播本明彦

“鈍足FW”岡崎慎司を変えた、五輪スプリンターの「走る技術」

3/10(金) 7:49 配信

岡崎慎司の走りに違いが見えたのは、2013年だった。

ドイツのマインツで点を取り始め、比例してダイアゴナルラン(斜めへの動き出し)やDFの裏を取る時のスピードが増し、運動量が格段に増えた。その走りと運動量がその後、レスターFC優勝に大きく寄与した。

FWとしては致命的な「鈍足」を、日本代表でも屈指の運動量とスピードを持つ選手に進化させた背景には、バルセロナ五輪・陸上短距離の元エースのコーチの存在があった。いったいどんなトレーニングをしていたのか。見えてきたのは、独特の練習方法と「走り方」だった。(ライター:佐藤俊/Yahoo!ニュース)

撮影:播本明彦

タイムなし、道具なし、独特の練習方法

「速く走れるようになりたい」

それは、岡崎慎司にとって長年の課題だった。

2005年に清水エスパルスに入団したが足が遅く、特別な技術もなく、チームでは8人いるFWの中で8番目の選手だった。FWとしてプロの世界で生き抜いていくためにはどうしても「スピード」が必要だった。そのため、同期入団でフィジカルコーチを担当していた杉本龍勇と清水時代から「走ること」に少しずつ取り組んできたのだ。

清水エスパルス時代の岡崎(アフロスポーツ)

転機になったのは、2011年である。

ドイツのシュトゥットガルトに移籍し、世界への挑戦が始まった。ドイツで結果を出し、目標としているプレミアリーグに行くためには、さらなる「スピード」が必要になる。そこで岡崎は、同時期に清水を退団した杉本に専属コーチ契約を申し入れたのである。

杉本は、バルセロナ五輪に出場し、4x100mで6位に入賞するなど日本を代表するトップスプリンターだった。速く走るためのノウハウは持っていたし、スピードを上げる自信もあった。しかし、単純にスピードを上げるだけではサッカーのプレーに応用できないと考えていた。

1991年の世界陸上に出場した杉本(アフロ)

「サッカー選手にとって速く走るのはボールスキルと同じ技術なんです。速く走るようになるのと同時に走っている間に力をうまく『入れる、抜く』ということができないといけない。これができないと足が速くなってもボールスキルが落ちる可能性が出てくる。単に足を速くするだけじゃなく、ボールスキルのクオリティを上げることを前提に足を速くする。陸上の選手よりもサッカーの選手の方がより走る技術が求められるんです」

当初、岡崎は杉本の説明を「ポカーン」と聞いていたという。

スピードを上げることさえできればいいと思っていた岡崎に杉本の理論は、ちょっと難解だったのだ。

では、「走る技術」を高めるために、どのような練習をしていくのか。

「ランニングのドリルを使うとか基本的な練習メニューはありますが、独特のメソッドとか、そういうものはありません。ひとつのテーマを細かく突き詰めていく感じですね。たとえば練習のテーマがフォームだとすると、最初の3、4歩のフォームを見ます。足首の角度とか、今使った筋肉はここの箇所じゃないだろうとか、細かくチェックしていきます。私が思った通りにできていないとその場で止めます。終わったら今できていること、できていないことをすべて話します。その時は頭の中で整理できなくてもいいんですよ。何回も続けていくことでわかってきます。そうすると自分でできている、できていないというのが分かるようになってくる。それが重要なんです」

ロイター/アフロ

杉本のトレーニングは、独特だ。

走るのにタイムをほとんど計らないのだ。

「タイムは計りません。選手の走りを見て『速くなったな』と私が分かっていればいい。ウエイトは最初からガンガン筋肉をつけるよりも、まず体を動かす技術(自分の筋肉を動かす技術)の習得が必要だと思っています。体を動かす技術を身につけて、それに則する形で必要な筋肉をつけていくというイメージです。基本的にできていないことを反復させたり、動作の確認がメインなので20mも走らない。『やれ』と言われれば大学の研究室でもできますよ」

練習時間は毎回1時間半程度。考え、確認しながらの練習なのでそれ以上すると頭の中がパンパンになってしまうので、集中力も続かない。

「練習では絶対に頭を使わないとダメ。勢いやノリで練習してはいけない」

頭で理解しないとトレーニングしたものは身につかないということなのだ。

撮影:播本明彦

地面を蹴らない走法

足を速くするために取り組んできたのが「走り方」である。

“地面を蹴らない”

これが速く走るためのキーワードだ。

普通は、地面を強く蹴って走った方が反発してスピードが出ると思いがちだ。だが、地面を強く蹴ってしまうとそこで摩擦が起きてエネルギーがロスしてしまう。するとスピードはもちろん燃費も落ちてしまうので、運動量にも影響が出てしまう。

「この走り方のイメージは、よく体育の時間に行進の練習をしますよね。直立姿勢で胸を張って前に出す感じで歩きますが、脚を下ろす時に1,2とタイミングを取ると地面に対して脚を踏み込む感が強くなる。でも、脚を上げる時にリズムを取ると股関節の可動域が大きくなる。するとスムーズに回転して脚が前に出ていくんです。以前、留学したドイツでは熱い鉄板の上を走るようなイメージで脚を前に運びなさいと言われていました」

それを実現できると速く走ることができるのはもちろん初速からトップスピードに到達する時間も短くなる。また、岡崎の運動量が「半端ない」とよく言われるが、それはエンジン出力が大きくなったのではなく、地面を蹴らないことで燃費が良くなったのだ。

カウンターができる唯一の選手

積み重ねてきたトレーニングで岡崎の走りは、大きな進化を遂げている。

たとえば、トップスピードで減速せずにボールコントロールができるようになった。カウンターになると自陣から全力疾走で相手のゴールに向かっていく。トップスピードを維持しつつ、ボールをコントロールする余裕があるので、どんなDFの動きにも対応することができる。

「今、日本の選手でそれができるのは岡崎しかいません」

杉本コーチは、そう断言する。

「トップスピードの中で余裕をもってボールを扱えるようになるには慣性モーメントを働かせないといけない。そのためにどのタイミングで力を入れて、どういうフォームで走れば慣性モーメントが落ちないのかということに取り組んでいかなといけないんですが、岡崎はそれができています」

現代サッカーはカウンターが主流になっている。レアル・マドリードは高速カウンターを最大の武器にしており、バイエルン・ミュンヘンなどもそうだ。

日本代表のハリルホジッチ監督も縦に速いサッカーを軸にしている。だが、いまひとつ機能していないのはカウンターや速い攻撃に対応できる「走る技術」を持った選手が岡崎以外にいないからだと杉本は、分析している。

さらに、岡崎はトレーニングを結果に結びつけてきた。

2013年、マインツでは35試合15得点、翌年は32試合12得点を挙げた。2016年にはレスターで優勝に貢献した。

レスター優勝時の岡崎(ロイター/アフロ)

欧州の粘土質の柔らかいピッチでも欧州の選手のように滑らず、スピードを活かしてプレーできたのは、まさに地面を蹴らないなどトレーニングの成果だった。

また、日本代表でも主力になり、国際Aマッチ104試合、49得点を奪っている。

「だいぶ走りの質が上がっているけど、まだしょぼい。まだまだ伸びますよ」。

杉本の目は厳しいが、昨年3月、ロシアW杯2次予選のアフガニスタン戦では岡崎のプレーの質が上がり、体がよく動いているのを確認できたという。

アフガニスタン戦でのシュート(長田洋平/アフロスポーツ)

「右足でパスを受けて、回転して右足でまた抜きのボールを出して左足でシュートを決めたんです。シュートは素晴らしいけど、そのシュート前の動きのリズムの速さは相当体が動いていないとできない。それはトレーニングをやってきた成果だと思います」

速さだけではなく、人生にかかわる指導法

困った時には、イギリスからLINEがきたり、電話がかかってくる。

岡崎からのリクエストはシンプルだ。

“キレが悪い。当たり負けしている。どうしたらいいですか”

杉本は、たくさんのメニューを与えるのではなく、1、2個程度やって問題を解消できるものを伝える。当たり負けしている時は、半身になった時の体の支え方として左足と右肩で支えられているか、当たる角度を考えているかを確認するようにいう。

「課題を修正するのに、これだけやれば大丈夫というのをきちんと選択できないと専属でやっている意味がない。それを難しい説明ではなく、サルにも分かるように伝えることがすごく大事なんです(笑)」

そう笑いながら語る杉本だが、岡崎との距離が近いことがよく分かる。

それは単に走ることだけを教えてきたからではないからだ。岡崎にはメディアと話す時の言葉遣いから引退後のセカンドキャリアについて考えるように指導してきた。それは、ただ単に選手のパフォーマンスを上げるだけではなく、「選手の人生」に関わるという杉本自身のポリシーでもあるのだ。

撮影:播本明彦

杉本龍勇(すぎもと・たつお)
1970年11月25日、静岡県生まれ。浜松北高校時代からスピードが注目され、法政大学1年の時インカレで100m優勝。92年にバルセロナ五輪に出場し、100mと4x100mリレーに出場。リレーではアンカーをつとめ6位入賞を果たした。その後ドイツに留学するなどして2005年に清水のフィジカルコーチに就任。2010年退団した翌年、岡崎慎司と専属コーチ契約を結ぶ。脚の遅い岡崎を独特のトレーニング方法で鍛え、現在では運動量豊富で走る技術がもっとも高い選手と評価されるまでに成長させた。
現、法政大学経済学部教授。

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