移籍は現状を打破する大きなチャンスだ。
この冬、清武弘嗣は出番を求めてスペインのセビージャからJリーグのセレッソ大阪へ移籍し、久保裕也はより高いレベルを欲してスイスのヤングボーイズからベルギーのヘントへ活躍の場を移した。前者はケガによって初出場が第3節にずれ込んだが、後者は早くも5ゴールを決めてさらなる成長を遂げつつある。
だが、苦しい状況にもかかわらず、移籍をしなかった日本代表選手がいる。ACミランの10番、本田圭佑だ。
これほどミランで出番がないのは、初めてのことだ。今季、新監督に就任したモンテッラは元スペインU-21代表のスソを右FWに重用し、同ポジションの本田はリーグ戦で5試合、カップ戦で1試合しか出場できていない。日本代表のハリルホジッチ監督から試合感が鈍っていると判断され、ついに昨年11月のW杯予選のサウジアラビア戦で先発から外されてしまった。
普通の感覚であれば代表での立場を守るために、何よりも移籍を優先させてもおかしくない。なのに、本田は依然としてミランに残り続けている。(スポーツライター・木崎伸也/Yahoo!ニュース編集部)
この冬、オファーがなかったわけではない。
1月31日、移籍市場が閉まる3時間前、イングランドのハル・シティ(当時20チーム中19位)からオファーが飛び込んできた。39歳のポルトガル人、マルコ・シルバが1月上旬に新監督に就任し、攻撃を仕切るMFを必要としていたのだろう。だが、本田はそのオファーを受けなかった。
そして2月末、移籍市場がまだ開いているアメリカのMLSのシアトル・サウンダーズからラブコールが届いた。しかし、この時点での移籍は選択しなかった。
本田の「逆算」とは
かつて、CSKAモスクワのスルツキ監督との主張のぶつけ合いや、ミランのミハイロビッチ元監督との意地の張り合いなどいろいろなピンチがあったが、今回はどの危機よりも困難に見える。
なぜ本田は移籍しなかったのか? 謎を解くには本人に聞くしかない。ミランのある試合後に疑問をぶつけると、予想もしない視点の答えが返ってきた。
「結局、今の自分にとって何が大事なのかということ。そこにはW杯からの逆算がある」
――どういうこと?
「おそらく次に移籍するチームで、ロシアW杯を迎える可能性が高い。W杯で勝つという目標を成し遂げるためには、当然日本代表に選ばれる必要があるわけですけど、そのどちらも満たそうとする上で最も大事なのは、2018年からの半年間のプレーパフォーマンスなんです。逆算というのはそういう意味です」
――とはいえ今、試合に出られないのは苦しいのでは?
「早く出られるところに行けという意見があるのも知っているし、目先だけを考えたら確かにその方がいい。そりゃ誰だって試合には出たい。ただ過去の2大会ともW杯の半年前の移籍を経験しているので、何度も言うけど残りの半年が本当にすべてと言っても過言ではないと考えてる。それに結局のところ、今ジタバタしても自分の能力は半分にはならない。逆に出られるところに行ったとしても倍にはならないわけですよ。今は試合勘がない程度。技術は生涯なくならないし、フィジカルは自分で追い込んで維持できる。何が大事かと言ったら、最後の半年でいかに新しいトライをしながら、ベストコンディションで6月のW杯を迎えるか。それにつきる」
――「あえて動かない勇気」というものもあると。
「これまで移籍で大事にしてきたのはガッツフィーリングでした。そこに今回は経験則が加わり、動かないという決断にいたりました」
「成り上がり」移籍から「ビジョン」重視の移籍へ
――そういうことを考えて、ハル・シティのオファーを断った?
「断った理由は、それまでこちらから(ハル・シティに対して獲得の可能性を)確認していたと思うんですが、そのときはオファーを出すまでの感じではなかった。それを移籍市場が閉まる直前に、急にひっくり返すというのが気に食わなかったんです。都合がいいのは嫌いなんで。それに今回のクラブ選びは、今までの『成り上がり』の移籍から、クラブの『ビジョン』重視で考えています。それだとハル・シティは違うなと。こういうチームの選び方は初めてですが、W杯を意識して、さらにサッカー人生を楽しめそうなところに行こうと思っています。じゃないとパフォーマンスも上がってこないですから」
――そこまで逆算して、W杯のために行動していたと。
「そりゃそうでしょ。小学校6年生のときに書いた夢であり、しかもそれが最後となるわけですからね。移籍に関してはシーズン後にしっかり答えを出しますよ。今はこの滅多に味わえないベンチとミラノでの生活を目一杯楽しむよ」
――3月のW杯予選は、今のコンディションで十分に戦えると考えている?
「十分戦えます。明日チャンピオンズリーグで戦えって言われても行ける。準備は怠ってないですよ」
どん底の本田、何を思う
言うまでもなく、選手にとって常に活躍しているのがベストの状態だ。ミランでポジション争いに敗れたことが、そもそも反省すべき点である。今、本田が水中のどん底にいることは間違いない。
だが、苦しみから逃れるために安易に水面から顔を出したら、そのあとに来る大波をかぶってさらなる深みに落ちるかもしれない。本田は我慢をしながら、いつ顔を出すべきか、場所と時期を探り続けているのだろう。
3月下旬、W杯予選の2試合が行われ、日本はアウェーでUAEと、ホームでタイと対戦する。ミランで試合に出ていないことを考えると、本田がベンチスタートとなる可能性は高い。今回の遠征に呼ばれない可能性すらある。それでもミランに残ることを選んだ決断を後悔しないはずだ。
木崎伸也
1975年1月3日、東京都出身。2002年W杯後にオランダへ移住し、'03年からドイツ在住。現地のフットボール熱をNumberほか多くの雑誌・新聞で伝えてきた。'09年2月1日には帰国し、海外での経験を活かした独自の視点で日本のサッカージャーナリズム界に新風を吹き込んでいる。著書に「2010年南アフリカW杯が危ない!」(角川SSC新書)、「サッカーの見方は1日で変えられる」(東洋経済新報社)、「世界は日本サッカーをどう報じたか」(KKベストセラーズ)がある。2016年11月には『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)を上梓した。