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カルロス・ゴーン氏はこうやって年を越した。籠池夫妻が語る拘置所のお正月

赤澤竜也作家 編集者
籠池夫妻は東京拘置所のカルロス・ゴーン氏へユニクロのフリースとベストを差し入れた

 異例づくしの展開のすえ再々逮捕となり、1月11日までの勾留が決まった前日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏。2019年の正月も東京拘置所で迎えた。いったいどのような年末年始を送っているのだろうか? 昨年、大阪拘置所で年を越した籠池泰典、諄子ご夫妻に聞いてみた。

年越し蕎麦はなし。元旦は琴の音で始まる

「年末は29日からお菓子が出ました。おやつの時間に持ってきてくれるんじゃなくて、お昼ご飯と一緒に渡してくれるんです」(泰典氏)。

 拘置所で付けていたノートを見せてもらうと29日熊本オークラ製菓の「いろいろキャンディ」、30日長崎天恵製菓の「ちょっとの幸福どら焼き」、31日尼崎市・高岡食品工業の「メロウキッスチョコレート」と記されている。

取材に応じる籠池諄子氏、泰典氏(筆者撮影)
取材に応じる籠池諄子氏、泰典氏(筆者撮影)

「年越し蕎麦はないんです。何日か前に申し込んだカップ麺をいただきます」(諄子氏)。

「ふだんは9時に消灯なんだけど、大晦日だけはラジオで『紅白歌合戦』を聞くことができるの。でも起きていてはダメ。布団の中で横になっていないといけない。紅白が終わると『ゆく年くる年』。年が明けて新年になった瞬間に『ブツッ』と放送が途切れて静寂になった。あれは呆然としたよ。情緒もなにもあったもんじゃない(笑)」(泰典氏)

 ここちよし ガラスふきする 獄の中

 泰典さんの大晦日の句である。

 新年は起床のチャイムの後、宮城道雄「春の海」のお琴の音が流れてくるという。民放の正月番組みたいだ。紙の箱に入ったおせち料理も届けられたという。泰典氏のノートを見せてもらうと「海老、さわら、紅白かまぼこ、カボチャの煮物、京なます、きんとん、黒豆、伊達巻、照肉団子、サツマイモ甘露煮、しいたけ旨煮 栗の甘露煮、昆布巻き、青梅シロップ煮 レンコン煮物 にんじん煮物 数の子の醤油漬け 絹さや」とある。なかなか豪勢なように思えるのだが……。

12月17日、テレビ番組の収録のため東京拘置所を訪れた籠池夫妻。ふたりとも涙がにじんだという。
12月17日、テレビ番組の収録のため東京拘置所を訪れた籠池夫妻。ふたりとも涙がにじんだという。

「ちゃうちゃう、冷凍でどれも美味しくないし、信じられへんくらいちっちゃいねん。毎年、お鍋いっぱいのおせち料理を作ってたから、かえってわびしい気持ちになりました」(諄子氏)

「でも三が日は白米を食べられるのがうれしかったな。155日ぶりの銀しゃりはたまらなかったよ」(泰典氏)

 29日から看守の数が少なくなったという。

「普段見かけない顔の方や若い方がローテーションで回っている感じです。お休みの間は弁護士さんとの接見もないし、差し入れも届かない。かえって淋しいもんでした。日本人なら紅白やおせち料理で癒やされる部分もあるでしょうけれども、ゴーンさんは外国の方で、日本語も理解されませんから、寂寥感はひとしおだと思います。お正月から取り調べがあるとの報道もありますが、それもまた辛いでしょうね」(泰典氏)

 元日の 壁にあたりし 夕日かな

 ひとりぼっちのお正月はこう詠んだ。

なぜゴーン氏にユニクロのフリースを差し入れたのか?

差し入れたベストに付属していた巾着袋だけは法令の規定により受け付け不可との通知をもらった。この書類が送られてきたため、フリースとベスト本体はゴーン氏の手許に届いていることの傍証になるという。
差し入れたベストに付属していた巾着袋だけは法令の規定により受け付け不可との通知をもらった。この書類が送られてきたため、フリースとベスト本体はゴーン氏の手許に届いていることの傍証になるという。

 差し入れはもともと諄子さんの発案だという。

「とにかく拘置所は寒いんです。差し入れてもらったユニクロのフリースを着て、靴下をはき手袋をはめ、やはり支援者の方から頂戴した厚手の毛布をかぶってなんとか眠ることができるレベル。ゴーンさんは大丈夫かなと思うといてもたったもいられなくなりました」

「ゴーンさんに差し入れしたことが朝日新聞で報道されるとデビ夫人から電話をもらい、『あなた何やってるの。ゴーンさんは多くの従業員のクビを切りながら、自分自身は贅沢三昧の悪い人なのよ。ダメじゃない』と怒られました。敬愛するデビ夫人ですけど、この時ばかりは反論させてもらったんです。『ゴーンさんがいい人か悪い人かは私はわかりません。でも拘置所は本当に寒いんです。少しでも暖かく過ごしてもらいたいという気持ちだけで入れたんです』と。デビ夫人もわかって下さったと思ってます」(諄子氏)

 泰典さんは日本の前近代的な刑事司法のあり方に抗議し、同じ境遇下に置かれたことのある者としての連帯の意思表示も込めていたと語る。

「特捜部に逮捕され、否認すると長期間にわたって拘禁されてしまいます。さらに接見禁止という措置も付く。私の場合も逮捕されてから7ヵ月半は肉親とすら会えなかった。取り調べは拘置所で行われるなど24時間監視下にあるので、代用監獄と同等の状況でもある。もちろん取り調べに弁護士の立ち会いもありません」(泰典氏)

 日本における「人質司法」と呼ばれる安易な身体拘束の常態化は国連拷問禁止委員会や国際人権(自由権)規約委員会といった海外の機関から批判を浴び続けている。苛烈な状況から逃れたいがため、ウソの自白をしてしまい冤罪となったケースは枚挙にいとまがない。

 今回のカルロス・ゴーンの逮捕勾留以降、ウォールストリートジャーナルが「共産主義の中国の出来事か。いや資本主義の日本だ」と書くなど諸外国のメディアは日本の刑事手続きの人権軽視ぶりを厳しく糾弾した。

「ケリーさんの保釈が認められたのは本当によかった。私たち夫婦は300日にわたって拘置所に留め置かれていましたからね。今からでも遅くありません。ゴーンさんの事件がこの国の刑事司法制度をいい方向へ変えていく機会になればと思っています」(泰典氏)

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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