「来週の金曜の夜はどう?」「大丈夫、夫が子供を見てくれる日だから」「じゃあ、いつもの店に19時に」──SNSでこんなやりとりが簡単にできる時代がきた。有名人のスキャンダルを見ても、芸能活動を停止せざるを得ない事態となったタレントや、不倫が発覚して離婚になった著名人など今年は不倫報道が目立つ。私たちは不倫にどう向き合えばいいのか。そもそも不倫や婚姻関係をどう考えれば良いのか。4人の識者に話を聞いた。(ライター:岡本純子/Yahoo!ニュース編集部)
・不倫は「社会問題」である
坂爪真吾 一般社団法人ホワイトハンズ代表理事
・たった一度の過ちでも不法行為
柳原桑子 弁護士
・夫婦の半数は不倫予備軍
西澤寿樹 臨床心理士
・フランス社交界で不倫は文化
鹿島茂 仏文学者
<不倫は「社会問題」である>
一般社団法人ホワイトハンズ代表理事 坂爪真吾
誰でも陥り得る
私は今、障害者の性問題を解決するための非営利組織の代表理事をつとめているのですが、大学時代から歌舞伎町の性風俗産業を研究していることもあって、昨年『はじめての不倫学』という本を書きました。
取材を進めていた中でこんな男性がいました。都内の大学を卒業後、地元に戻って就職。結婚6年目の36歳。2人の子どもにも恵まれ幸せな家庭生活を送っていた彼は、大学時代にゼミが一緒で好意を寄せていた女性と仕事先で14年ぶりに再会した。当時は話しかけることもできなかったのに話がはずみ、月に1、2度食事に行ったり、映画を見たりする仲になった。それだけだったらよかったのですが、次第に深みにはまっていきます。会議中も、娘をお風呂にいれている時も、彼女の顔が浮かんでくるまで心を奪われてしまった。
結局彼は、勇気を出して、この女性に肉体関係を迫るも断られてしまい、不倫関係には陥ることはなかった。しかし、パートナーがお互いに落ち度がなかったとしても、もっと言えば、夫婦生活がうまくいっていたとしても、ふとしたきっかけから「婚外恋愛」の状態に陥り、そこから肉体関係に発展していわゆる「不倫」になっていくのは、誰にだって起こり得る。それをモラルで抑え込むのはどこかで無理が出るんです。
私は、不倫に手を出すかどうかは、個人のモラルの問題ではなく、現実と社会システムの間に齟齬があるという問題、つまり「社会問題」として捉えるべきだと考えているんです。
結婚とは脆いシステム
そもそも、生物学的観点からすると、哺乳類の中で一夫一婦制をとっている種は全体の約3%しかいません。自分の遺伝子を受け継いだ子を残したいと考えるオスは、より多くのメスと交わりたい。一方、より質の高い子孫を残したいと考えるメスも、同一のオスの子だけを持つよりも、複数のオスの子を産みたいと考える。
世界の歴史を眺めてみても、キリスト教が一夫一婦制を浸透させるまで千年もの歳月がかかっています。アメリカの人類学者G・P・マードックが1949年に著した『社会構造』によれば、世界に238ある人間社会のうち、単婚しか許されていない社会はわずか43という報告もあります。
つまり、力のあるものが多くの子孫を持ち、育てた方がよいとする社会的な観点から考えても、より優秀な遺伝子を持つ子孫を残したいとする生物学的な観点から考えても、一夫一婦制の夫婦の形は決して「自然なもの」ではないんです。むしろ、人工的なシステムと言える。現代の不倫というのは、そうした「人工的な社会的システムの脆さ」を埋めるものとして、存在している。いわば一夫一婦制であるがゆえに不倫が行われてしまうわけで、一夫一婦制と不倫は共犯関係にあるといえるのです。
イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルは、「民主主義は最悪の政治体制だ。ただし、これまでに試されたあらゆる政治体制を別にすれば、の話であるが」という名言を残しましたが、これを婚姻制度に置き換えると、「一夫一婦制は最悪の婚姻制度だ。ただし、これまでに試されたあらゆる婚姻制度の中ではマシだ」ということです。不倫というと、「絶対にしてはいけない。配偶者が傷つくことを考えないのか」と厳しく受け止めるにしても、あるいは「純愛であれば、仕方がないじゃないか」と比較的寛容に受け止めるにしても、どうしても「情」の問題として捉えられている気がします。
でも、本当は「結婚制度」という人間が作り上げた社会システムの問題なんです。一夫一婦制の結婚制度が、今の時代に本当に合っているのか。見直して、不備のある部分は修正していく。それをしない限り、家庭の中で涙を流す人はいなくならないと思います。
<たった一度の過ちでも不法行為>
弁護士 柳原桑子
キャリア女性と不倫
私の法律事務所では、この7〜8年くらいで既婚女性の不倫の相談が増えています。それも、バリバリ働くいわゆるキャリア女性の不倫が目立っていますね。私には守秘義務がありますから、扱った案件をありのままお伝えすることはできませんが、どういったケースがあるのか例をあげてみましょう。
企業で商品開発の仕事に携わっている30代後半のA子さん。夫とは学生時代からの長い付き合いで、そのまま結婚。夫は平凡な男性で、そんなに魅力も感じなくなっていたそうです。そんなある日、A子さんの勤務先に、営業職の独身男性B男さんが、地方支社から転勤してきたのです。部署は違うものの、仕事の内容上、週に数回はA子さんの部署に顔を出す彼。A子さんは彼のスマートな仕事ぶりに憧れ、恋愛感情を抱くようになりました。その思いが通じ、二人は男女関係に。
数年後、彼が地方へ転勤。経済力があるA子さんは彼の転勤先に行って密かに逢瀬を重ねていたのですが、それが夫に知れてしまったわけです。結局、夫には慰謝料を支払い、離婚することになりました。
この例のように、社会で活躍している経済力のある既婚女性が、仕事の現場で輝いている男性たちと出会ってときめき、不倫に走る傾向が見られますね。
結婚には法的義務がある
不倫をした人からは「不倫は悪いことと言われているけれど、恋愛は自然の純粋な感情に基づくものだから、どうしようもないではないですか?」という質問を受けることが多々あります。現代は自由に恋愛できる時代ですから、不倫といえども恋愛の一場面でしかない、その程度に思ってしまうのでしょう。
しかし、不倫は民法で不法行為に該当します。だから法的に慰謝料を請求されるわけです。なぜ法に触れるのかというと、結婚すると、肉体関係は婚姻相手とだけもつという法律的な義務(貞操義務)が生じるからです。これを破ると不貞行為となります。
「配偶者以外の異性と自由な意思に基づいて性的関係をもつこと」というのが不貞行為の定義。たとえ1回でも性的関係を持ってしまったら、これに該当します。例えば、飲み会の帰りに、酔った勢いでセックスした場合でも不貞行為には違いありません。逆に、異性と一緒に一泊旅行に行ったとしても性行為を伴わないプラトニックな関係ならば法律的には不貞行為にはなりません。だた、それももちろん程度の問題。状況によっては、裁判上の離婚原因の1つである、婚姻を継続しがたい重大な事由に該当することもあります。
不倫が発覚したら、不倫された側は、精神的苦痛を受けたとして、不倫した配偶者に慰謝料の請求ができます。そして同時にその不倫相手にも請求できます。
また、不倫された側は不倫した配偶者に離婚請求ができます。しかし、不倫したほうから離婚を請求はできません。離婚して不倫相手と結婚したいと思っても、配偶者がノーと言えば離婚はできない。好き勝手なことをして自分から別れたいというのは誠意に欠けるというのが司法の判断なわけです。
このように、結婚は男女が夫婦になる「契約」なんです。そこには当然、相応の法的義務が生じます。きっかけはほんの出来心だったとしても、配偶者のみならず子どもをも傷つけ、社会的信用をなくして失職、家族が精神的ストレスから心の病を発症等、大変な結果を招いてしまう可能性もあります。不倫により傷つけられる人が発生することと、不倫によって背負うリスクをしっかりと理解し、一時の誘惑に惑わされず、分別ある行動をとることが必要ということです。
<夫婦の半数は不倫予備軍>
臨床心理士 西澤寿樹
相手の不倫をめぐる男女差
男性と女性とでは、不倫が問題化したときの反応の仕方が大きく違います。妻に不倫された夫の場合は、「別れるか、許すか」の二択になることが多い。男性は頭で考えて割り切りますから、決断も早い。不倫相談のカウンセリングをしていても、男性には「別れるならさっさと別れたい」とおっしゃる方も多いんですね。
しかし、女性の場合は、一般的な傾向として、情緒的に受け止めます。不倫した夫を一度は「許す」と決めたのに、情緒的にはなかなか納得がいかない。矛盾やフラッシュバックに苦しむわけです。以前カウンセリングしたケースにも、夫に不倫された後、なかなか立ち直れなかった奥さんがいました。離婚はしたくないから夫の不倫を許したものの1年経つけど不意に思い出してしまう。仕事も家事も手につかない状態で夫のことをずっと責め続けてしまう。ご主人はそんな妻の姿を見るに見かねて、一緒にカウンセリングにいらっしゃいました。カウンセラーは、心理的な傷を癒すと同時に、ご夫婦の間で癒やし合えるコミュニケーションを構築していくことになります。
夫婦問題の歪みはセックスに表れる
そもそも「不倫」は、なぜ起きるのか。当事者のどちらか、あるいは両方ともが結婚している事実が不倫の背景にあるわけですが、夫婦関係が円満な状況では、不倫はなかなか起きません。つまり、結婚生活に対して何らかの問題があることが、不倫を引き起こすわけです。夫婦の問題というのは、私がカウンセリングを行ってきた中では、最終的にはほとんどの場合、「セックスの問題」として表面化するのです。
夫婦生活が不仲になる原因は、性格の不一致、家事や育児のストレスなど、いろいろな要素が絡んでいますが、そうした問題の結果、相手に怒りや恐怖を抱えていると、配偶者とはセックスする気になれなくなり、自然とセックスレスになっていく。2014年に日本家族計画協会が行った調査によれば、既婚者のセックスレスの割合は44.6%。約半数近くにも上ります。つまり、半数近くの夫婦が「不倫予備軍」と言ってもいい状態にあります。夫婦間のセックスは減っても、性欲そのものがなくなったわけではないので、そこに魅力的な相手が登場すれば、停滞した夫婦関係を壊す強力なきっかけになるわけです。
ただ、セックスというのは、「しなさい」と言われても、できるものではない。お互いの信頼関係があり、コミュニケーションがきちんと取れている関係でないと、情緒的に豊かなセックスをするのは難しい。例えば、「セックスレスの夫婦だったのに、妻が不倫することによって心に余裕ができて、前より夫に優しく接するようになった。すると夫も妻とセックスしたくなって、セックスレスが解消した」という場合もありました。もちろん、これはかなり珍しいケースですし、そもそもそういう解決でよいのかどうかは、価値観によるので、いいとも悪いとも言いにくいですが、人間の感情はひと筋縄ではいかないところがありますね。
とにかく「性」というのは、人間を動かす大きなパワーを持っています。「たかがセックス」と考えることなく、幸せな家庭が続いていくためにも、真剣に向き合って欲しいですね。夫婦間の性の問題から目を背けている限り、不倫問題の解決の糸口は見えてこないと思います。
<フランス社交界では不倫は文化>
仏文学者 鹿島茂
結婚は「商行為」だった
「不倫」といえば、まさにフランス文学の真骨頂。恋愛小説が多いように思われますが、20世紀前までは、一部を除いてほとんどが「不倫小説」なんですね。というのは、フランスでは家族制度や社会的システムが、不倫を生みやすい構造になっていたからです。
なぜそうなったか。20世紀に入ってアメリカの影響を受ける前まで、フランスの中産階級以上の家庭では、娘は寄宿学校へ行かされた後、家で花嫁修業を行なってから、親の決めた相手と結婚します。結婚というのは「契約」であって、財産と財産のマッチングを図る場。双方がまるでプロ野球の交渉みたいに、財産について細かく議論し、合意したところで結婚承諾となります。条件が合わないと結婚交渉決裂というわけ。いわば、結婚は一つの商行為であり、そこに愛情が入り込む余地はありませんでした。娘は結婚のための大事な商品。厳しい寄宿学校に閉じ込めて、傷をつけないように育て、できるだけ良い条件で結婚させたいわけです。
男は妻の不倫相手に嫉妬しない
女性は結婚して子どもを産むと、子どもはみんな乳母に預けて、本人は子育てをほとんどしません。そして、子どもを産んだ後は社交界に出て宮廷に仕えます。その段階になって初めて、女性は自由を手に入れることになるのです。華やかな社交界には、当然、男性も出入りしていますから、素敵な出会いもあるでしょう。そこで恋愛が生まれないはずがありません。社交界は、既婚者の恋愛=不倫を大前提とした世界と言えるのです。
そうなれば、自分の妻が貴族の若い男性と恋仲になることだってあります。でも、夫がそれを嫉妬するというのは、はしたないこと、野暮ったいこととされたんですね。夫は妻に嫉妬しないのが、成熟した男のたしなみ。財産のマッチングによる結婚のあとは、お互い、私生活には一切干渉しない。ですから、ダブル不倫なんていうのは日常茶飯事。夫は夫で、パトロンとしてオペラの歌姫や高級娼婦を愛人にし、知識や常識を与えて愛人を教育していきます。
フランスでは事実婚がほとんど
時代は下り、現代のフランスでは、結婚は事実婚がほとんど。その割合は現在も高くなっていて、今のオランド大統領からしてそうでしたからね(現在は事実婚を解消)。多くのカップルは、夫婦でいるのが嫌になったら単純に別れればいいと考えていて、不倫という概念も、あまりありません。籍を入れるのは遺産相続が絡んでくる資産家だけです。
一方、日本は父、長男、その子どもの三世代同居が根強く残っています。これは非常にモラルに厳しい家族制度ですから、不倫していいという社会にはなりにくいでしょう。ただ、モラルに反した秘めたる行為だからこそ、日本人は不倫に快楽が伴うのかもしれません。フランスのようになったら、果たして日本人が不倫に心をときめかせるかどうか、わからないですね。
【制作協力】
夜間飛行
【イラスト】
どいせな
【写真】
撮影:岡村大輔、安部俊太郎
写真提供:アフロ