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緑慎也

日本でも進む「食品ロス削減」 飼料化、激安販売、テイクアウト…活路を開いた人たち

2020/12/09(水) 18:14 配信

オリジナル

まだ食べられるのに廃棄される食品は、日本で年間612万トンにものぼる。これは1人が毎日、ご飯茶碗1杯分の食べ物を捨てている計算になる。そんな食品ロスを減らそうと、各地でさまざまな動きが起こっている。廃棄食材を豚の飼料に加工する業者もあれば、賞味期限が切れた商品を激安販売したり、施設に寄贈したりする業者もある。「もったいない」思いから、食品ロスはどう減らされるのか。現場を回った。(取材・撮影:サイエンスライター・緑慎也/Yahoo!ニュース 特集編集部)

翌日が「消費期限」なのに廃棄

周囲に畑や工場が広がる一帯。神奈川県相模原市の「日本フードエコロジーセンター」には、朝から運搬業者のトラックが次々と乗り入れる。荷台から下ろされるのは大量の廃棄食材だ。

相模原市の日本フードエコロジーセンター

キャベツやニンジンといった野菜の切れ端、売れ残ったおにぎり、食パンの耳……。明らかに賞味期限が切れている食材もあれば、まだ食べられそうなものもある。1人分ずつ茹でられたパスタ、色味もきれいなベーコンブロック、みずみずしい色のレタス……。

「ここに運ばれてくる食品廃棄物は1日約35トン。それを次々に処理していくのです」

大量のベーコンブロックやパスタ

社長の高橋巧一さんが工場内を指しながら言う。同社は食品廃棄物を素材に、豚の飼料を製造する企業だ。

運ばれてきた廃棄食材は破砕機の大きな口に放り込まれると、殺菌処理や発酵処理をされ、カルシウムやアミノ酸などを添加されて、24時間後には豚用の飼料に生まれ変わる。

運び込まれる食材には、廃棄物と言えないものもある。この日に届いたクロワッサンや食パン。それらは個包装で、消費期限は取材日の翌日だった。つまり、まだ販売可能な食品が消費期限の前日に廃棄され、ここに運ばれてきていたのだ。高橋さんは言う。

「たしかに、もったいないなぁという気分になりますよね」

大量の食品廃棄物を破砕機に投入し、豚の飼料に加工する

焼却するより安く引き取る

2015年、国連は「持続可能な開発目標(SDGs)」を採択。その中で「つくる責任、つかう責任」をテーマとして「世界全体の1人あたりの食料廃棄を2030年までに半減する」というターゲットを掲げた。日本では2017年度に年間2550万トンの食品廃棄物が出されているが、農林水産省・環境省によるとそのうち食べられるのに廃棄される食品は612万トンだという。

こうした中、食品ロス削減に動き出している人たちがいる。日本フードエコロジーセンターもその一つだ。

同社に納入される食品廃棄物は2種類。一つはスーパーマーケットや百貨店など小売店から出る売れ残りや調理の途中で出たくずだ。おもにパンやおにぎり、野菜の切れ端など。もう一つは食品メーカーや飲食チェーンの加工工場の工程などで出る食品ゴミで、こちらは大量だ。提携する事業所は185カ所以上だと高橋さんは言う。

小分けの調理パンからビニール袋をはいで分別する

「ここに運ばれてくるものは、従来、焼却場へ直行していたものです。廃棄物を焼却処分する場合、処理費用は1キロあたり約50円。私たちはその半額以下で引き取っています。全国の自治体のゴミ処理費の総額は年間約2兆円で、その金額のうち4、5割は食品です。多額の税金が使われていて、これを減らすには経済と環境を両立させる持続可能な事業が必要です」

高橋さんがこの事業に関わりだしたのは2004年。当時顧問として招かれた鉄道会社の子会社で、食品廃棄物を飼料化する事業を始めた。2013年、鉄道会社の資本を離れ、日本フードエコロジーセンターとして独立した。

食品廃棄物でつくる豚用の飼料は固形ではなく液状だ。高橋さんによれば、「液状飼料は消化効率がよく、乳酸菌の働きに整腸作用もあり、疾病率も低下させる」とのこと。1日42トン製造し、関東近郊の15戸を超える養豚農家にタンクローリー車で配送している。

高橋巧一社長

同社では、食品メーカーらが廃棄量を減らせるように、毎月リポートを送っている。

「どんな品目の食品廃棄物が、いつ、どれくらい工場に入ってきたのか。それを分析したリポートを毎月作成しています。食品ロスを減らしてもらうのが目的です」

たとえば米の廃棄量は、多い時期と少ない時期がある。それをあらかじめメーカー側が知っていれば、米の使用量を減らすことができる。ただ、廃棄物が減れば、自社の「原材料」も減ってしまうことになりそうだが、高橋さんは、そんなことはないと首を振る。

「一つの事業所で食品ロスが減ると、『こっちでも減らして』と別の事業所を紹介してくれます。提携先が増えるのです。ギョーザの皮の製造工場を見せてもらったことがあります。小麦粉をこねて型抜きし、余った部分をこねて型抜きし、という作業をくり返すのですが、最後にはパサパサして商品に使えない部分が1トンくらい残る。そこまで努力しても余るなら、私たちが引き取って有効活用したいと考えています」

破砕された食品廃棄物は栄養分を添加されタンクで24時間発酵される

食品ロスを生む「食品業界の3分の1ルール」

食べられるのに捨てられる食品が、なぜそれほど多いのか。食品ロス問題ジャーナリストの井出留美さんは、要因の一つに日本独特の商慣習があると指摘する。卸業者がスーパーやコンビニなどの小売店に商品を納入するタイミングは、賞味期限内であればいつでもいいというわけではないという。

「食品業界は『3分の1ルール』に縛られています。『賞味期限』までの期間を3分の1ずつ区切っていて、最初の3分の1までを『納品期限』、次の3分の1までを『販売期限』とする取り決めです。この取り決めがあるために、『納品期限』や『販売期限』という節目までに納品・販売できなかった食品は、メーカーや卸、小売の段階で廃棄されてしまうものが多いのです」

たとえば「賞味期限」が6カ月先の商品。製造後2カ月の「納品期限」までに卸業者が小売店に納品できなかった場合、商品は卸からメーカーに返品される。次に、もし小売店に納品されても製造後4カ月までに店舗で売れなかった場合、今度は「販売期限」を超過したとして小売から卸に返品される。いずれの場合でも、返品された商品は廃棄される可能性が高い。

(図版:ラチカ)

そんな食品ロスを減らすため、2012年から農林水産省は「3分の1ルール」の見直しを推進している。大手スーパーチェーンではお菓子や飲料については「納品期限」が「賞味期限」の2分の1まで延びた。しかし、その他多くの商品は今なお3分の1ルールのままだ。ものによっては6分の1といった厳しい「納品期限」を課す小売店も存在すると井出さんは指摘する。

「他にも小売店が食品メーカーに欠品を許さず、欠品したら罰金を求める『欠品ペナルティー』、前日納品した商品の賞味期限より1日でも古いものを納入しない『日付後退品拒否』など、小売店に圧倒的に有利な商慣習があります」

一方、賞味期限が長く、廃棄までに時間的余裕があれば、有効活用することも可能だ。大阪市のフードロス削減ショップ「エコイート玉川店」を訪ねた。

賞味期限切れの災害対策用食料

賞味期限の切れた商品を激安販売

平日の午後3時過ぎ、数人の客がいる店内。棚には、袋麺40円、缶コーヒー54円といった破格の安値商品が並ぶ。1袋200円のスナック菓子が50円弱など定価の4分の1のものもある。安い理由は、通常のスーパーなら置かないような商品が中心だから。同店を運営するのはNPO法人「日本もったいない食品センター」だ。

数百点の商品のうち、賞味期限が「切れた」ものは2割ほどあり、残りは期限が迫っている。代表理事の高津博司さんは言う。

「期限を過ぎたら食べないほうがいい『消費期限』と違って、『賞味期限』はおいしく食べられる期限。その期限を過ぎても食べられます。どれくらい過ぎても食べられるかは、材料、保存状態、包装などによってまちまち。私たち自身が味見をしたり、食品メーカーに尋ねたりして確かめて、安全かつ美味しく食べられると判断したものを提供しています」

エコイート玉川店

高津さんが仕入れているのは、「賞味期限」が迫ったことで廃棄対象となった商品だ。メーカーや問屋などからいらなくなったものを引き取り、格安の料金で販売する。安全性の面から「消費期限」の商品は扱っていないという。

高津さんは高校を卒業して海上保安庁に就職。警備救難業務を担当したが、退職後、2005年に中国から商材を仕入れ、業者に卸す輸入商社の仕事を始めた。その事業を続ける過程で、食品メーカーとのつきあいも広がり、食品の期限と廃棄の問題を知った。販売を始めたのは2016年。最初はネット上で賞味期限間近や賞味期限切れのレトルト商品などの販売から始めた。

「私もはじめは賞味期限切れのものなんか絶対食べたくないと思う人間でした。でも、食品に関する知識が深まるうちに考えが変わりました」

代表理事の高津博司さん

高津さんの商社はもともと食品を扱っていなかったが、その取り組みが口コミで広がると食品メーカーや卸から「うちの商品も引き取ってほしい」という依頼が舞い込んだ。食品を保管し続けるのは大変で、廃棄するにしても費用がかかるが、それらを高津さんが買い取ってくれるからだ。商品そのものに値段がつかない場合も運送費は高津さん側が出すので、メーカー側にはありがたい話だった。

ただ、その事業より前に、高津さんは「賞味期限」食品を有効活用する活動を始めていた。福祉団体への食料支援=寄贈だ。

2015年、賞味期限まで1カ月以上あるお菓子を10トントラック1台分ほど引き取ることになった。仕入れ値は安かったが、余ってしまう可能性が高い。それならどこかに寄贈しようと、児童養護施設などに打診した。だが、各方面で断られた。賞味期限について理解を得られなかったためだ。

日本もったいない食品センターの倉庫

どこなら寄贈できるのか。自社のスタッフに探してもらうと、いくつかの社会福祉協議会と関係ができ、複数の寄贈先を紹介してもらえるようになった。当初、よく寄贈したのはお菓子で、夫からのDVで逃れてきた母親と子どもが入居する母子生活支援施設に届けたという。

「届けに行くと、お菓子をもらって目を輝かせている子どもたちを何人も見ました。最初は余っている食料を飢餓に苦しむ海外の国にどんどん送ればいいと単純に考えていたんです。でも、この日本で、都会の大阪でも満足に食べられない人たちがいる。食品を安く仕入れる力のある自分がたまたま食料を必要とする人たちに出会った以上、何とかしなければならないと思いました」

NPO法人として日本もったいない食品センターを設立し、2019年4月に「エコイート玉川店」を開店した。その後、関西を中心に東京、高知、沖縄など現在までに9店舗を展開している。また、福祉施設や生活困窮者への支援も年々広げている。

エコイート玉川店

高津さんは、店舗を増やしていく予定だが、この事業の規模が一定の範囲を超えないようにしている。

「限界なしに出店すると、通常の流通を邪魔するからです。それでもいずれ日本の生活困窮者をみんな救えると考えています」

手軽に「持ち帰り容器」をオーダー

日本フードエコロジーセンターも、日本もったいない食品センターも、家庭や飲食店での「食べ残し」は取り扱っていない。だが、「食べ残し」は最も身近な食品ロスともいえる。それらを防ぐ試みも広がり始めている。

すかいらーくホールディングスは今年9月、「ガスト」「バーミヤン」「ジョナサン」の各グループ店で食べきれなかった料理を持ち帰るための容器「もったいないパック」の無料提供を始めた。

ガストのメニューのタブレット端末

広報室の横田真紀さんによれば、メニューのタブレット端末で持ち帰り容器をオーダーできるようになったのは9月からだが、持ち帰り容器を提供すること自体は以前から行われていたという。

「弊社は1970年にすかいらーく1号店を東京都府中市にオープンさせました。古い社員に聞くと、オープンまもない時期から持ち帰りを希望するお客様には入れ物をお渡ししていたようです」

同社が食べ残しの持ち帰りを推奨しだしたのは、食品ロスへの全社的な取り組みの一環だという。全国10カ所にあるセントラルキッチン(大量に調理を行う施設)で、各店舗の需要に合わせて調理素材を調整する取り組みもそうだし、店舗でご飯の量の「少なめ」を選択できるのもそうだ。横田さんはこう説明する。

「食品ロス削減という大きな目標もありますし、なによりお客様に残さず召し上がっていただくのが大事。『もったいないパック』もそれが簡単にできればという流れですね」

ガストの「もったいないパック」を利用

食品ロスの削減は「リデュース」から

前出の食品ロス問題ジャーナリスト・井出留美さんは、2019年10月に食品ロス削減推進法が施行されてから、この問題に取り組む組織や個人が増えてきたと指摘する。

「この法律が施行される前後で、『食品ロス』という用語のメディア登場回数は明らかに増えています。コンビニで大キャンペーンの末に大量に売れ残り、廃棄処分されることで話題になった恵方巻きも、私たちが今年の2月3日に首都圏の101店舗を調べた限りでは、昨年より売れ残りが減り、完売しているお店も増えていました」

井出さんは、食品ロスを減らすには、まず食品廃棄の発生そのものを減らすリデュース(「削減」の意)が必要だという。

賞味期限に近い商品を安く提供する神奈川県内のスーパー

「リデュースが最もコスト削減につながります。食品の製造には膨大な水、電力などを必要とします。金銭的コストがかかるだけでなく、地球に環境負荷もかけている。食料の製造を減らすと支援に回す分が減ると心配する人もいますが、全国に約120あるフードバンクが扱う食品の総量は5000〜6000トンです。日本全体の食品ロス612万トンのわずか0.001%に過ぎません」

今年、国連世界食糧計画(WFP)のノーベル平和賞の受賞が決まった。2018年にWFPが飢餓に苦しむ人たちに送り届けた食料は390万トンだという。その約1.6倍に相当する食料が日本では1年で捨てられたことになる。

「(医療的)ワクチンができるまで、この混沌に対する最善のワクチンは食料です」

紛争とコロナ禍の二重苦にあえぐ人々を念頭に、WFPのデイビッド・ビーズリー事務局長が述べた言葉だ。私たちは最善のワクチンを捨てている現実に向き合っているだろうか。


緑慎也(みどり・しんや)
1976年大阪府生まれ、福岡育ち。出版社勤務を経て、フリーランスとして、週刊誌や月刊誌などにサイエンス記事を執筆。著書に『消えた伝説のサル ベンツ』(ポプラ社)、共著に『ウイルス大感染時代』(KADOKAWA)、『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社)、訳書に『フィボナッチの兎』(創元社)など。

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