ゾンビがうごめく館から脱出を試みる「バイオハザード」や、化け物に立ち向かう「サイコブレイク」。ゲームクリエイターの三上真司氏(55)は、これら「サバイバルホラー」を生み出した人物として世界で名高い。だが、本人は生みの親と言われるのを嫌い、大手ゲーム会社から独立し、開発に専念する。彼のゲームはなぜ高く評価されるのか、何にこだわって制作しているのか。話を聞いた。(ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース 特集編集部)
■新型コロナの制作現場への影響
──2020年は新型コロナウイルスの感染が拡大しました。制作現場に大きな影響はありましたか。
影響はありました。僕らもテレワークでの作業が多くなってきました。たとえば制作中の画面を共有しながら、スタッフとミーティングしたりとかね。これまでより、コミュニケーションがよくなったり、作業に集中できたりする面もありますが、ゲームのおもしろさにつながる、磨き上げや、調整のような部分はテレワークでは難しいとも感じています。
──どういうところが難しいですか。
ゲームは操作して動かして、感じるものなので、微妙な表現を伝えにくいんです。たとえば、主人公が敵から身をかわしたり、敵に向かっていったりする動き。目の前にスタッフがいれば、自分の体を左右や前後に動かして、「ほら、こうやってズバッと出るのよ!」と身ぶり手ぶりで伝えられますよね。でも、テレワークではそうはいかない。また「画面共有」で動いているゲーム画面を共有しても、通信環境によってはテンポ感が正確に伝わらないこともあります。ゲームにとって大事なところがすごく伝えにくい。
──それに耐えて、制作されていると。
もうイライラするし、まだるっこしいですけどね。でも、若いスタッフはメンタリティーが安定していてすごいですよ。僕の若い頃と違って、8時間勤務とかしっかり守ってますから、健全ですよ。
表情も豊かに語るタンゴゲームワークスの代表、三上真司氏は世界のゲームユーザーから「サバイバルホラーの生みの親」として慕われている。同志社大学を卒業して1990年にカプコンに入社すると、96年にディレクターとして「バイオハザード」を開発。累計出荷本数488万本以上に及ぶ大ヒットを生み出した(2020年9月現在)。続くシリーズではプロデューサーとして人気を不動のものに。2005年に再びディレクターとして同シリーズ「バイオハザード4」を制作。840万本以上というさらなる大ヒットとなった(同)。
■1発撃ってもまだ迫ってくる恐怖感
──三上さんは海外メディアからの取材も多く、評価も高いです。
ありがたいことですが、アメリカやヨーロッパとか、海外を意識してこれまで制作してきたわけじゃないんです。「世界を意識したゲームづくりって何ですか」と聞かれたことあるんですが、そもそも意識してないからわからない。
──ただ、「サバイバルホラーの生みの親」という表現をしばしばされてきました。
そうなんですけど、ほかにもさまざまつくっていますよ。サバイバルホラーだけの人と思われるのはちょっと抵抗あります。若い頃はディズニーのゲームだって3本つくってますから。若い女性に対しては、「バイオ」をつくった人よりも、「アラジン」のゲームつくった人というほうがウケがいいです(笑)。普通につくったホラーが、ユーザーにおもしろいと評価してもらっているのだと思います。
──「バイオハザード」はウイルスに感染したゾンビなどが迫ってくるなか、それらを倒して進んでいくゲームです。何が一番ユーザーに響いたと思われますか。
最初の「バイオ」というゲームは(キャラクターを素早く操作する)、アクションゲームに見えるんですが、じつはシミュレーションゲームのような考え方でつくっているんです。ゾンビを銃でパンパン撃って倒していくだけだと、ただのアクションゲームです。でも、バイオは1発撃ってもゾンビは死なない。迫ってくるのでまた撃つ。でも再び迫ってくる。「えっ、まだ死なない」と驚いてまた撃つ。「どうしよう、やばいやばい……」とユーザーが焦りながら、恐怖感が芽生えるわけです。
システム的には、アクションよりもシミュレーションゲームに近いんです。だから、設定はさまざま考えました。1発撃ったら何センチ迫る、ゾンビの体力はある程度ランダムにする、弾や持ち物に限りがある……。そうした条件を細かくつくっている。厳しい条件があるから、ユーザーは恐怖や緊張を覚えるんです。
──そんななか、やっとゾンビを倒すとほっとします。
そう、その緩和というか、ほっとするところに気持ちよさがあるんです。ゲームの本質は緊張と緩和というのが僕の持論です。それを「バイオ」はうまく表現できたんだと思います。
■「バイオ4」で隠していた仕組み
──再び手掛けた「バイオハザード4」では、YouTubeが始まってまもない頃から、ユーザーがプレイ動画をアップするほど世界で人気でした。多くの人がはまったのはなぜでしょう?
じつは「バイオ4」では、プレイするユーザーの腕によって難易度を調整するというシステムを取り入れています。もともとゲームを始める際の設定に「アマチュア」「ノーマル」「プロフェッショナル」という難易度の選択がありますが、それではありません。ユーザーには見えない、隠れた仕組みです。
──どんな仕組みですか。
たとえば、ある地点までのプレイで、どれだけ時間がかかったか、敵の攻撃をどれくらい食らったのか。あるいはヘッドショットで何体倒したか。そういうユーザーのプレイを判別する。下手な人には難易度を下げるし、うまくやっている人には難易度を上げる。そういうレベル調整を裏側で10段階でやっている。だから、できない人はやりやすくなるし、できる人はやや難しくなる。
──「バイオ4」が世界からの評価が高いのは、そういう見えない部分での調整もあるからでしょうか。
ですかね。あのときの開発チームは、僕が細かいことを言わなくても任せておけば、朝起きたらすごいものができている。それくらい優秀でした。当時、僕の第4開発部の中でも腕利きを集めてつくったオールスターチーム。だから、一度やって終わりではなく、繰り返しやりこめるようなゲームをつくれたのだと思います。
■ゲームの評価は企画書どころか体験版でも難しい
その後まもなく三上氏はカプコン子会社に移籍したのち、2005年に独立。10年に現在のタンゴゲームワークスを立ち上げると、米国のゲーム開発大手ベセスダソフトワークスの傘下となった。14年にタンゴの制作で「サイコブレイク」を発表すると、翌年スペインでのゲームイベント「ゲームラボ バルセロナ 2015」で「名誉賞(Premio de Honor)」を受賞した。
──開発について、親会社の米国企業とのやりとりは厳しいところもありますか。
プレゼンなんかは日本人の感覚でやろうとすると失敗しますね。直感的という部分が通用しない。全部ロジックに落とし込んで説明しないといけない。だから弁論部の天才みたいなやつがほしいです。ただ、ゲームつくっていて難しいのは、企画書の段階でものすごく考えてシミュレーションし、絵コンテが入った仕様書をつくり、「いける」と思っても、実際ゲームに実装してみると、おもしろくないということがあるんですよ。
──実際に操作してみないと、そのおもしろさがわからない。
開発をしている現場の人間ですら、そういうもんです。企画を本社に出して、予算、制作期間、セールスの予想などもして、グリーンライツ(青信号)が灯って、プロジェクトのGO!が出る。開発が始まると最初に「ファーストプレイアブル」という段階があります。プレイヤーと敵が出てきて、ちょっと戦えるくらいの仮の状態。「なんとなくこんなゲームかな」というのを理解してもらう段階。その次が「バーティカルスライス」という、体験版に近いような段階に進んでいきます。でも、「ファーストプレイアブル」ですら、大半の人にとって評価するのが難しい。ゲーム業界で15年20年やってきているベテランでも「バーティカルスライスの段階でゲームの骨組みがはっきりしない」ということがある。
──だとすると、制作している側も不安ではないですか。
一緒につくっているスタッフにそんなこと言われたら厳しい、何を信じればいいんだろうと。だからディレクターは孤独なんです。
──ゲーム制作の現場は、プログラムを書く人やキャラクターをつくる人、サウンド担当などさまざまいます。どの程度、関与されるんですか。
まず僕はスタッフを信用していますので、最初に理想や方向性を示したら、その人にかなり任せます。ただ、最初に方向性が固まるまではしっかり話しますね。たとえば、2Dのアート担当のスタッフに資料を見せながら絵を描いてもらって、ざっくばらんに話して詰めていく。いろんな資料の絵を見ながら、試しに描いて「こんな感じ?」「ここちょっと違うかな」と、少しずつ絞っていく。そうする中で、その作品の色の度合い、コントラスト、密度なども決まっていく。
それらが決まったら、あとは個々に任せる。スタッフもみなクリエイターですからね。大事なのは「一緒につくろう」ということ。だから、ディレクターの一番大きな仕事は、そのゲームとチームの方向性を示すことだと思います。
──いまの会社、タンゴにはホラーゲーム好きが集まっているんでしょうか。
“類は友を呼ぶ”を避けたかったので、ホラーをつくるようなことは伏せて募集したんです。そうしたら、ホラー好きがほとんど集まらなかった(笑)。でも、いまのスタッフはみなゲームづくりやクオリティに対して執念がある。そこによさがあります。
だから、タンゴになって制作した「サイコブレイク」(2014年)という作品は、グラフィックはものすごく緻密です。それは密度が高く、コントラストを強めに描けるグラフィッカーがとにかくクオリティを重視して制作したから。だから、ゲーム制作って一番重要なのは人なんですよ。
■「サイコブレイク」の反省
現在、新作を制作中だが、現場ではあまり前に出ず、「おじいちゃんのように」見守ることを旨としているという。それは「サイコブレイク」を制作中、自分の判断で難易度を高くしすぎてしまった反省も背景にある。
──「サイコブレイク」は海外の評価は高いですが、国内では厳しい意見もあります。
さっき言ったようにゲームでは「緊張と緩和」が大事なんですが、このゲームでは制作の最終段階で、緊張をグッと高めるような指示をしてしまったんです。それがほんとうに後悔でね……。その判断はちょっと時代からずれていたと思うんです。すでに高い緊張を求めるゲームの時代ではなくなっていたのに、それを求めたことで失敗した。だから、セールス的にはいまひとつ伸びなかった。あのときに、誰か僕を止めてくれていたらと思いますよ。実際、「サイコブレイク2」で難易度をゆるくしたら評判がよくなりましたし。
──三上さんでも感覚として間違ってしまうこともあるわけですね。
万能じゃないですからね……。だから、いま制作中のプロジェクトでは別にディレクターがいるので、自分は大きな部分でチェックはするけど、通したあとはできるだけ口を挟まないようにする。そこで言いすぎるとバランスがおかしくなりますから。そのあたりは難しいところです。
──ゲームのおもしろさは時代とともに変化するのでしょうか。
昔、師匠に習ったのは、ゲームで必要なのはわかりやすさと気持ちよさと信頼だと。それはいまも変わってないと思うんです。つくり手の目線だけに偏りすぎてはいけない。本当は画面を見た瞬間、直感的に「おもしろそう!」と思えるゲームがいいんです。自分の経験では、考えに考えて理屈でつくったゲームより、直感的に思いついたアイデアのゲームのほうがおもしろい。だから、できるだけシンプルにいければと思います。
ゲーム制作の世界の価値観は、制作にお金を出資した側はお金儲けしたいし、お客さんはおもしろいゲームやりたいし、つくり手は喜んでもらえるものをつくりたい。三つのトライアングルが成立しないといけない。どれかが偏るのは続かないんです。そういうものをつくっていきたいです。
森健(もり・けん)
ジャーナリスト。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、総合誌の専属記者などを経て独立。『「つなみ」の子どもたち』で2012年に第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『小倉昌男 祈りと経営』で2015年に第22回小学館ノンフィクション大賞、2017年に第48回大宅壮一ノンフィクション賞、ビジネス書大賞2017審査員特別賞受賞。公式サイト
「サイコブレイク」、「サイコブレイク ザ・コンセクエンス」、「サイコブレイク2」クレジット:
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