ピッチで起きた一場面を、どう解釈するか。そんなサッカー観戦の醍醐味は、試合中のみに限らない。3月28日、W杯アジア最終予選で日本がタイに4対0で勝利した試合後、ハリルホジッチ監督と本田圭佑が、通訳を介して話し込む場面が見られた。
今回の3月下旬のW杯予選において、本田はアウェーのUAE戦、ホームのタイ戦ともに後半途中からの出場に留まった。これで昨年11月のサウジアラビア戦から、3試合連続のベンチスタートだ。
そういうタイミングだけに、個人面談の内容が気になるのは当然だろう。いったいあのとき、何が話し合われたのか?
タイ戦の翌日の午前、本田はイタリアに向けて飛び立つために、成田空港に到着した。試合の感想を問うと、本田らしい答えが返ってきた。(スポーツライター・木崎伸也/Yahoo!ニュース 特集編集部)
本田の「サッカー選手、起業家、教育者」という肩書
「昨日のタイ、意外だったのが2対0、3対0になっても、やろうとしていることがブレなかったこと。日本だって大量失点すると、バラバラになることがあるのに。タイの国民性なのかな。どんな教育を受けているのか、興味を持ちましたね」
本田のインスタグラムのプロフィールを見ると、サッカー選手、起業家、教育者と書いてある。本気で戦争がなくなって欲しいと願っており、そのうえで教育はカギになると感じているのだ。
だから移動の機内でも、教育について考えることが多い。今回アウェーでUAE戦を終え、日本へ向けて飛行機で移動するときにも、教育論に考えを巡らせていたと言う。
「結局、人間ってなんのために生きているのか、意味はどこにあるのかなってずっと考えていた。自分の遺伝子を残すためという生物学的意味はあるでしょう。じゃあ他には何があるのか」
当然ながら、簡単に答えが出る問いではない。だが、ドバイから東京までは約10時間かかる。たっぷり時間があった。
「人間には欲というものがあって、それがいろいろな争いを増えさせているわけですよね。欲を消すことは生物学上できないけど、人間の場合はそれを教育によってコントロールできるようにはなる。それができればこの世の中から戦争を減らすこともできると信じている。っていうことは、僕はこれまで子供たちにサッカーやプログラムを教えることに取り組んできたけど、そういうスキルを身に付けさせる前に、もっと人間として大事なことを教えないとなって」
「人間学」を取り戻すための教育
――それは何?
「もっと根っこの部分の教育に、力を入れるべきだと思ってます。今の日本はスキルがどうこうといった教育が先行しすぎている。先代が築いてくれた現日本なわけですが、その先代たちが大事にしていた道徳への価値観が日々薄まっているように感じます。僕は日本の最大の強みは道徳だと信じている。昔で言えば帝王学、今風に言うとリーダーシップやマネジメントだと思うんですけど、僕は人間学と呼んでる。これから日本が取り戻さないといけない教育こそが、この人間学です」
――帝王学という言葉が出てくるとは意外だった。
「帝王学というと他人事に聞こえるかもしれないですが、マネジメントと言えばもう少し親近感が出てくると思います。僕は幸運なことに、幼少の頃から帝王学について考えることが多かった。オヤジが教育のひとつとして、帝王学を究めた人物を題材にして現代と結びつけるように話してくれることが多かったから。たとえば三国志の曹操、モハメド・アリ、ペレ、映画のゴッドファーザー、田中角栄にネルソン・マンデラ。僕がいつも『人間力で勝負している』と発言していることの意味がわからない人も多かったかもしれませんが、そういった背景からきてるんです」
――みんなにリーダーになって欲しいということ?
「人の上に立つこと自体に価値はないですが、帝王学やマネジメントというのは人のモチベーションを上げたり、人を元気にするための学びなわけです。それを身に付けることに、何の損もないでしょう? 僕が言う人間学とは、人に活力を与えるためのあらゆる方法を習得する学び。もちろん簡単ではないですが、僕も日々意識して学んでます」
本田圭佑と人工知能
――フランスはエリート教育に力を入れている。それに近い?
「エリート教育という言葉は使いたくない。どう言ったら、いいんやろうな。ポジションは関係ないんですよ、俺はどこのポジションにいてもリーダーとしての素質を持っていたら人生を豊かにできるし、世界を平和にできると思っている。全員が経営者としてのマインドを持って、別に雇う、雇われるという考えは存在しなくてもいいかなと思っているんです」
本田は突然、人工知能の話題を切り出した。意識はどこから生まれているか、という深淵なテーマだ。
「受動意識仮説って知ってますか? 意識というものは自分が主体的に生み出したものではなく、外からの刺激によって生まれた反応を、後から意味付けしているにすぎない、という仮説だそうです。僕の解釈が合っているかわからないけど、おもしろい考えだなって」
――あくまで仮説だとは思うのだけど、そこから個人的に何を得たのかな?
「何か起こったときに、悲しむとか、嫉妬するとか、直後に感じることは人類共通ですよね。じゃあ人によって何が違うかと言えば、各自の知識や経験に基づく『後付け』の作業だと思うんです。たとえばW杯の初戦で負けたとしましょう。そのときに悲しむという反応は、誰でも一緒なはず。けど、5秒後、30秒後、1分後、5分後、1時間後、6時間後、1日後に、それぞれ処理の仕方が異なる。W杯初戦で0対6でボコボコに敗れた翌日、朝食に集まるまでの整理がえらい違う。これは才能でもなんでもない。出会った人から学んだことや、身につけた知識と経験から生み出されるもの」
――外からの刺激によって行動していると考えると、普段の振る舞いも変わってくる?
「アプローチが変わってきますよね。僕、めっちゃ変わってきてますもん。『あ、これって生物的反応や!』とすぐ思うようになった。僕も人間なんで、すごく醜いなという感情が生まれるときがあるわけですよ。イラっとした感情や、嫉妬の感情。でも、すぐに生物的反応やなと捉えて、『これを自分はどう後付けしてんのかな』と分析に入るようにしている。そういう視点で自分の過去の振る舞いを見直すと、めっちゃおもしろいですよ」
今後のサッカー人生をどう歩むか
本田は4月からスタートさせた個人メルマガにおいて、サッカー選手としての今後の目標をこう語っている。
30歳になり、サッカー選手で言えばベテランの領域に入ってきましたけど、自分自身をもう一度ゼロから分析している。どこが得意で、どこが不得意なのかを細かく。これまで自分が把握しているところプラスアルファで、整理しているところ。今後、僕はインサイドハーフで勝負したいと思っている。インサイドハーフやトップ下といった中盤にもう1度戻ろうと思っているんで。(中略)ここからのサッカー人生は、どこが一番成り上がれるかという考え方よりも、一番いいプレーをできる、一番強みを活かせるポジションはどこかというアプローチをする。一番の自分の強みが出るポジションがFWでないのなら、FWではやらないっていうような考え方で、今後の最後のサッカー人生を歩もうと思う
インサイドハーフで勝負するという考えも後付け? そんな意地悪な質問をすると、本田は苦笑いした。
「当然。全部受動やと思った方がいいです。ほんまに」
さらに意地悪な質問をぶつけた。タイ戦後、ハリルホジッチ監督とピッチで何を話していたのか、と。
「それに関しては、あんまり言わない。ただ、ひとつだけ言うとしたら、気にかけてくれているということが伝わってきました」
本田は口を閉ざしたが、UAEからのフライト中に考えたこと、そしてそこから導かれるポジションへのこだわりを伝えたと想像できる。
本田はACミランで出番を失っており、日本代表で再び先発の座をつかむには、夏に移籍する新クラブで出場機会を増やすことが不可欠になる。とはいえ、焦っている様子は少しも見られない。これも受動意識仮説のたまものなのか。ミラノへ戻る機内でも、世界平和からW杯まで、規格外のことに思いを巡らせていたに違いない。
木崎伸也
1975年1月3日、東京都出身。2002年W杯後にオランダへ移住し、'03年からドイツ在住。現地のフットボール熱をNumberほか多くの雑誌・新聞で伝えてきた。'09年2月1日には帰国し、海外での経験を活かした独自の視点で日本のサッカージャーナリズム界に新風を吹き込んでいる。著書に「サッカーの見方は1日で変えられる」(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)がある。2017年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」をスタートさせた。