いま、女子高校生を中心に「ダンス部」が人気を急伸させている。ヒップホップやロック、ディスコナンバーで踊るダンスの魅力に部員が集まり、大規模な大会には全国から強豪校が揃う。なぜダンスは選ばれるのか。発展を遂げた文化を追う。(音楽ライター・大石始/Yahoo!ニュース編集部)
大阪府立登美丘高校ダンス部の練習を見た(124秒)
部活人気でトップ集団をうかがう「ダンス部」
窓から差し込む冬の西日が、校舎の白壁をオレンジ色に染める。大阪府堺市にある府立登美丘高校(男女共学、生徒数1074人)。校内の渡り廊下に、ダンス部の部員たちが集まってきた。男子はいない。全員が女子だ。ハリのあるキャプテンの声が響く中、米国の歌手Usherのソウルナンバーに合わせてストレッチ運動が始まった。
この日、練習に参加しているのは1、2年生だけだ。在籍部員は51人。昨年9月に引退した3年生を入れると、総勢80名を超えるという。フォークソング部(軽音楽部)、ブラスバンド部に次ぐ部員数で、女子の在籍数でいえば校内トップクラスだ。
実はダンス部の人気は、登美丘高校に限ったことではない。
いま、全国の少なくない高校で、ストリートダンスの流れを汲んだ「ダンス部」人気が沸騰しているのだ。ストリートダンスを国内外で普及促進する「ストリートダンス協会」の発表によると、全国の高校ダンス部はこの10年で900校から1800校へと倍増した。部員総数は2万5000人に及ぶという。
「大半が女子部員です」と言うのは、中高のダンス部を扱った無料専門誌「ダンスク!」の発行や、ウェブメディア「ダンストリート」を運営するディーエスケイ代表取締役の石原久佳さん(44)だ。
「男女混合の部もありますが、この文化の多数派を形成するのは女子。女子限定という部は少なくないんです」
女子に人気の運動部といえばバスケやバレーボールで、現在の部員総数はともに6万人とトップを維持。2万5000人のダンス部はこの規模に及ばないものの、バドミントンの5万6000人、陸上競技の3万9000人、テニスの3万8000人、ソフトテニスの3万6000人(いずれも2016年 全国高等学校体育連盟の公表データ)に次ぐ第7位に位置している。
前出の石原さんによれば、全国のダンス部の目指す最高峰の大会が「DANCE STADIUM(日本高校ダンス部選手権)」だ。大会によれば、参加人数も日本最大だ。参加校は、13名以上で踊るビッグクラスか、2~12名のスモールクラス別に分かれて演技を行う。「ビジュアル」「エンターテインメント」「テクニック」など5項目を、プロのダンサーなどが審査する。なかでも競争が激しいのはビッグクラスで、昨年、一昨年とこの部門で連覇したのが登美丘高校。全国屈指の強豪校でもある。同校の練習から伝わってくるのは「真剣」の二文字。部員が複数チームにわかれ、「振り」の反復練習をする。私語をする子はいない。
中心で練習を眺めるのは、同校OGでコーチのakaneさん(24)だ。在学中はダンス部キャプテンを務め、現在はプロのダンサー、振付師としても活躍している。顧問を務める南出仁美教諭(国語担当)は、akaneさんについてこう話す。
「リーダーシップのある人で、彼女がキャプテンになってからダンス部が本気になった。彼女なしにはうちのクラブはあり得ないし、コーチになったいまもその存在感は絶大。ダンスに関わる一切のことは彼女に任せています」
強豪校のストイックな練習
日が傾き始めた16時半。練習は渡り廊下から屋上へと移る。私立高校の中には暖房のきいた屋内練習場があるダンス部もあるが、予算の限られる公立の場合は必ずしもそうではない。大集団で振りを合わせるために広い場所が必要だったこの日は、校舎の屋上が舞台だ。
登美丘高校ダンス部はDANCE STADIUMで3連覇を目指している。大会で踊るダンスの内容や使用する曲は「秘密なんです」と、akaneさん。そう、多くのライバルが登美丘高校の王者の座を狙っているのだ。
練習は週に6日。この日、屋上の気温は5度。日没後も白い息を吐きながら踊る部員たちは、速い振りを集団でピタリと合わせる。その様は「陸のシンクロ」とでも呼びたくなる代物だ。振りに乱れが生じれば、akaneさんの檄が飛ぶ。直立不動で「はい!」と応じる部員たちの視線はコーチをとらえて離さない。
登美丘高校のダンスは、高い独創性で話題を呼んできた。昨年のDANCE STADIUMを制覇したテーマは「大阪のおばちゃん」。部員はヒョウ柄のおばちゃん衣装に身を包み、技と笑いが一体になった演目で、観衆の度肝を抜いた。
登美丘高校ダンス部が全国にその名を轟かすのは、ネット動画の影響も大きい。
同校ダンス部は大会本番での演目に加え、話題の「踊ってみた」動画もYouTubeに投稿する。人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の「恋ダンス」のカバーは、再生回数は160万に達した。キャプテンを務める林沙耶さん(2年生)は、「動画を見て、他の高校にはない踊りが可愛いなと思って、受験しました」。1年生部員の古橋野々さんは、「ダンス部に入りたくて入学しました。片道2時間かけて通学しています」と言う。
しかし、卒業後の部員がダンスの道に進むとは限らない。akaneさんはこう話した。
「卒業後、ダンスのプロを志す子はほとんどいません。プロとして寂しくないかといえば、嘘になります。ただ、みんな、ここで仲間と何を成し遂げるかの一心。そうやって高校の3年間で完全燃焼するんです」
東京の私立実践学園高校のダンス部を見た(132秒)
東京の私立高では生徒の自主性尊重
東京・中野区の私立実践学園高校(男女共学、生徒数1132人)ダンス部もまた、70名近い部員が在籍する大所帯だ。やはり部員は女子だけだ。ここでもダンス部の女子人気は校内ナンバーワンだ。練習は自主練などもあるが、原則週3日。顧問で養護教員の磯木砂斗子先生は「練習時間は他の学校では考えられないぐらい少ない」と言う。授業や大学受験向けの補習もある。生徒のスケジュールはびっしりなのだ。
それでも、2月に「USA Regionals 2017東京大会」を突破し、全国大会出場を果たすなど実績を残し始めている。
室内練習場でプロダンサー・振付師のTERARIEさんの指導が始まった。ベースはヒップホップダンスだ。大会を直前に控えた十数人ほどのグループは、アップテンポな曲に合わせて反復練習を重ねる。額に汗がにじむ一方、笑顔もこぼれる。和気あいあいの雰囲気がある。TERARIEさんが重視するのは、「生徒の自主性尊重」だという。
「最初にみんなにどういうものを踊りたいか、意見を聞きます。いま在籍している子たちは『世界観を感じさせる作品を楽しく踊りたい』ということだったので、それを元に振り付けを考えました」(TERARIEさん)
同校にも、ダンス部への入部を希望して受験した生徒がいる。現在、部長を務める佐久間新子さん(2年生)はその一人だ。
「ダンス部がある学校に入りたくていろんな学校を見るなかで、ここの雰囲気が一番よかったので受験しました」
なぜ「ダンス」が選ばれるのか
なぜダンス部は10代女子から支持されるのか。まず、1998年の学習指導要領の保健体育で「現代的なリズムのダンス」が明記され、2012年に全国中学校の授業でリズムダンスが全面実施されたことは大きい。高校では選択科目の一つとして取り組まれる。何が画期的だったかといえば、従来の「創作ダンス」「フォークダンス」ではなく、生徒は「現代的なリズムのダンス」――ロックやヒップホップなどに合わせて踊ることになった点だ。
一方で、エンターテインメントの分野でダンスは若年世代への浸透を重ねてきた。前出ストリートダンス協会の専務理事・栗原めぐみさんは、こう見ている。
「ダンスをパフォーマンスに積極的に取り入れた安室奈美恵さんまで振り返れば、浸透はこの20年で進んできた」
この10年に絞るなら、K-POPアーティストの台頭があったし、EXILEなど人気グループの活躍も挙げられる。彼らのミュージックビデオは、若年層の「踊ってみた」動画ブームを加速させてもいる。
人気の動画共有アプリ「MixChannel」やカメラアプリ「SNOW」では、ダンスと若年層の親密な関係性を見ることができる。投稿される「ダンス」は、部活のような「手のかかった」ダンスではない。MixChannelなら、10秒という短尺で「カワイイ」「笑える」ものが大半だ。2人がお揃いのファッションで同じ振りをする「双子ダンス」などがヒットした。発信者の多くは若年世代の女子だった。
「動画」「ダンス」――ここから見えるものは何か。10代を対象にマーケティング調査を行う「マイナビティーンズ」事業推進室室長の宇都宮広宣さん(43)によれば、スマートフォンを介して流通するダンスは、非言語コミュニケーション。簡単な振り付けはコピー、アレンジもしやすいから、SNS上のコンテンツとして相性が良いという。
「今の10代はダンスを体育の授業で学んでいることもあり、踊ることそのものに対して以前と比べ抵抗感は薄い。さらに、踊った動画をSNSにアップする行為は、人前で踊ることに比べハードルが低いため、ダンス動画は流行したと考えます」(宇都宮さん)
不良はいない
ダンスは「10代」の社会観と親和性が高い――というのは、前出の石原久佳さんだ。
「多くのダンス部が取り組んでいるストリート系のダンスは、もはや社会の多数派に反抗する『カウンターカルチャー』ではないんです。かつてのように『枠をはみ出したい子』がやるものではありません。むしろ学校や部活などの『枠にはまっていきたい子』が入っている」
アメリカから日本にストリートダンスが輸入されたのは1980年代。当時は夜の路上、クラブやディスコが文化の中心。しかし、近年の様々な環境変化で「部活動としてのストリートダンス」が生まれ、独自の発展を歩んだ。流動性の高い社会を生きる10代はどんな情報でも得られる反面、足元の学校や家庭での活動を充実させたいと願う傾向がある。積極的に枠にはまりたい――。そんな志向性の向かう先が「ダンス部」だったのだというのだ。いま、ここには普通の子がやってくる。だから、部活ダンスに「不良」は存在しないし、女子部員急増の背景にあるという。
力強い発展をみせる部活ダンスだが、課題もある。全国高校の運動部を統括する高体連(全国高等学校体育連盟)などの全国高校のダンス部を統轄する公的組織がないため、インターハイのような全国大会が存在しない。そのため、学校間の広域かつ密な連携が難しいという声もある。有志の教員が団体設立を模索する動きもあるが、いまだ形を結ぶにはいたっていない。
その一方、世界では大きな動きが起きている。2018年にアルゼンチンのブエノスアイレス(14歳~18歳が対象)で開催される夏季ユースオリンピックでは、空手、スポーツクライミングとともに「ダンススポーツ」が正式種目として加わった。男女混合チームで、曲芸めいたブレイクダンスの技術や表現を競うという。
社会の表舞台に躍り出たダンス。国内外の10代を巻きこんだ潮流は、より一層大きなうねりになっていくかもしれない。
大石始(おおいし・はじめ)
1975年東京生まれ。音楽ライター。旅と祭りをテーマに執筆を続けており、近年は「踊り」にフォーカスした取材も多数。著書に『ニッポンのマツリズム~盆踊り・祭りと出会う旅』、『ニッポン大音頭時代~「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち』など
動画制作:古田晃司