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トランプ氏を“代弁”する米国の巨大メディア、シンクレアの恐るべき“洗脳作戦”とは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
シンクレアはFOXと同じ保守系メディア。写真はLATimes.comから。

 3月終わりにアメリカで起きたある“異様な現象“が大問題となっている。

 まずは、以下のビデオを見てほしい。

ローカルニュースのニュースキャスターたちが同じ原稿を読み上げる様は不気味だ(deadspin.comが合成したもの)。
ローカルニュースのニュースキャスターたちが同じ原稿を読み上げる様は不気味だ(deadspin.comが合成したもの)。

Sinclair's Soldiers in Trump's War on Media

 アメリカの地方テレビ局のローカルニュースに登場するニュースキャスターたちの画像がずらりと並んでいる。驚くべきは、各ニュースキャスターたちが全く同じことを、一語一句違わずに発言していることだ。まるで、与えられた原稿をそのまま読み上げでもするかのように。

 実際、彼らはそうしていた。以下は、シアトルのKOMOニュースで読み上げられた原稿だ。2人のキャスターが、交互に読むように書かれている。

B:私たちの最大の責任は北西地域に奉仕することです。私たちは、KOMOニュースの質とバランスの取れたジャーナリズムを非常に誇りにしています。

A:しかし、私たちは、無責任で一方的なニュースがこの国に蔓延っているという現状を懸念しています。偏見のある間違ったニュースがシェアされることは、ソーシャルメディアでは非常にありふれたことになってしまいました。

B:もっと大変なのは、間違ったニュースを事実確認もせずに出しているメディアもあることです。

A: 残念ですが、メディアの中には、人々の考えを操作するため、メディアというプラットフォームを利用して、個人的な偏見やアジェンダを押しつけているところもあります。これは、民主主義にとって非常に危険なことです。

 このビデオで、一つの同じ主張が発せられる様は、ニュースキャスターの顔はみな違えど、北朝鮮のテレビ放送を見ているかのようだ。“民主主義にとって非常に危険だ”と訴えている彼らだが、こんな“異様な現象”こそ、民主主義にとって非常に危険だ。

 そして、ニュースキャスターたちが原稿で言わんとすることはこれに尽きる。

 フェイク・ニュースに気をつけろ!

 つまり、トランプ氏が日頃から連発している主張に他ならない。

トランプ氏の代弁者

 それにしても、なぜこんな“異様な現象”が起きたのか?

 その影には、「シンクレア・ブロードキャスト・グループ」という巨大メディア企業の存在がある。耳慣れない名前だろうが、シンクレアは、アメリカの約100の地域で193の地方テレビ局を所有または運営しており、地方テレビ局を所有するメディアとしてはアメリカ最大の企業なのだ。冒頭の原稿は、同社が傘下にある地方テレビ局のニュースキャスターたちに読むよう強制したものだったのである。

 シンクレアは、ジュリアン・シンクレア・スミスという創業者一族が所有している。同社会長であるスミスの息子デビッド・スミスやその兄弟たちは、これまで共和党に多額の献金を行ってきた。その報道内容はあからさまに右寄りで、傘下の地方テレビ局がある地域にはトランプ支持者が圧倒的に多い。

 シンクレアはトランプ政権とも深い繋がりがある。政治ニュースサイト“ポリティコ”によると、大統領選挙の際、トランプ陣営はトランプ氏へのインタビューを許可する条件として、トランプ氏の発言内容は時事解説を加えずにそのまま放送するという合意をシンクレアと結んでいたという。いわば、トランプ氏の話を批判などせずに流すのであればインタビューに応じるというわけだ。こうして、シンクレアはトランプ政権に対して好意的な報道をするメディアになったのである。

 トランプ氏とシンクレアの“癒着”は、昨年、トランプ氏の元アドバイザー、ボリス・エプスタイン氏がシンクレアのチーフ政治アナリストとなったことでさらに深まった。シンクレアはまさに“トランプ氏の代弁者”になったと言っても過言ではないだろう。“代弁者としての責務”を果たすべく、シンクレアは、今回、トランプ氏が連発する“フェイク・ニュース”を、各地のニュースキャスターの口から言わせるという“暴挙”に出たのか?

 この“暴挙”は放送局員たちを狼狽させた。ニュースキャスターたちは、好むと好まざるとにかかわらず、与えられた原稿を口にしなければならなかった。唯一、ウィスコンシン州にある放送局WMSN/FOX47マディソンだけは、“地域の人々が関心を持っているニュースを流したい”と言って、原稿を読むことを拒否した。

 メディアもシンクレアの“押しつけ原稿”を痛烈に非難、“アメリカ最大の地方テレビ局オーナーは、ニュースキャスターたちをトランプのメディア戦争の兵士にした!”という辛辣なタイトルも登場した。人気トークショーホストのジョン・オリバー氏はニュースキャスターたちを”洗脳されたカルトメンバー“と揶揄した。

 こんな騒動を見て面白がったのはトランプ氏だ。彼はツィートでシンクレアを賞賛し、こう擁護したのだ。

「これまで私が対処した中でも最も不誠実な集団に入るフェイクニュースネットワークが、シンクレアが偏向報道していると言って批判するのを見るのはとても面白い。シンクレアはCNNや、もっと嘘つきなNBCよりもはるかに優れている」(ちなみに、この発言には、トランプ氏の無知が露呈されている。シンクレアの傘下にはNBCの関連局があるからだ)

「偏見あるアジェンダを承知の上で流しているフェイクニュースネットワークは、シンクレアとの競争やシンクレアの質を懸念している。CNN、NBC、ABC、CBSの嘘つきたちは、フィクションの賞しかもらえないような不誠実な報道をたくさんしてきた」

 アメリカでは地方テレビ局が果たしている役割は大きい。毎日、ローカルニュースに登場するニュースキャスターは、地元の人々にとっては近い存在だ。親しみを感じているニュースキャスターの発言を信頼している人々は多い。実際、ピューリサーチセンターによれば、全国ニュースを信頼している人々が76%いるのに対して地方ニュースを信頼している人々は82%と、地方ニュースへの信頼度の方が高いという調査結果もある。今回のニュースキャスターたちの発言を信頼し、“洗脳”された人々もいるかもしれない。

 

シンクレアの“洗脳作戦”

 シンクレアの“洗脳”は今に始まったことではない。

 例えば、ロシア疑惑で辞任に追い込まれた元大統領補佐官マイケル・フリン氏について、昨年7月、以下のような全く同じ問いかけを、ニュースキャスターたちにさせていた。

「FBIは、元大統領補佐官マイケル・フリン氏をロシア疑惑問題で追求することで、彼に個人的に復讐をしたのでしょうか?」

(フリン氏は、2015年、性差別でFBIを訴えていたFBIの元エージェントをサポートしたが、FBIはそれに対する復讐のためにロシア疑惑でフリン氏を捜査したのではないかと問いかけたのだ)

 また、シンクレアは、過去にも数々の“洗脳”をしてきた。そのやり方がまた尋常ではない。”同社コメンテイターが解説する政治的に右寄りの時事解説を“放送必須”とし、ローカルニュースの時間に流すよう地方テレビ局に指示していたのである。

 そんな時事解説のコメンテイターに、元シンクレアの重役マーク・ハイマン氏がいる。ハイマン氏は“ヘッドラインの裏側”というコーナーを持ち、トランプ氏の発言や考え方をサポートするようなコメントをしてきた。

「よく聞け、若者よ。トリガー警告や安全な場所がほしいと泣き言を言っている社会正義の戦士である君に言いたい。大学は子守をするところではないのだぞ」

「我々は、“タチの悪い癌”に脅かされている。国の危機だ。それは“ポリティカル・コレクトネス”(偏見や差別を撤廃する立場での政治的正当性)と”多文化主義”というものだ」

「かつては受け入れられていた“ハンディーキャップト(身体障害のある)”や”リターディド(知能の遅れた)”という言葉は今では使用禁止になってしまった」

「私は今ワシントン・レッドスキンズのファンであることを誇りに思う」(レッドスキンズ(ワシントンDCをベースにしたフットボールチーム)というチーム名はアメリカ先住民を蔑称するような人種差別的な名前であるという理由から、先住民がチーム名変更を求めて抗議運動をした)

 前述の、ボリス・エプスタイン氏も自身のコーナーを持って、以下のような”フェイク・ニュース”を流している。

「結論をいうと、CNNやケーブルニュースは、事実に固執した公平な報道ができていないのです」

「オバマは今日まで、2008年の選挙の時に得た750ミリオンドルという選挙資金の出どころを報告していません。その理由は、選挙資金の一部がテロリスト集団ハマスから来たものだったからでしょう」

 エプスタイン氏はまた、昨夏、バーニジア州シャーロッツヴィルで白人史上主義者と反対派が衝突した事件についてトランプ氏がした“双方に責任がある”という問題発言を「大統領は、左派からも憎悪や暴力が生じていることを正しく認識している」と言って擁護した。

 さらに問題視されているのは、シンクレアには“テロリズム・アラート・デスク”という放送必須 のパートがあることだ。このパートでは、連日、テロ関係の情報を流しているが、その中には、ソースが確認できていない情報も含まれているという。例えば、「ISは、9人の若者たちをチェーンソーで真っ二つに切った」という恐ろしいニュースも確認できないソースから入ったものだった。それでも、ニュースキャスターは、事実であるかのように報道したという。ちなみに、同じニュースを報道したタブロイド紙は“伝えられるところによれば”と前置きをするのを忘れなかった。

 もっとおかしいのは、テロとは全然関係のない、イスラム教徒に関係した普通のニュースまでこのコーナーで報道していることだ。例えば、

「フランスの22の街の市長は、ブルキニ(イスラム教徒の水着)禁止は違法であるとする裁判所の取り決めを無視している。最初は、30以上の街でブルキニが禁止されていた」

といったニュースまでこのコーナーで流しているのである。これは”イスラム教徒差別”以外の何ものでもない。

買収で、さらに巨大化か

 恐ろしいのは、このシンクレアが、昨今、さらに巨大化していることだ。2010年以降、同社が所有する地方テレビ局の数は約3倍に増加、今は、トリビューン・メディアという42の放送局を傘下に置く企業を3.9ビリオンドルで買収しようとしている。42の放送局の中には、ニューヨークやシカゴ、ロサンゼルスなどの大都市圏の放送局も含まれている。FCC(米国連邦通信委員会)が現在、この買収を審査しているが、規制緩和を進めるトランプ政権下では、買収が認可される可能性が高いという声も上がっている。この買収が完了すれば、シンクレアは、アメリカの約72%の世帯を視聴者として抱えるアメリカ最大のメディア企業となるのである。

 そうなると、“トランプ氏の代弁者”シンクレアによる“洗脳”はますます加速化するかもしれない。アメリカが情報操作により言論を統制し、“北朝鮮化”する日も近いのか? そして、その動きはまた近い将来、日本へも波及するのだろうか?

 元をたどると、シンクレアのような偏向報道の起こりは、1987年に、アメリカで放送番組の「政治的公平」の原則が撤廃されたことに遡る。放送局が数少なかった昔、放送局は「政治的公平」という原則の下、対立する意見を紹介しなければならなかった。しかし、その後、多チャンネル放送の時代が到来すると、FCCは「政治的公平」という原則が「言論の自由」に違反すると考え、これを撤廃したのだ。撤廃により、放送局は対立する意見を流す必要がなくなり、自由な主張ができるようになったのである。自由の名の下、偏向報道をするメディアも登場した。

 日本政府は、今、放送番組の「政治的公平」などを定めた放送法4条を撤廃する放送制度改革案を検討している。撤廃されると、日本の放送局はアメリカの放送局のように自由で多様な主張ができるようになるだろう。それはそれで素晴らしいことだ。筆者は、日本のテレビを見るにつけ、どの局も同じニュースを流し、無難な主張しかしていない状況に辟易している。

 しかし、自由な主張が可能になれば、シンクレアが垂れ流しているような政治的に偏った主張をする放送局が登場する恐れもまたある。“横並び社会”日本であるから、ある局が偏った報道をすると、他局も追随して偏った報道に走るかもしれない。偏った報道には、間違った情報や歪曲された報道も含まれることになるだろう。“右”か“左”というように極端に偏った報道が登場すると、今のアメリカのように、国が真っ二つに分断されることにもなりかねない。

 前述のジョン・オリバー氏は、自身のショーの中で、皮肉たっぷりにシンクレアを批判し、視聴者に強く訴えた。見ているニュース番組がシンクレア系列ではないか確認しよう! 

 結局のところ、それが偏向報道を流しているメディアなのかどうか判断するのは視聴者である。放送が自由と多様性を求める方向へと向かう中、これからは、視聴者の判断力がより問われることになる。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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