子どもの特別養子縁組を希望する実の親と育ての親をマッチングさせるあるNPOのサイトが波紋を広げている。原則6歳未満の子どもに適用され、縁組が成立すれば実の親子と同じ扱いを受けることができる特別養子縁組は、晩婚化によって不妊治療をしても子どもを授かることができない夫婦の増加も相まって関心が高まっている。一方、プロセスを大胆に簡略化したNPOのあっせんのあり方には、「当事者の人生を左右する重大な決断だということを忘れさせる」などと専門家から批判の声も上がる。賛否渦巻く現場を取材した。(取材・文=NHKクローズアップ現代+取材班/編集=Yahoo!ニュース編集部)
受け渡しは駅前で
絶え間なく人が行き交う、東北地方のある駅前。午前10時過ぎ。タクシー乗り場に生後1か月の男の赤ちゃんを抱いた20代の母親が現れた。
「ミルク、すごくよく飲みますから」。待ち構えていた夫婦に母親は赤ちゃんを手渡した。白いベビー服の袖からのぞく小さな手。母親の胸を離れても、赤ちゃんは泣かなかった。
「名前のことなんですけど」。意を決したように赤ちゃんを引き取る40代の夫が母親に語りかけた。「漢字だけ変えさせてもらっていいですか。うちの苗字にすると画数が良くなくて」。若い母親は恐縮するように手を振った。「全然大丈夫です」
10分にも満たない立ち話の後、夫婦は赤ちゃんを抱いてその場を去っていった。母親は泣きながらしばらく立ち尽くしていた。
母親と夫婦のそばには、一人の男性が付き添っていた。特別養子縁組をあっせんするNPOの代表、阪口源太さんだ。阪口さんはネットによるあっせんをうたうサイトを2014年4月に開設した。「我が子を育てていくことができない」母親と、「どうしても子どもが欲しい」夫婦。両者をつないだのが同サイトだった。
炎上狙いの“産んだら200万円”
「中絶を考えている人へ『産んでくれたら最大200万円の援助があります』」─。
阪口さんがサイトに掲載した呼びかけの一節は議論を呼んだ。「人身売買ではないか」と批判を浴び、監督する大阪市からも誤解を招く表現を是正するようたびたび指導を受けた。阪口さんはこうした表現を使った真意をこう話す。
「人身売買って特別養子縁組にとってのタブーじゃないですか。クリックしてもらうためにそういう表現をあえて使う戦略です」
不満に突き動かされて
阪口さんは自身も養子を迎えて育てている。あっせん事業に乗り出したのは、プロセスや手続きの煩雑さに対して強い不満を感じたことが理由だったという。
特別養子縁組のあっせんは主に、児童相談所や民間のあっせん団体を介して行われる。児童相談所の場合は、講習や乳児院などでの実習、面談などを経て「養子縁組里親」に登録する必要がある。0歳児の委託は行っていないところも多い。
厚生労働省によると、民間のあっせん団体は2015年10月時点で全国に22団体ある。厳しい審査や年齢制限を設けているところがあるほか、希望者が殺到して長期間の待機を余儀なくされることも少なくない。司法統計によると、2015年に成立した特別養子縁組は544件。増加傾向にあるものの、欧米と比較して一般化していないという指摘もある。
「2週間に1人の赤ちゃんが日本のどこかで遺棄されたりして亡くなっている現状があるのに、養子縁組を行政が本気ですすめてないことが一番の問題なんです」と阪口さんは語気を強める。「僕は年間1000組の特別養子縁組あっせんをこの3年でやります。その目標を達成したら辞めますから。あとは維持することが得意な公務員の方たちにさっさとお渡ししますので」
大胆な“あっせんの簡略化”
阪口さんが考えたのはあっせんのプロセスを大胆に簡略化する仕組みだ。養子縁組を希望する夫婦は、月3000円の会費を支払って登録。専用のアプリに年齢や収入、資産状況や教育方針などおよそ60項目を入力する。それらは独自の基準で点数化され、ランキングが作成される。子どもを託したい親がそのランキングを参考にして我が子の新しい親を選ぶという仕組みだ。
NPOとのやりとりはほとんどメールやアプリの中で完結する。NPOのスタッフが夫婦と直接顔を合わせるのは、基本的にはあっせんされる赤ちゃんが決まった後の家庭訪問1回のみ。マッチングが成立すれば、実の親が必要とする医療費や生活費を全額負担するほか、NPOにも事業運営の負担金として50万円を支払う。
他のあっせん団体は、複雑な背景をもつ子どもを家族として受け入れる覚悟を求めるため、複数回の面接や研修などを課すことも多い。NPOが売りにするプロセスの大胆な簡略化に懸念の声も上がっているが、阪口さんは自信を見せる。
「メールであってもとても濃密なやりとりをしていますから。文面で人柄ってある程度分かるんですよ。本当に大事に育てたいから、っていうようなことをしっかり書いてこられる方の文章は本当に伝わりますしね。希望者のうち70%の人は大丈夫です。ぶっちゃけそのうちのどこに行っても子どもさんは幸せになれますよ」
最後のよりどころに
赤ちゃんを引き取る利用者はどんな思いで阪口さんにコンタクトをとったのだろうか。
「職場のデスクに貼ってあるんですよ。かわいくてかわいくて」。東京都内に暮らす30代の斎藤さん夫婦(仮名)が、養子に迎える予定の胎児のエコー画像を見て微笑む。胎児の母親である20代の女性がNPOに送ってきたという。
斎藤さん夫婦は結婚直後、妻の子宮にがんが見つかり、子宮と卵巣を摘出。それでも我が子を育てたいと、養子を迎える決断をした。児童相談所で養子縁組里親の登録を済ませ、半年以上待機していたが「いつまで待てばいいのか教えてもらえない」と不満を募らせ、民間のあっせん団体を調べ始めた。
ネットで調べた団体の中で、もっとも手続きの負担が少なかった阪口さんのNPOを選んだという。“産んだら200万円”の表現についても、費用が明確で好感が持てたと口をそろえる。
現在、2歳になる娘を育てている神奈川県在住の吉崎さん夫婦(仮名)も、既存の仕組みでは養子縁組が実現していなかったケースだ。妻は結婚する前から子宮内膜症の持病があり、医師から妊娠は難しいと聞かされていた。
結婚直後から2年ほどは不妊治療を続けたが、身体への負担が重く断念。そのとき夫はすでに43歳になっていた。民間のあっせん団体をいくつか回ったものの、夫の年齢がネックになりほとんどが門前払い。登録にこぎつけたところでも、「100人が待機していて5年は待つ」と言われたという。
「最後の賭け」と諦め半分で登録したのが阪口さんのNPO。生後6日の娘を阪口さんから受け取ったのは、登録したわずか4カ月後のことだった。
「批判があるのは分かってます。でもどうしても子どもが欲しかった。きっかけがどうであれ、娘を大切に育てていくことが肝心なわけですから。後悔はないです」。妻はそう言い切った。
“産んでくれたらお金”の引力
我が子を託す女性はなぜ阪口さんのNPOを選んだのだろうか。
近畿地方に住む優花さん(25)。妊娠中の子どもの父親である男性は「堕ろしてほしい」の一点張りで、ほどなく別れてしまったという。「自分で育てたいけど、子どもが幸せになれると思えない」。スマートフォンで「妊娠 養子縁組」と検索して1番に目についたのがNPOのサイト。相談の電話をかけた数日後には、阪口さんが近くのファミリーレストランまで会いに来た。
「今何が一番困ってますか?って聞かれたんで、ぶっちゃけお金ですよねって言ったら、そうですよねーって。それからはもう、淡々とお金の話をした感じですね」。その場で月20万円の支援金を受け取ることが決まり、同意書に拇印を押した。
妊娠に悩み、阪口さんのNPOに相談を寄せる女性はすでに200人に上っている。そのほとんどが生活費や住まいなど、経済的な支援を求めているという。
“簡略化”生み出したルールの不在
簡略化したあっせんプロセス、金銭的支援を前面に打ち出すPR方法など、これまでになかった手法で利用者を増やすNPOの方針には、有識者からも批判の声が上がっている。
日本社会事業大の宮島清准教授(児童福祉論)は、「問題だらけだ。養親希望者の選定には複数回の面談や家庭訪問が不可欠で、子どもを家族に迎えるための研修も必要だ。産み親への経済的な支援は必要だが、子どもをお金と引き換えに受け渡し、後戻りできなくさせてしまうリスクも高い。子ども、産みの親、養親の人生を左右する極めて重大なことだということを忘れさせ、簡略化こそ善だと誇張する戦略は悪質だ」としている。
日本では営利目的のあっせんが禁じられてはいるものの、団体の許認可や、あっせんのプロセスについては法整備がなされておらず、各団体が独自の方針であっせんを行っているのが現状だ。宮島准教授は「民間あっせん団体の間で支援の質に差が生じないよう、現在の届け出制から許可制にして統一した審査基準を設ける法整備が急務だ」と指摘する。
子どもを手放す親、その子を求める夫婦双方のニーズをすくい取る形で生まれた阪口さんのNPO。特別養子縁組の望ましいあり方とは。真剣に向き合う時が来ている。
クローズアップ現代+「賛否噴出 ネットで“赤ちゃん”をあっせん!?」の放送は11月21日(月)午後22時~放送(NHK総合)。