田川基成

「道徳」をどう教えるのか ――名物教師たちの実践

6/13(火) 11:43 配信

小学校では2018年度春から、中学校では2019年度春から、道徳が正式な科目として初めて教科書を使った授業が始まる。その中身について論争が始まった。そこで、かつて生徒に道徳・倫理を説いてきた名物教師の3人に、自ら実践してきた道徳・倫理教育を語ってもらった。
(ライター・中村計/Yahoo!ニュース 特集編集部)

エリート候補には社会的弱者の存在を意識させる

前麻布学園校長・氷上信廣氏

ひかみ・のぶひろ 1945年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。74年私立麻布学園の社会科教師になり、主に倫理を教える。2003年から13年まで同学園校長(撮影:田川基成)

私立麻布学園(東京都港区)は東京大学合格ベスト10に毎年名を連ねる中高一貫の名門男子校である。将来を嘱望された少年たちに氷上氏はどのような道徳を説いてきたのか。

麻布のような私立の中高一貫校は、ある意味特殊な環境にあります。似たような家庭環境に育ち、学業レベルも似た者同士が6年間を一緒に過ごす。これは怖いことですよね。将来、社会的に大きな決断をするかもしれない人間が、多感な少年・青年期を同質な環境で過ごすというのは危うい。

夕陽を浴びる麻布学園校舎(撮影:田川基成)

イギリスではエリートには「Noblesse Oblige」(ノブレス・オブリージュ)がある、といいます。直訳すれば「高貴な身分には義務がともなう」ですが、作家の開高健は「位高ければ努め重し」と訳した。つまり社会的リーダーにはリーダーの使命があるわけです。リーダーが何か行動を起こすとき、いちばん大事なのは道徳観です。私は麻布学園で倫理の授業を29年間担当し、その中で、ずっと生徒に必要な道徳を説いてきたつもりです。

ただ、共同体のため個人を縛る方向で道徳が語られるときは危ない。本来の道徳、自分なりの倫理観とは、自分を一度まっさらにして、白紙の上に自分で描かなくてはいけません。大事なのは自分で決めること。自分なりの倫理観を生徒が得るために、教室の中と外で二つのことを実践してきました。

放課後、部活動のテニスに興じる麻布学園の生徒たち(撮影:田川基成)

人を通じて倫理を学ぶ

私は倫理・社会の教師でしたので、授業では過去の哲学者の生き方からその思想を学べるようにしました。最初は思想史を教えていたんですが、思想だけを語ってもなかなか生徒のなかに入っていかなかった。道徳や倫理も人を通じて学ぶものだと思います。また中学1年生の夏休みの宿題として、麻布学園の創始者である江原素六(えばら・そろく)先生の伝記を読ませて読書感想文を書かせていました。江原先生は貧しい幕臣の家に生まれ、明治維新を経験してのちキリスト教に入信し、自由民権運動にも尽力します。その波瀾万丈の生涯から彼の思想的遍歴を学んでほしかった。1学年300人ぶんの読書感想文を全て私が読み、ひとりひとり講評をつけて返していました。

学園内の「江原記念室」に飾ってある創設者の江原素六氏(1842-1922)の肖像画(撮影:田川基成)

校長になってからは「一緒にものを考える」というゼミ形式の授業を設け、毎回「自由とはなにか」などテーマごとに生徒たちと論じ合いました。結論はつけない。ただ自分で考えて発言することが大事なのです。最初のテーマは必ず「私とは何か」。自己紹介ではないので、どこでいつ生まれたとか、何クラブに所属しているとかは一切、必要ない。そうしたら、最低限、自分の性格とか、今こんなことに悩んでいるということを書いてくる。それで十分です。それが実存的に物事を考えるということでもあるんです。

図書館で生徒たちと談笑する氷上氏(撮影:田川基成)

教室の外で行ったのは、社会的弱者など、マイノリティーと呼ばれる人たちの存在に目を向けさせることです。その眼差しを持たない者に、リーダーの資格はない。家庭科では、夏休みの宿題として、地元の商店街を車いすで活動させたり、老人ホームや、横浜・寿町の簡易宿泊所街の支援施設で働いてもらった。体験の中でつかんでほしいからです。また卒業生ですが、私が個人的に行っている沖縄県宮古島にあるハンセン病療養施設でのボランティア活動にも、希望者を連れて一緒に参加しました。みなとても喜んでやりますよ。頭の中だけで理解することのやましさみたいなのを、どこかで感じているんでしょうね。

人を見下す人間になるな

世の中には、家庭の事情などで中学校から社会に出た人もいます。そういう人の方が社会経験も豊富で、はるかに高みにいるわけです。地道に、普通に生きている人たちの方が、真理に立っている場合はいくらでもある。にもかかわらず、自分の方が社会的・経済的地位は上なんだと、そういう人たちを見下すようになったら負けです。今、そういうニセモノの知識人、いうなれば亜・知識人が本当に多い。そんな人間にならないよう、私は生徒たちに教えてきたつもりです。

学園創立100周年を記念して建てられた3階建ての図書館は生徒たちのたまり場でもある(撮影:田川基成)

道徳教育とは人権を教えることだ

元都立三鷹高校校長・土肥信雄氏

どひ・のぶお 1948年生まれ。東京大学農学部卒業。2005年から09年まで都立三鷹高校校長。教師時代の担当科目は社会科。現在、法政大学、立正大学非常勤講師(撮影:田川基成)

土肥氏は、小学校、高校の全日制・定時制で教えたあと、現在は二つの大学で教職課程の大学生を相手に教鞭を執っている。土肥氏が「教師が持つべき道徳」について語った。

これから先生になろうとする学生に私がいつも言うのは、生徒に指導するとき、「説明責任を果たせるようなポリシーを持ってほしい」ということです。生徒がなにか校則違反を犯したとき、「ダメなものはダメ」と叱るのでは説明責任を果たしたとはいえません。また生徒が校則違反を犯していなくても、道徳的に許してはいけない行為もある。しかし道徳というと、漠然としすぎていて、下手をすると「教師個人の主観」に頼りすぎてしまう。

土肥氏は総合商社勤務のあと通信教育で教員免許を取得した。法政大学で(撮影:田川基成)

そこで私がよりどころにしているのが基本的人権です。基本的人権は何人(なんぴと)も当然に持つ権利であり、道徳に反するとは他人の人権を侵害する行為。道徳教育とは、とどのつまり、人権教育だと思います。

高校教師時代、こんなことがありました。家で勉強をしたいからと言って、学校行事にほとんど参加しない生徒がいたのです。周りの生徒もそれをわかっていたので、遠足の班分けのとき、委員の生徒が最初から彼を外して班分けしてもいいかと聞いてきました。でもそれはその生徒の学校行事に参加する権利を奪うことになる。そう丁寧に根拠を示して、私は遠足の委員に外してはダメだと言いました。ただやっぱり、その生徒は参加しませんでしたけどね。

障害児教育に力を入れる小学校や離島の学校、定時制の高校などで、さまざまな家庭環境にある生徒たちを教えてきた(撮影:田川基成)

基本的人権の中には、学習権(日本国憲法第26条教育を受ける権利)も含まれます。遅刻をした生徒には「それは自分の学習権を放棄していることになるんだよ」と教えてあげればいい。授業中にしゃべっている生徒にも、「他人の学習権を侵害している」と注意する。学習権の尊さを自分なりに理解しておけば、きちんと説明できるはずです。

カンニングした。誰に謝るべきか

これも実際にあったことなのですが、カンニングをした生徒がいて、その生徒に「誰に謝りたいか」と聞いたら、「親と先生」だと言うんです。それは違う。その生徒が本当に謝らなければならないのは、他の生徒です。もちろんその中には生徒が大切にしている親友も含まれます。一緒にテストを受けているのに、ズルをしていい点を取ろうとするのは、全員に与えられている平等権を犯していることになります。

土肥氏は高校の校長時代、全校生徒の顔と名前を覚えた。大学でもそれは変わらず、学生のことを名前で呼ぶ(撮影:田川基成)

中高生に比べると、小学生はより本能的なので、悪さをする子どもが多い。

でも先生がしっかりしていれば、その場、その場で道徳概念を植えつけることができます。給食の時間、みんなが並んでいるのに割り込みをする子どもがいる。体が大きな子どもだと、周りは何も言えないわけです。そんな子どもにも、なぜいけないのか説明してやらなければならない。これも平等権の侵害です。

教師も生徒の学習権を侵してはならない

大学ではいつも生徒指導論を人権問題に置き換えて講義しています。先日、私は自分の講義用の指導案を講師室に置き忘れてきて、授業の冒頭で5分ほど抜けて取りに帰りました。授業が私のミスで5分間短縮されてしまったわけですから、私は「君たちの学習権を侵害してごめん」と学生たちに謝りました。こうして将来、教師になりたい人に徹底的に人権論を教え込んでいく。いま教師に必要な道徳論は人権論であると信じています。

土肥氏は定年退職するとき、勤務していた三鷹高校の生徒たちから「卒業証書」を贈られた(撮影:田川基成)

生徒にはときには厳しい指導も必要だ

元開星高校野球部監督・野々村直通氏

ののむら・なおみち 1951年生まれ。広島大学教育学部美術科卒業。86年に私立松江第一(現開星)高校に赴任。88年に野球部監督に就任。春夏の甲子園に10回出場。担当科目は美術。(撮影:中村計)

野々村氏は「ヤクザ監督」の異名をたてまつられたこともあるが、島根県警の暴力団追放のポスターモデルに起用されたこともある正義漢である。数々の不良少年を更生させた本音の道徳論を説く。

道徳とは、究極のところ、自分を殺していかに人のために尽くせるかでしょう。そこにこそ、徳がある。卑怯なことはするな、卑しいことはするな、ということですね。ネットで匿名でいじめるなんて、卑怯じゃないですか。でも今、卑怯だろと言っても通じない。昔は子どもケンカでも「おまえ卑怯だぞ」と言えば、堪えたもんです。でも、今だったら、だから何だってなもんでしょう。正々堂々と生きろと言っても、そういう大人が周りにいないじゃないですか。

野々村氏は定年退職後、にがお絵ギャラリーを開設し、教育評論家として活動(撮影:中村計)

ツッパる生徒がいるなら、先生もツッパればいいんですよ。私が最初に赴任した広島の高校は、当時、かなり荒れていましてね。私は「傾く(かぶく。奇抜な身なりをするの意)」ことが好きなんですけど、教師にしては派手な格好をしていた。20代のころは、テキヤみたいなスタイルですよ。白いチヂミのシャツに紫の腹巻きをして、雪駄をつっかけて、カンカン帽をかぶって、学校に行きよった。そうすると、ワルに受けるんですわ。あの先生は教員の中ではワルじゃと仲間意識が芽生えて、あの先生の言うことだけは聞いてやろうとなる。

後ろの富士山の絵も野々村氏が描いた(撮影:中村計)

ツッパリは道徳的に生きることが、いちばんカッコ悪いと思ってますからね。最近だと沖縄の成人式で暴れるやつらがそうです。そういうやつらは、まずは力で押さえつけるしかない。ビンタです。ケガをさせてはいけないので、拳で殴ったことは一度もありません。女子を叩いたことも一度もない。女は殴っちゃいけんでしょう。不良高校生であれば、よその高校の生徒でも厳しく指導しましたよ。電車の中で、学生服を着て、タバコを吸ってるやつとかおってね。ただ、逃げ場はつくってやった。怒るのにもテクニックが必要なんです。

2010年センバツで初戦敗退し、取材に「末代までの恥」と発言して物議を醸し監督を辞任。だが、約8000人の監督復帰嘆願の署名が集まり、復帰した(撮影:中村計)

教育の現場はカオス。理屈だけでは通じない場面もある

誤解されることが多いんですが、私は体罰賛成ではなく、そういう厳しい指導が必要なときもある、と言いたいだけなんです。好きこのんで叩いているわけではない。だから親から文句を言われたり、生徒に反撃されたことは一度もない。横柄な言い方かもしれませんけど、体罰が許される先生と、許されない先生がいるんです。深い考えもなしに殴った先生に対して、私が食ってかかったこともあります。あんたのように何の責任も取れん教師に生徒を殴る資格はない、と。

松江城で。和装は普段から(撮影:中村計)

みんながみんな私のような指導をせいと言うつもりはありません。そこは役割分担。あの先生は怖いけど、あの先生は優しい、それが社会でしょう。みんな怖いのも、みんな優しいのも、変ですよ。

教育の現場は、ロゴス(論理)じゃなくてカオスです。混沌としている。特に学業レベルの低い学校はそう。理屈だけでは通じない場面が必ずある。だから、生身の教師が必要なんじゃないですか。


中村計(なかむら・けい)
1973年、千葉県船橋市生まれ。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。スポーツをはじめとするノンフィクションをメインに活躍する。『甲子園が割れた日』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)がある。

[写真]
撮影:田川基成
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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