今祥雄

プロも参戦、動き始めた「卓球新リーグ」 仕掛け人・松下浩二の熱意

2016/12/24(土) 11:46 配信

リオデジャネイロ五輪・日本卓球代表は男子シングルスで銅メダル、男子団体で銀メダル、女子団体で銅メダルを獲得した。その快挙から約4ヶ月後の12月10日、日本卓球協会はプロのクラブチームを含めた新しいリーグである「Tリーグ」設立を理事会で正式に認可した。2018年秋の開幕を目指す。新リーグはプロのクラブチームや実業団などを含んだ6チームから8チーム程度で構成する方針だ。

リーグ設立の舵取りを担うのは日本卓球協会、プロリーグ設立検討準備室の松下浩二室長だ。松下は語る。「中国をぶっ倒したいんですよ」。荒唐無稽とも思える壮大な野望をはばかることなく口にする。

日本初のプロ選手として卓球界を牽引してきた松下の指揮のもと、卓球界が静かに、そして着実に動き始めた。(Yahoo!ニュース編集部)

(撮影:今祥雄)

各企業が抱える卓球チーム、いわゆる実業団による卓球リーグ「日本卓球リーグ実業団連盟」は以前から存在するが、運営企業が業績不振に陥れば取り潰されてしまう不安定な存在だ。かつて58チームあった実業団は2016年現在は、27チームに減少、卓球選手にとっては不安定な環境が続いてきた。

「このままでは日本の卓球は先細ってしまう」。こんな松下の危機感がリーグ設立の原点だ。

世界に目を向ければドイツではプロ卓球リーグ・ブンデスリーガが1960年に設立され、根強い人気を誇っている。卓球男子世界ランキングも中国に次ぐ2位だ(2016年7月度ランキング・TIBHAR発表)。その他にもフランスやスウェーデン、ロシア、中国などがプロリーグを作り、年間数億円を稼ぐスター選手たちがしのぎを削る。かたや、日本は男子で4位、女子で2位と世界有数の卓球強豪国でありながら、プロリーグはない。福原愛や石川佳純など一部の有名選手が企業からスポンサードを受け、プロとして世界各地を転戦している状況だ。

「実業団の中で守られているだけじゃ強くならない。個人の選手に依存するのではなくて、リーグを作って、全体のレベルを上げていかないとダメ。何としても卓球王国・中国をぶっ倒したいんです」。いつもスーツにネクタイで紳士的な物腰の松下が、卓球の話になると熱を帯びた口調に一変する。

「打倒中国」松下浩二というオトコ

本当に中国に勝つことなどできるのだろうか。オリンピックでは1988年の正式種目採用以降、中国一強の状態が続いてきた。リオ五輪では日本勢の快挙が取り沙汰されたが、金メダルは中国勢が独占して久しい。

現役選手たちは苦笑いでこう語る。「中国打倒ですか……。そりゃ無理でしょ…。でも松下さんなら本当にやりそうな気がする」

日本卓球界を本気で変えようとする松下浩二という男、どんな人物なのだろうか。

2015年プロツアーグランドファイナル、男子ダブルスで優勝した森薗政崇(21歳)が松下を端的に言い表す。

「スポーツの海外挑戦と言えば、野球界には野茂英雄さん、サッカー界には三浦知良さんがいて、子どもたちの憧れでした。それが卓球界にとっては松下浩二さんなんですよ」

(撮影:今祥雄)

日本人第一号のプロ卓球選手

松下を語る上で最もよく使われるフレーズが「日本人第1号のプロ卓球選手」だ。松下は、明治大学を卒業して協和発酵キリンの卓球部に所属していたが、1993年に「プロ宣言」を行う。月々の給料を捨て、プロの競技者としてスポンサー収入と大会の賞金だけで生計を立てる道を選んだ。

「企業に所属して、半分サラリーマン、半分卓球選手をやっていると収入面では安定するけど、どうしても企業に依存しちゃう。もっと強くなって勝ちたい。プロ宣言は自分を追い込む意味もありました」

背水の陣を敷いた松下は、プロ宣言をした1993年の日本選手権で初優勝を成し遂げる。1995年も国内大会を制し、1997年に世界最高峰リーグであるドイツ・ブンデスリーガに挑戦する。ドイツでのプレイも日本人初だ。2部リーグからのスタートながら、35勝3敗という圧倒的な成績で1部に昇格すると、現在のヨーロッパチャンピオンズリーグで優勝を果たす。瞬く間にワールドクラスに上り詰めた松下の強力な武器はその独特な戦法にある。

松下はカットマンと呼ばれる守備的なスタイルの選手だ。カットマンとは、卓球台から一定の距離をとって、ひたすらボールを拾い続け、相手のミスを待つ戦い方だ。ド派手なスマッシュを撃つスタイルとは異なり、コツコツと粘り強い戦い方をしなければならない。だが、松下は当時のカットマンとしては異例にも、攻撃的なスマッシュやドライブを積極的に織り交ぜた。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

当時のプレイを見ると両足を軽く開き、ステップを踏むように軽快に飛び回る。台から離れてボールを拾ったと思いきや突然、接近。強烈なスマッシュを打ち込み、相手を翻弄。卓球ファンの間では「芸術」と賞賛される往年の松下のプレイだ。

松下のプレイを卓球の専門誌『卓球王国』編集長の今野昇氏はこう評する。「松下は堪え性はないし、勝ち気ですぐ感情が顔に出る選手。カットマン向きではなかったからスマッシュを織り交ぜるようになったのかもしれません。“カットマンのスマッシュ”がとにかく効く。突然台に近づいて打ちこんでくるわけだから予測できなくて取りにくいんです」。独特の戦術を武器に、選手としては体力のピークを過ぎた35歳になっても全日本選手権で優勝をした。

だが、それでも中国には勝てなかった。

松下はこう振り返る。

「もともと中国では卓球は“国球”と言われ、神聖視されるほど大事にされてきた。加えて2001年に『超級リーグ』というプロリーグができて、本格的に選手が強化され、選手全体が一気に強くなった」

依然、存在感を放ち続けるヨーロッパ勢に加え、プロ選手を量産して一気に強化を図る中国勢――。“日本卓球はこのままでは危ういのではないか”そんな思いを抱いたまま2009年に引退した。

(撮影:今祥雄)

歩み始めた第二の道「経営者」

引退後は、卓球用品の製造と販売を行う「ヤマト卓球」の社長として70人の従業員を率いる。会社の業績については「詳しく言えないよ」と逃げられてしまったが、「僕が“一番顔の効く営業マン”みたいなものだから。社長に就任した時に売上高14億円だったけど、今は28億円まで成長したよ」とさらりと言ってのける。

一人の選手として、一人の経営者として、挑戦を続けてきた男の“3回目の挑戦”が「中国打倒のための日本卓球プロリーグ化」だ。

経営者として生きていくことも十分に可能だったはずだ。

新たな挑戦へと松下を駆り立てたのは、過去の苦い経験だ。現役選手時代に、卓越した素質や才能がありながらもキャリアの積み方や引退後の道標がないせいで卓球から離れていってしまった選手を多く見てきた。プロリーグができれば、選手として引退した後も、監督やコーチ、チームスタッフとして卓球界で食っていくことができる。そうした「卓球界の新しい生態系を作ること」がプロ化のもう一つの狙いだ。

ある現役選手の複雑な胸の内を聞くことができた。

「入社してわかりました。周りの社員がずば抜けて優秀なんですよ。いや、逆か。僕が仕事ができないんです。人生、卓球ばっかりやってきたんで。出世を目指してバリバリ仕事をこなす社員と、半分卓球半分仕事の僕とでは、仕事では勝てませんよ。でももし卓球リーグができるなら、挑戦したいですよ。ラストチャンスですし」。

卓球の競技者人口は微増が続くことも追い風

松下が掲げる「Tリーグ」構想。競技人口の拡大という追い風もある。日本の卓球競技者数を表す「加盟団体登録人数」はじわじわと右肩上がりが続いており、10年前の平成17年度は29万5000人だったが、平成27年度は32万人を超えた。特に健康志向の高い中高年にとっては身近で手軽なスポーツとして根強い人気を誇る。

また、卓球の試合はサッカーと違い1試合にかかる費用は大幅に少なく、企業のスポンサー費用もサッカーや野球ほど巨額ではない。世界最高峰のブンデスリーガでも1試合4000人も入れば十分だ。「1試合に2000人集まれば十分にプロスポーツとして成立する」と松下は見込んでいる。

「設立後も続けていくためには、圧倒的に強くて面白い卓球リーグを作らないと。数万人の観客がサッカー選手のゴールに熱狂するみたいに、選手のスマッシュ一本にたくさんの人が熱狂する。そんな時代が絶対来る」。

そんな松下の夢物語に多くの現役選手は期待半分、疑問半分だった。

だが、多くの現役選手にインタビューする中で、松下と同じ思いを抱いている選手に出会うことができた。現在、ロシアリーグで戦う日本代表のエース、水谷隼だ。

水谷はこう言い切る。「とにかく今日本に一番必要なのはプロリーグだと思います。これだけいい選手が集まっていて、卓球人口も多いですから、十分にプロ化の可能性はあると思います。それに今、日本のトップクラスの選手の大半は海外のプロリーグに所属しています。もし日本にプロリーグができれば彼らは日本に戻ってきます。一番苦労している移動時間や外国での生活などの苦労も減って、もっと卓球に打ち込める。プロリーグさえできれば中国に勝つことだってできると思っています」

松下の理想とする卓球界は本当に訪れるのか。3度目の挑戦から目が離せない。

制作協力:ハイブリッドファクトリー

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