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香川真司、ドルトムント・爆発事件を語る 「あの時、何が起きていたのか」

2017/05/25(木) 06:53 配信

オリジナル

サッカー界におきた未曾有の事件は、すでに風化しつつある。4月11日、ドイツのボルシア・ドルトムントの選手たちが巻き込まれたバスの爆発事件だ。様々な憶測がうずまくなか、犯人もわからないままに試合は翌日に延期されただけで実施された。

その中にはもちろん、香川真司がいた。あの日、何が起きて、どんなことを感じたのか。そして、事件から1カ月近くがたった時点で、何を考えているのか。ドルトムントの練習場から帰る香川を直撃して、話を聞いた。(スポーツライター ミムラユウスケ/Yahoo!ニュース 特集編集部)

撮影:千葉格

あの日もいつもと同じように、香川真司は音楽を聴いていた。聞く曲はいつもランダム。大体洋楽でテンションのあがるものを選ぶことが多い。だから、あの瞬間も何を聞いていたか覚えていない。

イヤホンから流れてくる音楽をさえぎるような轟音がとどろいたのは忘れることは出来ない。何より、ものすごい衝撃が身体を揺らした。4月11日、19時15分のことだ。

ボルシア・ドルトムントのトーマス・トゥヘル監督はいつも、試合のキックオフの1時間10分くらい前にスタジアムに着くようなスケジュールを立てている。試合の日に滞在するホテルからホームスタジアムまではおよそ20分。欧州チャンピオンズリーグ(CL)の準々決勝、ドルトムントとASモナコ戦のキックオフは20時45分の予定だったから、すべてはプラン通りに進んでいた。

“その時”何が起きていたか

ドルトムントの一行を乗せたバスがホテルを出発してから40mほど進んだところで、19時15分にただごとではないことが起きた。

バス左側の前方、窓際の席に座っていた香川は後ろを振り返った。

「×××××!!」

チームメイトのマルク・バルトラ(スペイン代表)が叫んでいる。スペイン語だ。内容はわからない。他に、床にかがんでいる選手の姿も見えた。

スペイン代表のバルトラ(撮影:千葉格)

「そのときは、まだ彼がケガをしているのには気づいてなかったんですけど、マルクの顔がすごかった。真っ白というか、真っ青というか。恐怖心のあるときの顔って、ああいう顔なのかと……」

今度はドイツ語が運転手に向けられる。多くの選手も呼応する。これは香川も理解できた。

「早く、早く! バスを出せ!」

バスの右側後方の窓ガラスは、割れていた。窓の外には街路樹がつらなっている。その陰に隠れた“誰か”から、銃撃を受けたと選手たちは思っていた。

その場にとどまっていたら、さらなる被害を受けるのではないか。スナイパーがバスに乗り込んできたら、終わりだ。一瞬のうちに多くの者がそう感じた。

バスはさらに1分ほど進み、交差点を右にまがった。襲撃される気配はない。そこでバスは止まった。

「銃撃じゃないとわかると、今度はバスに乗っているのが怖かったですね。みんな、外に出て待機していました。周りを見渡したりしながら、誰かいるんじゃないか、って。二次攻撃があるかもしれないし。ただ、警察はすぐ来てくれて、それで少し安心しましたけど」

実際には、ホテルの敷地内でドルトムントのバスを狙った3発の爆弾が爆発していた。バスの後部、右側の座席に座っていたバルトラはその影響をもっとも受けた選手だった。

ドルトムントのチームバス。爆発を受けて窓が大きく割れた(写真:AP/アフロ)

(写真:AP/アフロ)

爆発を受けたバスの外で警察と会話するドルトムントの選手ら(写真:AP/アフロ)

そんな喧噪のなか、試合が延期になったと伝えられた。CLのレベルはサッカー界の最高峰で、コンテンツとしての価値も最高レベルだ。その放映権は世界中に売られている。CLの決勝トーナメントはホームとアウェーで1試合ずつ、計2試合で決着をつける方式。翌週にはモナコで2試合目が組まれている。大幅に延期することはできないというのが、大会を主催するUEFA(欧州サッカー連盟)の判断だった。

少ししてから、選手たちはチームが用意したシャトルバンに乗り込み、帰路についた。爆破の影響で割れたガラスにより右腕をケガしたバルトラは、病院に搬送されて手術を受けることになった。

「頑張れ、俺たちがついているぞ!」のメッセージ

「家に帰ってからは、無事だったことを少し喜びながら……。でも、やっぱり怖かった。恐怖心があるから、まぁ、寝つけないですよね」

ベッドに横たわり、スマートフォンをながめれば、事件に関する報道が次々と出てくる。イスラム系の過激派組織による犯行だという説も強かった。

「スポーツチームが狙われるということは、そこに所属する選手が狙われることもありうるわけで。でも、爆弾が仕掛けられているかなんてわかるわけないし。どうしても事件のことを考えてしまいました。寝るのも怖かったから……」

翌日の午前10時、選手たちは練習場に集められた。クラブのCEOのハンス・ヨハヒム・ヴァツケをはじめとしたクラブの幹部から説明があった。前の晩に伝えられた内容とほとんど変わらない。試合が、この日の晩に行われるということだ。

当然ながら、選手たちは口々に異議を唱えた。事件の原因がわからないのに、生命の危機に瀕してから1日もたっていないのに、どんな心理状態で試合に挑めというのか、と。

しかし、決定はくつがえらなかった。クラブからはプレーする気にならないのであれば、その意思は尊重するし、何らのペナルティーも科さないことが伝えられた。ただ、プレーするのをやめたいと申し出るものはいなかった。

(撮影:千葉格)

そこから、ナイトゲームの組まれている普段の日と同じように軽めの練習が行われ、クラブハウスで、みんなで昼食をとった。いつもと違ったのは、一度、自宅に帰るのを許されたこと。自宅で3時間ほど過ごして、再び練習場に集合した。練習場の付近には、多くの警察官がつめており、ものものしい空気に包まれていた。そして、クラブハウスでミーティングをして、スタジアムへ向かうことになった。

「当然、試合にむけて、よし、行くぞというテンションにはならなかったですよ」

香川は振り返る。

ロッカールームでバルトラの顔写真と、こんなメッセージがプリントされたTシャツが配られた。

¡ MUCHA FUERZA, ESTAMOS CONTIGO ! 

「頑張れ、俺たちがついているぞ!」

日本語ではそんな意味になるメッセージのこめられたTシャツを着て、選手たちはウォーミングアップを始めていった。ゴールキーパーのロマン・ビュルキのようにバルトラのユニフォームを、背番号と名前がプリントされた背中の部分が前に来るようにして着て、身体を動かす者もあった。

バルトラを応援するTシャツを身に着けて選手たちは入場した(写真:アフロ)

ウォーミングアップをするゴールキーパーのロマン・ビュルキ(写真:アフロ)

18時45分の数分前、選手が入場する際には、ドルトムントのサポーターがひしめきあっているゴール裏の南スタンドにはチームカラーの黄色と黒のストライプのコレオグラフィ(ボードで作る人文字)が掲げられた。

ただ、サポーターは、試合が始まる直前にそれを下ろした。

黄色か、黒色。彼らは2色のうちのどちらかの色のビニール袋を服のようにかぶっていた。彼らが並ぶと、Ballspielverein Borussia 09 e.V. Dortmund(球技クラブ ボルシア・ドルトムント09)という正式名称のクラブのニックネームであるBVBのエンブレムが浮き上がる形になった。

ドイツ国内だけではなく、世界的にみても熱狂的と言われるドルトムントのサポーターが、選手の入場するタイミングに合わせて、紙でできたボードをかかげることならよくある。しかし、試合になればそれらを下ろしてしまう。でも、この日、彼らがボードではなく、ビニールをかぶったのは、試合中にもエンブレムをスタンドに浮き上がらせたかったからだ。異常な状況のもとで行われたから試合をともに戦うというメッセージだった。

撮影:千葉格

もっとも、そんな試合で実力を発揮するのは難しかった。バルトラの負傷により、戦い方を変えないといけない事情もあった。さらに、前半19分にモナコのFWキリアン・ムバッペのオフサイドが見逃されて先制点を喫したばかりか、前半35分にスヴェン・ベンダーのオウンゴールもあり、0-2となる苦しい展開だった。それでも後半から2人を入れかえ、彼らは戦い方に変化を加える。

後半12分に香川がキーパーをかわしてこぼれたボールをウスマン・デンベレが1点を返す。後半34分に相手にさらに1点を入れられるが、後半39分には香川がペナルティエリア内でボールを受けると、華麗なシュートフェイントから相手をかわして、ゴールを決めた。試合には2-3で敗れてしまったが、香川は高い評価を受けた。

「妙に落ち着いてましたね。周囲の状況が見えていたというか。良い形でボールをトラップできた時点で、『相手が食いついてくるから、シュートフェイントをしよう』と身体が動きました。実は、シュートはイメージ通りではなかったんですけど、最初にボールに触るまで、ほぼ完璧にプレーできたのが良かったんでしょうね」

今年の2月頃から調子が上がっているというのもそれだけのパフォーマンスを見せられた理由の一つだ。ただ、もう一つ、理由がある。

「試合前は最悪の状態でしたけど、スタジアムの雰囲気が、サポーターの雰囲気がそれを変えてましたよね。ピッチに入って、スタンドを見たら、もう……」

「自然と感情的になった」

普段から、香川はゴールを決めると、派手なガッツポーズを見せる。ただ、あの試合は2つのゴールのあと、普段とは少し異なるリアクションを見せた。喜ぶというよりも、サポーターをあおる。彼らの想いに応えるように、彼らにむけ手を振りかざし、さらなるサポートを求めた。

手を突き上げる香川 (写真:ロイター/アフロ)

「『もう1点いくぞ』、『もう1点いくぞ』って、自然と感情的になりました。やっぱり、サポーターがああいう空気を作ってくれたし、選手がそれで気持ちをすごく高めた部分がありましたから」

試合後に、ドルトムントのユリアン・ヴァイグルはドイツで試合を放送したCS放送のSKYのなかでこう答えている。

「今日はバルトラのために戦ったんだ」

この日ばかりは、試合の勝敗ではないところに、選手たちは意識をむけていた。そうでもしなければ、90分間走り抜くことはできなかったはずだ。

バルトラのシャツを掲げる選手たち(撮影:千葉格)

ただ――。

試合を終えても、あの事件の後遺症はあった。

「まず、犯人がわからなかったですから。もし、あのときに言われていたような組織による犯行だったら、オレの家を調べることだって簡単にできるわけじゃないですか。だから、犯人がわかるまでは、家を出ようとして、車のエンジンをつけるときに『爆発するんじゃないか』という恐怖心が尋常ではなかったですか。やっぱり、乗り物にのるときは……。試合のあとにも、夢を見ました。窓ガラスの割れる夢を。あのときは精神的にもきつかったです」

その後も、悪夢を見ないまでも、夜中にふと目を覚ますことが4、5日は続いた。

4月21日、容疑者が逮捕された。

しかし、予想されていた者とは違った。ドルトムントの運営会社の株価が下がると、多額の儲けを得られる金融商品を買った28歳の男が容疑者だった。試合の日にはドルトムントの一行が宿泊したホテルの最上階に泊まっており、そこから遠隔操作で爆弾を作動させたとみられている。最大で5億円近い資金が彼の懐に転がり込む可能性があったという。

「結果的にですけど、予想されていた組織ではなかったのは、大きかったのかもしれない。もちろん、容疑者は許せないけど、単発で終わりそうな事件だと感じられる部分はあった。そこからは、みんなもだいぶ落ち着いた気がします」

ただ、そこで安心してしまった自分の考え方が良いものなのか。そんなことを考えることがある。

「例えば、シリアでは、爆弾がどこに仕掛けられているかも、いつ空から降ってくるかもわからないなかで、人々が暮らしている状況があるわけで。そういう立場にいる人は、想像を絶する恐怖心を常に抱きながら、毎日を過ごしていて……。やっぱり、考えさせられますよ。なんだかんだ言っても、自分の環境は保証されているところはあったし、実際に『死』なんて考えることはなかった。その一方で、平和に暮らすことも保証されていない子どもたちがいる。ああいう目にあったことで、そういうことを考えましたし」

自分には何が出来るのか。あるいは、何ができないのか。最近は、そうしたことに思いをはせることもある。

「ただ、自分が政治家になって世界を変えるんだとか、そういうものでもないですし」

撮影:千葉格

練習場に行く前にバルトラの家へ

日本でも、ドイツでも、事件から時間がたち、すでに風化しつつあることはわかっている。

「そうなってしまいますよね。それが良いとは思わないけど、かといって、危機感をあおればいいものでもない。じゃあ、自分に何ができるのか。難しいですよね。常に世の中ではそういうことが起こりうるということ、それだけでも頭に入れて行動することで、少しは違うかもしれないですし」

香川は、こう振り返る。

「もちろん、自分だけの心のなかにとどめておくことなのか、誰かに届けるべきなのか、考えましたよ。ただ、この話を僕がすることで、少しだけでも影響力があるなら」

(撮影:千葉格)

1人のサッカー選手が話をしたことで、世界が変わることはない。でも、何もしなければ、いつまでも悲劇はなくならない。この話をきっかけに、誰かが少しでも、何かを感じたり、考えたりするきっかけができれば、と香川は考えている。

事件から数週間がたった4月後半からしばらくの間、自宅を出てからまっすぐに練習場に向かわない時期が香川にはあった。寄り道の先は、近所に住むバルトラの家だ。毎日ではないが、右腕を痛めて運転のできなかったバルトラを練習場まで車に乗せていくことが何度もあった。

ただ、別にテロがどうだとか、世界を変えないといけない、なんて大げさなことを話すわけではない。

「『オフはどんなことをしている?』とか、たわいもない20代の男同士の会話ですよ。でも、シーズンの最後にアイツの復帰が間に合ったらいいですよね」

それが香川にできることの中の一つなのだろうか。

「いや、いや、マルクはみんなから愛されるキャラなんですよ」

香川は謙遜してそう話すと、少しだけ笑顔を見せた。

撮影:千葉格

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