千葉格

「やんちゃ」からの脱皮 原口元気と父が歩んだPDCA

8/12(土) 10:21 配信

原口元気は「精神的なムラがある」と評されることがあった。2011年にはチームメートを蹴り飛ばして謹慎処分に、2012年には途中交代に納得がいかず監督に詰め寄るなど「やんちゃぶり」にスポットがあたってきた。だがそんなイメージとは異なり、論理的な思考で努力を積み重ねてきた選手であるということはあまり知られていない。その陰には、原口に「考える方法」を教えた父親の存在があった。(ミムラユウスケ/Yahoo!ニュース 特集編集部)

父が授けた「考える方法」

「今日はどんな練習をしたの?」

「練習は何分くらいやったの?」

「何のために練習したの?」

少年時代の原口は、父の一(はじめ)さんからよくそんな声をかけられていた。

当時からチームメイトと比べて、一番多く練習をしているという自負はあったという。

「チームの中でも一番、努力してるよ!」

原口がそう言い返すと、父はこう言った。

「オマエは今のチームで一番になることが目標なのか? 日本のトップになったり、世界の選手と戦える選手になることが目標なんじゃないのか?」

父が教えたかったのは「考える方法」だった。スポーツ選手の成長において、肉体や技術と同様に鍛えなければならないのが「思考」である。プロならば、誰でも努力は出来る。しかし、適切ではないゴールを設定し、努力したところで、それを認めてもらえるほどプロの世界は甘くない。あさっての方向にむけて努力を続けていけば本人は疲弊し、やがて行き詰まる。しかし、「考える方法」をスポーツ選手が学ぶ機会は少ない。

サッカーの世界でも同様だ。「サッカーノートを書きなさい」というアドバイスはよくある。しかし、ノートに記す意図をあまり説明されないから「思考と課題の整理」という目的が置き去りにされる。だから、試合に出られなくなったとき、課題を正確にとらえ、克服するにはどうしたらいいのかをうまく考えられない。

その点、原口は父から伝授された「考える方法」を知り、努力を重ねてきた選手だ。

東西ドイツ統合のシンボルの一つとしても有名なブランデンブルク門の前に立つ原口元気(撮影:千葉格)

「PDCAサイクル」を回す

父の一さんは、「幼いころにはPDCAサイクルを教えたような気がします」と証言している。

「Plan(計画)/Do(実行)/Check(評価)/Act(改善)」

一般的には、4つの段階を踏まえて考察しながら仕事などに取り組んでいくという方法論をいう。

もちろん、当時の原口少年はPDCAが何かを正しく認識していたわけではない。今でもPDCAと言う言葉を使うことはない。しかし、そうした考え方は自然と身についていった。今では、感謝しているという。

「小さい頃から負けず嫌いでしたし、反抗期というか、『そんなのわかってるよ!』とか、『うるさい!』と言い返してしまうような時期もあったけど、親父はそれでもめげず、しつこいくらいに言い続けてくれた。子どもって、どうしてもチームメイトに勝ったり、目先の試合に勝ったりすることで満足してしまう。でも、子どもには見えない部分に目を向けさせてくれて、目標自体も高くしてくれたのは大きかったですね」

もちろん、「精神的なムラ」はあった。本人もこう認める。

「自分の思っていることの表現の仕方がうまくなかったから。他の誰かが悪いとかそういうことではないけど、自分は他の選手よりも考えているという自信もあったし、上にいくためには誰よりも考えないといけないという意識もあった。それで温度差みたいなものになったかもしれない」

原口の話は理路整然としていることで有名だ(撮影:千葉格)

元五輪選手に師事して肉体改造

2014年の7月、原口はドイツのヘルタ・ベルリンへと移籍して、念願だったヨーロッパでの第一歩を踏み出す。そこに至るまでのプロセスも、理屈の上に成り立っている。

日本の浦和レッズ時代で中心選手として確固たる地位を築き始めた2011年頃から、世界最高峰のヨーロッパのサッカーの映像を漠然と見るようになった。2013年頃からは、見方が変わった。ヨーロッパでプレーすることが目標となり、そのために自分に足りないものは何なのかに注目し、考察するようになった。

2011年の原口。感情をむき出しにしてプレーするのも魅力の一つだ(写真:アフロスポーツ)

ヨーロッパのサッカーを繰り返し分析することで気づいたことがある。それは「世界のトップレベルでは相手のボールを奪ってから一気に攻めるような速い攻撃が主流」だということ。そのために必要だと感じたのは、スプリントの能力をあげること。つまり、素早いスピードで何度も走れるようにする身体をつくることだ。

それには肉体改造が必要だ。しかし、自分だけで取り組むことはできない。

そんななかで行き着いたのが、110メートルハードルのシドニー、アテネ五輪代表で、筑波大学の谷川聡准教授との個別のトレーニングだった。目標は、2018年のW杯メンバーに入り、ヨーロッパで活躍するために、必要な身体をつくることだった。

谷川氏との出会いには一さんも一役買っている。中小企業診断士の一さんは筑波大学で講師として勤めていた。もちろん、息子のためだ。プロアスリートの親の中には専門的な知識がないにもかかわらず、親だからという理由で子どもに意見をする人も少なくない。一さんの場合は、息子のサポートにつながりそうなことをしようという考えだった。実家のある埼玉県熊谷市からつくば市までは時間も交通費もかかる。それでも茨城県つくば市まで通い続けたのは、息子のための縁やきっかけが生まれる可能性など、「得られるものが大きい」と考えていたからだ。

「そういう意味では、僕をマネージメントしてくれたのかもしれない」と、原口は振り返る。

こうして2014年1月から谷川氏と二人三脚での肉体改造が始まる。最初の2年半はスピードをあげるのではなく、けがをしないような身体づくりだ。16年夏からはスピードをあげるトレーニングへ。その段階での効果は、確かに表れた。原口は2014年夏にドイツにわたってからは、肉弾戦のような激しいプレーを苦にせずに続けているが、同年8月に右肩を負傷して一時離脱した以外は大きなけがをしていない。外からではわからない、骨盤を動かす身体の内側の筋肉もはるかに肥大した。

ドイツでは激しいプレーもいとわない(写真:アフロ)

トレーニングの方法について、原口が口を挟むようなことはなかった。

「自分が何冊かの本を読んだって、答えなんか出ない。でも、何十冊、何百冊と本を読んだり、研究したりしてきたスペシャリストの意見を聞くことが大事」

そのように原口は考えるからだ。

むしろ、原口が気をつけていたのは、そうしたトレーニングをしながら、コンディションを維持することだった。

チームから課されているメニュー以外にも取り組むことがあったため、疲れや筋肉の痛みなどを残すわけにはいかない。いわゆるコンディショニングに細心の注意を払って取り組んできた。

チームで課される練習の一つひとつのメニューから、個人的に取り組む筋力トレーニングのメニューまで、丁寧に記録していった。そんな取り組みをはじめてから3年を過ぎた現在は、大学ノートに記さなくても、自分の身体のコンディションを把握できるようになった。

言い換えれば、自分の中の感覚として理解できるようになるまで、コンディションを最良のものにするという計画を立て(Plan)、トレーニングを行い(Do)、それらを記録して見返せるようにして(Check)、そこにトレーナーなどとも相談しながら改善(Act)していったわけだ。

「昔はそうやって段階を踏んで考えることが大事だとは気づいていなかったけど、しつこく言われたりすることで、勝手に身についていった感じに近いですね」

1936年のベルリンオリンピックの際に作られたスタジアムがリノベーションされ、現在もヘルタ・ベルリンのホームとして使用されている(撮影:千葉格)

次の課題は「メンタル」

そんな原口にとって、次の課題となるのは、メンタル面のコンディショニングだ。4月に一さんと母親の玲子さんがドイツへやってきたときに、アスリートのメンタル面の研究に携わる人を紹介してもらった。

「シーズン初めはすごく頭がフレッシュで、いろいろなアイデアがパッパッパッと浮かんできて、すごく楽しくプレー出来ているんですけど……」

確かに、昨シーズンの初めには、ボールの上に乗りながら回転して相手をかわすようなプレーをして、辛口のドイツメディアから絶賛されたこともあった。

「ただ、これはドイツに行く前から感じていたことだけど、シーズンが進むにつれて、プレーが“重くなっていく“ような感覚があって、消極的なプレーも増えていく。そういう問題は身体のコンディショニングを工夫することでどうにかなると考えていたけど、そうではないと感じ始めていて」

メンタル面のコンディショニングは、心からアプローチするものと、思考を司る脳からアプローチするものがある。原口が考えているのは、こういうことだ。

「シーズンが終わって、次のシーズンの準備期間までには、本当にフレッシュな状態になっているのを感じる。それは結局、フレッシュな状態に戻すのに1カ月かかっているということですよね。これからは、それを週末の試合から次の週末の試合までの1週間のスパンで出来るような取り組みをしたくて。それが出来たら、もう一つ上にいけるのかな、と」

自分が調子の良いときには世界のスター選手の背中が見えることがあるが、そうでないときには彼らの背中がかすんでしまうようなこともあるという。

チームの練習が終わったあともチームメイトと一緒にボールを蹴るなど、チームメイトとは良好な関係を気づいている(撮影:千葉格)

「例えば、バイエルンのリベリーや、ドルトムントのデンベレ。彼らは、日本人にはないような、無理の利く体や身体能力がある。同じようなことをしているだけなら、その能力の差でかなわないかもしれない。

でも、昨シーズンの序盤は彼らと同じブンデスリーガで、近いようなレベルでプレー出来ているような感じを受ける瞬間もあった。本当にいろいろなものが噛み合わなければ彼らには勝てないかもしれないけど、オレはそこを目指しているから。無駄なこともあるかもしれないけど、一つひとつ、出来ることにトライしていかないといけないかなというのはある」

現在、メンタル面のトレーニングについてはPlanの段階を経て、Doにさしかかるところだ。

身体を鍛えるトレーニングの成果は目に見えやすい。筋肉がついたのは目に見えるものだし、走るスピードがあがったのはタイムを計測すれば可視化できる。

しかし、メンタル面の成長は簡単には目にできないし、成果もわかりづらい。

(撮影:千葉格)

それでも、これからはそこにも取り組んでいくつもりだ。鍛え上げられた身体を上手に、そして有効に動かしていくために。

成果が見えにくいこと、得意としていないことに着手し、努力するのは簡単ではない。そこに一心不乱に取り組んでいけるかどうか。

「身体は変化していくからわかりやすいけど、そうじゃない部分はわかりづらいし、難しい。でも、考えないといけないことはつきないということだよね」

現在の原口は所属しているヘルタとの残り1年の契約を全うするか、あるいは他のチームへ移籍するのかの岐路に立っている。色々なチームや監督、GMの思惑もあり、一筋縄ではいかないジリジリとした状態が続く。しかし、そうした交渉事は自分でコントロールすることは出来ない。

アスリートにとって何より大切なのは、自分でコントロールできるものに100%フォーカスすること。それは練習であり、自分の能力をあげることにほかならない。不安定な状況が続く今だからこそ、原口がここまで培ってきた姿勢の真価が問われているのである。

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