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岡本裕志

ヒットチャートの「正解」はあるか――多様化する音楽の消費

2018/05/23(水) 10:05 配信

オリジナル

この時代に、誰もが納得するヒットチャートはあるのだろうか。音楽消費のありようは多様化している。CDを買って聴くこともできれば、月額制ストリーミングサービスで聴き放題を選ぶこともできる。YouTubeで聴くことだってできる。ラジオやライブで選ばれる音楽もある。そんな「いま」をもっとも正確に映し出したヒットチャートとはどんなものなのか。それぞれの「正解」を模索する現場を追った。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

老舗「オリコン」の新たな挑戦

いま、誰の、どんな曲が人気なのか――。この問いに答えるために、数多くのヒットチャートが作られてきた。日本で最も名前が通っている「オリコンランキング」がこだわってきたのは、リスナーが音楽を「所有」した結果の――つまりCDの販売数である。

オリコン市場調査部部長の小島敦史さんは「実態に即した数字」を把握するために手間をかけ続けてきたという。

オリコンランキングの「デイリーシングルランキング」(左)と「デイリーデジタルシングル(単曲)ランキング」(右)の画面(提供:オリコン)

「例えば、アイドルの握手会では、特典目当てで1人のファンが同一CDを大量購入することがあります。これは、ランキングを集計するうえでは統計上の『はずれ値』という扱いになります。そのため、調査スタッフの派遣などを通じて販売枚数と購入者数の状況を把握する努力を続けてきました」

そのオリコンが、昨年9月にある「宣言」を出し、話題になった。

これまで発表してきたデータは、「CD販売数のランキング」のみだったが、今後は「ダウンロード販売数のランキング」も開始し、さらに「CDの販売と音楽配信を融合した合算ランキングも検討していきます」と発表したのだ。

つまり、CD販売数にデジタルダウンロード販売数を加えた「複合型」を作る、というのである。さらに「ストリーミング」の合算についても今後検討していくという。

オリコンの小島敦史さん

「創業以来取り組んできたことは『ヒットの可視化』です。2000年代前半の『着うた』の時代からデジタル音楽市場の動向を追ってきましたが、市場ではまた新たな変化が起きている。ヒットの多様化を捉えるためにも、新たなランキングについては常に研究・検討を重ねています」

日本レコード協会のまとめによると、ダウンロードとストリーミングを合わせた販売金額は2017年1年間で、前年より8%増え、573億円に達した。CDを軸とする音楽ソフト総生産1739億円には及ばないものの、全体の4分の1を占めるまでに成長している。もはやデジタルの存在感は無視できない。オリコンにとって、音楽市場の「今」を反映するためには、CDとデジタルを合わせた新しい「オリコンランキング」を作る必要があったのだ。

ヒットチャートの「複合化」は先祖返り

Billboardの「JAPAN HOT100」

老舗のオリコンが目指す「複合型」ヒットチャートには、先例がある。

Billboardの「JAPAN HOT100」がそうで、10年前の2008年に始まっている。七つの指標を組み合わせた「複合型」だ。

運営会社・阪神コンテンツリンクのビルボード事業部長、礒崎誠二さんによると、七つの指標には「CDセールス」「ダウンロード販売数」「ストリーミング再生回数」「YouTubeなどの動画再生回数」「ラジオでの放送回数」「Twitterでのツイート投稿数」に加え、「ルックアップ回数」も含まれている。ルックアップ回数とは、パソコンでCDを読みこんで楽曲情報にアクセスした回数を指す。そんな情報にまでこだわってきた。

阪神コンテンツリンクの礒崎誠二さん(撮影:岡本裕志)

いまやヒットの新基準は「複合化」にあり――。しかし実際には新しい潮流ではなく、むしろ昔に回帰していると見る人がいる。『ヒットの崩壊』などの著がある音楽ジャーナリストの柴那典(しば・とものり)さんは、こう指摘する。

「1978年から89年までテレビ放送されていた、『ザ・ベストテン』という歌番組がありました。番組独自のチャートを集計し、1位から10位のアーティストが番組出演していましたが、ここのチャートは『複合型』だったんですよ。レコード売上げ、視聴者からのリクエストはがき、有線放送、ラジオでのリクエスト数などを加味して順位は決められていました」

柴那典さん(提供:本人)

日本のザ・ベストテンだけではない。アメリカ生まれのBillboardチャートも同じだ。第2次世界大戦後、アメリカでのそれは、ジュークボックスでの再生数、ラジオ放送、アナログレコードの売り上げ数などで決まっていた。

ではなぜ、複合チャートは目立たなくなったのか。日本に限っていえば、「80年代末以降にCDが爆発的に普及したから」(柴さん)だ。以降、日本ではCD販売数を追い続けることこそ、チャート作りの近道になった。CD売り上げ重視のオリコンランキングが強い影響力を持った背景には、こんな側面がある。

(撮影:岡本裕志)

翻って現代。1998年をピークにCDの販売枚数は減少を続けてきたが、今その減少スピードはゆるやかになり、底堅い存在感を見せている。その一方、ストリーミングに代表される新しい聴き方もシェアを伸ばしている。今という時代に適応したチャートが「複合化」するのはある意味、自然な流れでもある。

JAPAN HOT100の話に戻ろう。前出の礒崎さんは「ヒットチャートは、単にいま売れている曲が並んだ順位表でもない」と言う。人はいろんな場面で音楽を聴いている。たとえば「ラジオでの放送回数」があり、「YouTubeでの再生数」もある。ここでのリスナーは、買って「所有」するわけではなく、無料で「接触」している状態だが、楽曲の人気を測るには避けて通れない。こういった状況で、リスナーは必ずしもアルバムやシングルという区分けで曲を選んでいるわけではない。区分けに限らず、曲の発売時期にとらわれないケースもある。

JAPAN HOT100は複合チャートだ(撮影:岡本裕志)

昨年、礒崎さんは、こういう経験をした。

1985年に発売された荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」が、昨年9月末、突然チャート上位に進出したことがあった。きっかけを作ったのは、登美丘高校(大阪府)ダンス部のYouTube動画「バブリーダンス」だ。870万回におよぶ週間再生数をたたき出した動画で曲が使われた。当時、CDシングルの再発売はされていなかったものの、JAPAN HOT100は楽曲ごとに集計する「ソングチャート」を採用していたから、このブームをつかまえられた。

「ソングチャートだからこそ、わかった。その結果としてスポーツ紙やテレビで本件が大きく報じられました」(礒崎さん)

様々なメディアで取り上げられた「ダンシング・ヒーロー」は、チャートで最高2位まで駆け上がったのち、そののち配信限定シングルが再発売されている。

人の行動もチャート化する

スポティファイジャパンの野本晶さん(撮影:岡本裕志)

近年の音楽市場で急成長するストリーミングサービスの動向は、ヒットチャートにどう反映されているのだろうか。世界7000万人以上の有料会員が利用する、スウェーデン発「スポティファイ」は、再生数中心の「国別トップ50チャート」を集計している。しかし、スポティファイジャパンのディレクター・野本晶さんは、こう話している。

「再生数で決まる『トップ50』のチャートは、変化に乏しいんです。人気の曲が長い間ずっと人気だったりします」

バイラルチャート(スポティファイ)の画面

トップ50以上に活発な変化を見せるのが、ユーザーの「行動」に注目した「バイラル(口コミ)チャート」だ。ユーザーが楽曲をSNSでシェアした回数を中心に、再生数も加味して順位を決める仕組みになっている。SNSで話題になったものや、その時々の勢いを感じさせる楽曲がランクインする。いま、音楽リスナーの間で高い信頼性を持つとされ、バイラルチャートで上位に入ることで、一気に知名度をあげたアーティストも少なくない。

4人組アイドルグループ「フィロソフィーのダンス」(ソニー・ミュージックエンタテインメント所属)はその一つだ。昨年11月、「ダンス・ファウンダー」という楽曲でバイラルチャート1位を獲得した。プロデューサーで、ソニー・ミュージックエンタテインメントの加茂啓太郎さんはこう話す。

「(それまでは)知る人ぞ知る存在だったのが、1位をとると『あのグループか』と気にしてもらえることが増えた」

実績で上のアイドルグループはたくさんいるが、曲の勢いとファンの応援で1位をとることだってできる。ユーザー自らが、SNSで好きな楽曲をシェアできるバイラルチャートだからこそ起きる現象だ。

フィロソフィーのダンス(提供:ソニー・ミュージックエンタテインメント)

ではなぜ、バイラルチャートでは活発な順位変動が起きるのか。ここには独自の仕掛けがきいている。スポティファイではジャンルや気分、生活シーンなどのテーマ別に作られる「プレイリスト」と呼ばれる楽曲リストがある。

「Tokyo Super Hits!」「昭和歌謡」「Train! Train! #通勤のサントラ」「眠れぬ夜の音楽」など――公式プレイリストが用意され、その数はグローバルで20億以上もあるが、作っているのは各国スポティファイのキュレーターだという。何もしなければ、上位の楽曲は同じ顔ぶれになる傾向があるから、プレイリストをユーザーに提示することで新陳代謝をはかっているのだ。

スポティファイジャパンの社内(撮影:岡本裕志)

「スポティファイには膨大な楽曲があります。とても1人のユーザーが聴ききれる量ではありませんし、選ぶのも大変。だから、テーマごとに音楽を楽しめたり、レコメンド(おすすめ)してくれたりするプレイリストが必要なんです」(野本さん)

LINE MUSICの高橋明彦さん(右)、松村奈央さん(左)(撮影:岡本裕志)

スポティファイと同じストリーミング型サービス大手には、LINE MUSICもある。同社取締役の高橋明彦さんは、「年齢層は10代後半から20代前半が中心です。ほとんどがLINEをつかっているユーザーです」と言う。とりわけ若年層に強いサービスで、ここも独自のヒットチャートを集計している。

特徴的なのは「リアルタイム」という機能だ。週間、月間という単位ではなく、それこそ株価のようにリアルタイムで変動する。決め手になるのは、お気に入りに入れるなどのアクションをしたユーザーがどれだけいるかだ。

「好きな曲をSNSでシェアするユーザーには、『(この曲を)みんなで頑張ってチャートで1位にしよう』と呼びかける子もいるんですよ」(同社の松村奈央さん)

瞬間にこだわることで、若年ユーザーの元気さを見える化しようとする。それがLINE MUSICのヒットチャートなのだ。

LINE MUSICのSONGS TOP 100リアルタイムチャート。「リアルタイム」カテゴリーでは、「お気に入り」に入れるなどのユーザーアクションを重視した独自のアルゴリズムで集計している。ここも複合型である

ヒットチャートの「正解」はどこに

所有、接触、行動、瞬間――現代のヒットチャートでは、複雑な要素が絡み合う。では、音楽ソフトを売る側は、どのチャートを注視しているのか。大手CDショップのタワーレコードに聞くと、こんな答えが返ってきた。

「実は全部、なんです」(タワーレコード広報室・谷河立朗さん)

音楽消費の目安は「チャート」の外側にまで広がっている。タワーレコードでは、ライブの動員数も見るし、SNSでどんな話題が盛り上がっているのかも見ているという。

「あとはテレビですね。コマーシャルです。Suchmos、WANIMA、竹原ピストルなどのアーティストは、企業コマーシャルに楽曲が起用されたことで、人気に火がついています」

(撮影:岡本裕志)

ヒットチャートは、この先どうなっていくのか。前出の柴さんの話からは、次なるヒットチャートの「兆し」がうかがえる。柴さんは、音楽ジャーナリストとして、いろんな指標を追っているという。そのなかに、カラオケ「JOYSOUND」の年間チャートがある。他のものにはない情報が含まれていて「興味深い」という。

「世代別に何が歌われたかがわかるんです。たとえば、去年、日本の10代で一番歌われたのは、バルーンというアーティストの『シャルル』。音声加工ソフトのボーカロイドを駆使して作られた楽曲です。他のチャートからは見えてこない、局地的なヒットでした」

お茶の間にまで浸透する「大きなヒット」がある一方、世代別の「局地的ヒット」もある。複合チャートが参照するべき指標はまだまだあるし、未来予測として局地的ヒットを網羅し、強い説得力を持つ巨大チャートが出現しても不思議ではない。

「ライブ動員数やインターネットでの検索数――。音楽のビッグデータはまだまだ無数にあるし、局地的なヒットチャートをなんらかの手段で統合する試みがあってもいいと思います。新しいヒットチャートがあるとすれば、その先にあるのではないでしょうか」(柴さん)

少しずつだが、輪郭は見えつつある。

(撮影:岡本裕志)

[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
[モデル]
山下麻夏(B-Tokyo)

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