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辻田真佐憲

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評論家・近現代史研究者

報告

解説宮崎空港があった場所には、かつて海軍の宮崎基地(赤江飛行場)がありました。1945年3月18日に米機動部隊の艦載機により攻撃され一時的に基地機能を喪失し、その後も度重なる空襲を受けて、飛行場施設は軒並み破壊されて終戦を迎えました(現地の案内板「宮崎基地の沿革」による)。 また特攻基地慰霊碑も併設されており、宮崎基地から飛び立った特攻隊を含む英霊385柱と、宮崎県出身者で宮崎基地以外の基地から発進した英霊414柱、合計799柱の英霊が合祀されています(同じく「宮崎特攻基地慰霊碑」)。そして同地の「宮崎基地発進陸軍飛行第七戦隊戦没者」という石碑には、朝鮮半島出身者の名前も記されています。 今回の爆発原因が不発弾だとすれば、このような歴史にもあらためて注目が集まることでしょう。

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同じ記事に対する他のコメンテーターコメント

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    ライター(乗り物・モビリティ全般、観光、ご当地グルメ)

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コメンテータープロフィール

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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