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岡本裕志

マーベルと米国社会「ヒーローはあなたの窓の外にいる」

2017/05/13(土) 10:25 配信

オリジナル

トム・ブレヴォート(マーベル・エンタテイメント編集者)

アメコミの実写版が世界の映画市場を席巻している。なかでも、コミック初刊行から70年以上の歴史を持つ「マーベル」(MARVEL)発の作品の勢いが目覚しい。2016年映画世界興行収入の上位20のうち4本を、同社の原作が占めているのだ(Box Office Mojo調べ)。「キャプテン・アメリカ」「アイアンマン」。そして、彼らが一堂に会する「アベンジャーズ」。これらが大人から子どもまでを惹きつけるのは、なぜなのか。マーベルの展覧会を機に来日したスター編集者に聞いた。
(ライター・斉藤真紀子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

ヒーローにはリアリズムが必要だった

マーベルのコミック編集者のトム・ブレヴォートさんは、映画化された「シビル・ウォー」「ウィンター・ソルジャー」(ともにキャプテン・アメリカシリーズ)に加え、1998年からは「アベンジャーズ」の原作を長期にわたって手がけてきた。社内きってのエースであり、百科辞典並みといわれる記憶力で膨大な自社刊行物に通じている。

トム・ブレヴォートさん。アメコミの編集者は日本のマンガ編集者とは役割が違う。作画、シナリオ、色指定など、完全分業で働くクリエイターを垂直統合し、物語の方向性を決めるのが仕事だ。映画監督に似ている(撮影:岡本裕志)

私たちが作るコミックには数多くのヒーローが出てくる。なぜなら、読者の窓の外にある世界、つまりみんなにとっての現実を描いているから、その現実の数だけ、いろいろなタイプのヒーローが誕生したんだ。カラフルなコスチュームを着て、おそるべきパワーを備えているけれど、それぞれのヒーローが抱えているのは、読む人も実感としてとらえられる、生きるうえでの現実をテーマにしている。マーベルはそうしたリアリティを追求してきた。だからこそ、実社会で起きている出来事や社会的なテーマも作品のなかに盛り込まれているんだ。

中央の<アイアンマン #128>(1979年)では、アイアンマンをアルコール中毒者として描いたことさえある。右は<テイルズ・オブ・サスペンス #39>(1963年)、左は<アイアンマン・マニュアル #1>(1993年) 画:ビル・シンケビッチ (c)2017 MARVEL

登場するヒーローは超人的能力を持っている。でも、コスチュームを脱げば一人の人間なんだ。アイアンマンとして活躍するトニー・スタークは、傲慢な性格のせいで周囲と対立することがある。スパイダーマンに扮するピーター・パーカーは、男子学生だ。彼は勉強とヒーロー活動の両立に苦労してきた。そう、実社会の人間が抱えている悩みと変わらない。

<ヤング・メン #261>(1954年)画:ジョン・ロミータ・Sr. (c)2017 MARVEL

彼らが初めて登場したのは、1960年代の前半。このころアメリカのコミックヒーローといえば、ルックスのよい白人男性と相場が決まっていた。物語は勧善懲悪とパターンが決まっていたし。でも、マーベルのヒーローはそうではなかった。すでに述べたように欠点がある。人種や性別も多様性を増していった。そのうえで、あるきっかけをもとに、彼、彼女らが「超人的な能力」を与えられてしまうという設定を編み出した。その時々の社会的背景を盛りこんだのは、彼らが生きる世界のリアリティを描くうえで避けて通れないことだった。

右が<マーベル・コミックス #1>(1939年)。オークションでは高値がつくという。左は<マーベル・ミステリー・コミックス #15>(1941年)(c)2017 MARVEL(撮影:岡本裕志)

「マーベル・コミックス」が前身のタイムリー・コミックス社から初刊行されたのは、第2次世界大戦が勃発した1939年。以降、同社の作品はアメリカ社会の変化と並走してきた。現在までのキャラクター総数は8000名を超えるという。ヒーローは第2次世界大戦中にはナチズムと、戦後は共産主義者と戦ったこともある。1960年代にアメリカ黒人の公民権運動が盛り上がったときには、デモ行進に加わったヒーローもいる。2001年にアメリカ同時多発テロが起きると、あのスパイダーマンがビル崩落現場をぼうぜんと眺める場面も登場する。

前列右からソー、キャプテン・アメリカ、アイアンマン。後列右からブラック・ウィドウ、ハルク、ホークアイ。<アベンジャーズ>(2012年)(c)2017 MARVEL

――社会的に賛否が割れる話題を描くと、抗議がくることもあるのでは。

抗議や批判をされたからといって、作り手の腰が引けてしまってはならない。うちの会社で、こんなことを言う同僚がいる。「マーベルのコミックや映像はおもちゃ箱のようなもの。だが、おもちゃ箱は時に手荒に扱わなきゃならない。デリケートに扱い過ぎても、読者が自分と関連づけるリアリズムがなくなってしまう」とね。

映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」で使用された盾。破壊不可能と言われるものも割れることがある。<キャプテン・アメリカ 割れたシールド>。(c)2017 MARVEL(撮影:岡本裕志)

「正しさ」をめぐってヒーローが分断される

――トムさんの手がけたコミックに「キャプテン・アメリカ シビル・ウォー」(2006~07年に単行本刊行)があります。2大ヒーロー、キャプテン・アメリカとアイアンマンが袂を分かち戦う物語は、かつての「南北戦争」のようでもあり、昨年の大統領選以降におけるアメリカ世論の「分断」とも重なります。

「シビル・ウォー」のアイデアは、2005年にまでさかのぼるんだ。2001年のアメリカ同時多発テロが起きて以降、国内では「国家の安全保障と個人の自由はどちらが優先されるべきか」という議論がなされていた。そんななか、どんな作品をつくるべきか? 我々は「様々な視点がある」ことを伝えなきゃならないと考えた。簡単な正解を導き出せるような話題じゃない。我々マーベルのクリエイターだって、誰もが悩んだ。だから、一方の判断だけを美化するのではなく、多様な視点を提示することで、読者や観客が物語を通じて考える材料を提供したかった。

<キャプテン・アメリカ #22 75 周年カバー・アート>(2014年)(c)2017 MARVEL

「シビル・ウォー」のあらすじはこうだ。ある日、アメリカ合衆国は活躍してきたスーパーヒーローらを法的な管理下に置くことを決断する。過去、何度も人類の危機を救ってきたヒーローたちだが、強大な力は一般市民の命や財産を脅かすリスクにもなっていた。政府の管理下に入れば、ヒーローたちは政府の判断で動くことになり、個人情報も委ねることになる。法案の是非をめぐって、ヒーローたちは「アイアンマンの賛成派」「キャプテン・アメリカの反対派」に分裂し、ドロ沼の内戦へとなだれ込んでいくというものだ。

<キャプテン・アメリカ #332>(1987年)(c)2017 MARVEL(撮影:岡本裕志)

ヒーローたちを法的に管理する。果たしてこれは正しいのか、間違っているのか。実社会でも、容易に解答を導き出せない社会的難問が転がっている。これこそシビル・ウォーのリアリティだったし、ヒーローたちは難問をめぐって苦悩するんだ。とはいえ、大前提として「キャプテン・アメリカ」は娯楽作だ。ファンをめいっぱい楽しませたかった。これまで協力してきたヒーローたちが、二派に分かれて力比べをするのは斬新な設定だったし、高い娯楽性を獲得できたと感じている。

左は「シビル・ウォー」の日本語版(ヴィレッジ・ブックス)。右が英語の原作版。(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

「多様性」も追求してきた

――リアリズムの追求は「社会的な多様性」にも及んでいます。コミック版「スパイダーマン」の最新版では、ヒスパニックと黒人のハーフ男子がヒーローの1人として登場します。「ミズ・マーベル」では、ムスリムの女性ティーンエイジャーが主人公を務めています。同性愛者であることを公言したヒーローは、何人も登場しています。

人種や宗教、ジェンダー。アイデンティティの多様化は、この先さらに進んでいくだろう。マーベルは膨大な数のヒーローを生み出しているが、彼らのアイデンティティを多様化すればするほど、読者との接点は増えていく。でも、ヒーローはただ増やせばいいってもんじゃない。重要なのは一人ひとりを描く「深さ」だ。

今後のマーベルには新たなキャラクターが登場してくる。仮にそれがアメリカ外の人物だとすれば、担当編集者は異国の文化・社会構造を勉強しなきゃいけないね。内面は? 社会をどう見ているのか? 家族との関係、情熱を傾けていることもある。そういったディテールをどう描くかが、読者とのつながりになるんだ。

巨大アイアンマンをバックにトムさん。マーベル展は六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで開催されている。展示は6月25日まで。本文中で作品名のあるものはすべて同展で撮影した。(撮影:岡本裕志)

トム・ブレヴォート(Tom Brevoort)
マーベル・エンタテイメント シニア・バイスプレジデント&エグゼクティブ・エディター。デラウェア大学でイラストレーションを専攻。大学在学時の1989年に、インターンとしてマーベルで働きはじめた。トップ写真の背景は「キャプテン・アメリカ 第2次大戦時のコスチューム」。


斉藤真紀子(さいとう・まきこ)
日本経済新聞米州総局(ニューヨーク)金融記者、朝日新聞出版「AERA English」編集スタッフ、ニュース週刊誌「AERA」専属記者を経てフリーに。ウェブマガジン「キューバ倶楽部」編集長。

[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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