「ロバートの秋山によく似た女性ウェディングプランナーがいる」――そんなネットの記事がきっかけで存在を知った人は多いかもしれない。秋山竜次が様々なクリエイターに扮する連載企画「クリエイターズ・ファイル」が人気だ。秋山は「その業界にいそうな人物」にひたすら憑依し続ける。
今回、彼が選んだのは女性シンガーソングライター。それが決まったのは収録の2日前で、詳細は本番直前まで「決まっていない」という。秋山は果たしていかにして「なりきる」のか。その瞬間を見るため、収録現場に向かった。
(ライター宮本恵理子/Yahoo!ニュース編集部)
場所は都内の音楽スタジオ。プロ仕様の本格的な空間にスタッフやエキストラが集まり、新宿ルミネでの出演を終えた秋山の到着を待つ。エキストラといっても大半が素人で、企画の詳細は何も知らされていない。
「おつかれさまです!」。張りのある声の挨拶と共に秋山が到着すると、すぐに会場のチェック、続いてヘアメイクと衣装の打ち合わせが始まる。
現場を共にしてきたスタッフは言う。「どんなに急に決まっても、秋山さんのビジュアルイメージは明確。今日は、アニメ『YAWARA!』のテーマソングに出てきたラフなヤワラちゃんの服装のイメージで、と言われました」。
特にこだわるのはカツラ。リアルさを追求するため、生え際や毛先の細部まで決め込んでいく。撮影のメインスタッフとして第1回から担当するのは浅田政志。国内の写真賞の権威である木村伊兵衛写真賞受賞経験もある。現場で秋山の言葉を引き出し、文章化するのは、人物取材に定評のある山内宏泰。本物の一流クリエイターのドキュメント取材さながらのスタッフで、現場は固められている。
小道具や音の確認を終えると、本番へ。といっても、どんなセリフが飛び出すか、この時点で誰も知らない。秋山自身も知らないのだという。
控室から、エキストラが待つ部屋へと数メートル歩く間に、秋山の表情がふと変わった。「国松ちえり。この名前でいきます」。
「よし」。小さくつぶやいた後の秋山の目線の合図でカメラが回り出した。その場にいるエキストラは「秋山扮するシンガーソングライターの脇を固めるミュージシャン」という設定だけ知らされているのだという。
「今日は皆、私のために集まってくれてありがとう。国松ちえりの復活ライブ、絶対成功させたいと思っています! さっそく、セットリストを相談したいんだけど…」
途切れることのないアドリブのセリフがあまりにもリアルで、その場にいる誰もが「いるいる、こういう人」と心の中でつぶやいていた。
「どのキャラクターも、演じるというより『あの格好してみたい』という願望が出発点ですね。動画再生が110万回を超えたウェディングプランナーの揚さんは『インカムつけたい』が出発点だったし、今回の国松ちえりであれば、顔にペッタリ張り付いた髪の毛。この髪型からイメージを膨らませていく形で、人物像ができあがって、なりきったら勝手に言葉が出てくる感じなんですよ」(秋山)
これまで世に送り出されたキャラクターは、「テクニカル・サウンド・アレンジャー 重松光」「メディカル・チームドクター 横田涼一」「トータル・ファッション・アドバイザー YOKO FUCHIGAMI」「プロスカウトマン荒井裕二郎」など、派生企画も含めると20を超える。肩書きを含めてすべて秋山の空想の産物だが、「いるいる!」「クオリティーが高過ぎる」と注目を集めてきた。
ネットニュースで話題になった「クリエイターズ・ファイル」だが、連載が始まったのは全国の大手書店で無料配布される月刊フリーマガジン『honto+(ホントプラス)』だ。写真とインタビュー原稿で構成される毎回4ページの“リアル過ぎる”インタビューページとして、2015年4月から始まった。
発行と同時に配信されるYouTube動画のコンテンツがネットで話題となり、2016年9月時点での累計再生回数は1300万回を突破。まとめサイトに掲載された6月には、「クリエイターズ・ファイル」から『honto+』のサイトへの流入数も急増した。
この日の収録にかかった時間は約6時間。終了時刻には日付もかわり、秋山は38歳の誕生日を迎えていた。芸歴18年。言うまでもなく売れっ子である。多忙を極める中、月1回の連載のために捻出する時間は膨大だ。キャラ決め、収録場所や衣装の選定など事前相談だけでなく、収録後のゲラチェックには2度3度と時間が許すだけ手間をかける。企画のプロデューサー・編集者、コルク副社長の三枝亮介と、とことん“ばかばかしさ”を追求する。
「いやだって、自分で笑っちゃうくらいばかばかしいですよ。こんだけ手間かけて何やってんだと。やっていること自体がボケですから。こんなに贅沢な“ままごと”を許してもらえるなんて、芸人冥利につきますよ」
秋山自身はツィッターなどSNSの発信をしていない。掲載媒体も創刊から年数が浅いフリーペーパーであり、決してメジャーとは言えない。コンテンツの力だけが拡散の源となった。人気の火が付いたきっかけは動画だが、秋山自身が力を入れるのはあくまで“紙”の媒体だという。
きっかけは『honto+』から秋山への企画持ち込みだった。「4ページの誌面を使って何でもやっていいって言われて、驚きましたよ。物語を書いてみようかとも一瞬考えたんですけど、そんな力もないですし、『やっぱり自分自身が出て見ている人を笑わせたい』って気持ちが沸いてきたんですよね」
芸能人が“紙での表現活動”に挑むことは少なくないが、そのほとんどは旅や小説、料理など“本業”以外の特技から生まれている。その点、秋山の場合は“本業一本”で紙にも挑んだ。
「僕にとっては一つの挑戦なんですよ。いかにして、紙という舞台で笑いをつくっていくか。紙の表現はメインとなる写真が肝だと思うので、究極の1枚を撮るために徹底的にこだわってやっています。動画でしゃべる内容はその場のアドリブを活かしたフレーズですが、紙媒体なら納得いくまで直せる。校了日の直前に肩書き全部変更、なんてしょっちゅうやっています(笑)。バージョンアップできることが紙媒体でできる強みだから、紙ならではの笑いの世界もたくさんの人に届けられたらうれしいですね。いや、ほんと、何やってんだか…って自分でも思うんですけど」
はじめはどこまで自由にできるのか半信半疑だったという秋山だが、連載1回目のゲラが仕上がってきた時に肝が据わった。
「ロバートの秋山という名前はほとんど見せずに、徹底的に“なりきる”ことにしていたんです。『なんだこれ、マジでストイックにやっていいやつだ。これを1か月に1回やれるんなら絶対続ける。最高だ』って思いましたね」
大の大人たちが総力をかけた“壮大なごっこ遊び”。人気が追い風となり、これまで扮したクリエイターをまとめた書籍もいよいよ発売となった。「憑依芸人・秋山」がパッケージ化されたかのような1冊ができあがったことは、「イっちゃいそうなくらい嬉しい」。
「憑依し続けてきてよかったなぁとしみじみ思います。僕の芸風って漫才でもなく、キャラもののコントで貫いてきて、自分としてはやってきたことはずっと変わらない感覚なんです。紙媒体の表現にすることで、『あ~、いそうだね』と思わせる完成度を目指したら、より芸を突き詰めることができた。そんな感じかもしれないですね」
「本が出来上がったら、一人で島の民宿にでもこもってニタニタしながら読みふけりたいですね。ここに載っている話を台本のネタとして、ロバートのコントでやる。そんな展開も大いにありだと思っています」
紙とウェブ、そして舞台。それぞれのメディアの持ち味を使い分け、コアである芸風を磨く。芸人・秋山竜次の「憑依芸」に、これからも目が離せなさそうだ。
秋山竜次
1978年生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。お笑いトリオ「ロバート」のボケ担当。キングオブコント2011優勝。クリエイターズファイルは今回の国松ちえりで18人目。9月27日〜10月2日、渋谷ヒカリエにて「クリエイターズ展」を開催。過去のクリエイターたちをまとめた単行本「クリエイターズ・ファイルVol.1」も発売中
宮本恵理子
ジャーナリスト、ノンフィクションライター、編集者
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」「日経EW」「日経ヘルス」の編集部に所属。2009年末にフリーランスとして活動を始め、主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆する。編集者として書籍、雑誌、ウェブコンテンツなども制作。