらなかったせいで、国内のいろいろな場所でトウモロコシが余っている。そのトウモロコシを全部、日本が買ってくれることになった」と、トウモロコシの購入を決断した安倍首相に、上機嫌で感謝の意を表した。

 次いで安倍首相が協定の正式合意の見通しなどについてコメントしたが、それを受けた大統領は再びトウモロコシの話に戻り、「米国の農家は彼らの大統領が好きだ、彼らはても幸せだ。でも安倍首相が彼らの農産物を買ってくれると聞いたら、もっと幸せだと思う」とトランプ節を全開。

 さらに、安倍首相に「何億ドルものトウモロコシを購入することについて、何か言ってくれないか」とトウモロコシに関するコメントを催促。安倍首相は、実際には民間企業が購入することになると述べ、そのために緊急支援措置を講じる用意があることを明らかにした。

 トランプ大統領は直後のツイッターにも「このトウモロコシの商談は本当に大きい」と書き込んだ。

 報道によれば、購入するのは飼料用トウモロコシ約250万トン。年間総輸入量の20%以上にも達し、輸入しても使い道がないのではないかという声が早くも聞かれる。

対中貿易摩擦は無関係

 日本が米国産トウモロコシを緊急輸入することを決めたことに関し、日本では、米中の貿易摩擦激化の影響で輸出の減少に苦しむ米国の農家を日本が救済する形になった、といったメディアの報道が目立つ。

 確かに、例えば大豆は、中国の今年1-4月の米国からの輸入量が前年同期比で70%も減少するなど、貿易摩擦激化の影響がもろに出ている。

 しかし、トウモロコシに関しては中国の農業保護政策の影響などでオバマ前政権時代からすでに激減しており、トランプ大統領になってからの貿易摩擦激化の影響ではない。輸出減少に苦しむ農家の緊急救済策というなら、大豆農家や、同じく中国への輸出が前年同期比で54%も減っている豚肉の生産者を優先するのが自然だ。

 また、日本のメディアは、トランプ大統領が来年の大統領選をにらんで農業票を固めたいためとも説明しているが、農業票はトウモロコシ農家だけではない。

エネルギー政策に支持者が反発

 実はトランプ大統領は今、自身のエネルギー政策をめぐり、トウモロコシ農家とその関連業界から激しい突き上げを食らっている。

 米政府は、原油の海外依存度を減らすため、ガソリンにトウモロコシなどから作るバイオエタノールを一定量混ぜて販売することを2005年から義務付けている。この法律のおかげで燃料用トウモロコシの需要が急増。現在、米国内で生産されるトウモロコシの約8割は国内向けだが、その国内消費の4割強がバイオエタノール向け。飼料向けとほぼ肩を並べている。

 しかし、バイオエタノールは、混合比率が高いと燃料効率が落ちるとも言われており、自動車業界や石油業界の評判は必ずしもよくない。そこでトランプ大統領は、支持基盤である石油業界の意向をくむ形で、就任以来、例外措置として中小の製油所に対し混合比率の引き下げを次々と認めてきた。

 このトランプ大統領の政策に激怒しているのが同じく支持基盤である農業界、とりわけトウモロコシ農家とバイオエタノールの生産者だ。バイオエタノール需要の頭打ちと豊作によるトウモロコシの供給過剰という二重苦に見舞われているトウモロコシ業界にとって、混合比率の引き下げ拡大は死活問題。バイオエタノール業者の中にはすでに、大幅な減産や工場の閉鎖に追い込まれているところも出ているという。

アイオワ州の怒り

 こうした中、8月9日、環境保護庁(EPA)は新たに31の製油所に対し混合比率の引き下げを認めたため、トウモロコシ業界の怒りの火に油を注いだ。

 特に、トウモロコシとバイオエタノールの生産量が全米一のアイオワ州の怒りは激しく、バイオエタノールの生産者らで組織する「アイオワ再生可能燃料協会」は同日、声明を出し、「今回のEPAの決定により、トランプ大統領は10億ガロン以上のバイオ燃料の需要を奪い、アイオワの有権者への約束を破った」と、トランプ大統領を名指しで非難した。

 予想以上の反発に慌てたトランプ大統領は、G7サミット直前の22日、急きょホワイトハウスに関係閣僚を招集し、トウモロコシ農家の怒りを鎮めるための善後策を話し合った。

 アイオワ州は、2016年の大統領選ではトランプ氏が勝利したものの、その前の2度の大統領選ではいずれも民主党のオバマ氏が制するなど、来年の大統領選挙で鍵を握る「スイング州」の一つ。トランプ大統領にとって、アイオワは何としても味方につけておきたい州だ。

困った時の……

 しかし、ホワイトハウスでの鳩首会議でも、閣僚間の意見の対立もあり、抜本的な善後策は見つからなかったようだ。この間、民主党の大統領候補者は、抜け目なくアイオワ州のトウモロコシ業界に接近し、トランプ票の切り崩しにかかっている。

 常にパフォーマンスを重視するトランプ大統領は、せめてアイオワのトウモロコシ業界に誠意のポーズだけでも示したいと思ったに違いない。そんな大統領の頭に、言うことを聞かない他国のリーダーと違って物分かりの良い安倍首相の顔がポッと浮かんだとしても、けっして不思議ではない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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