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「もう一度小さいところから」も面白い――講談師・神田伯山が「抜け殻」だった自粛期間に考えたこと【#コロナとどう暮らす】

2020/06/17(水) 11:13 配信

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講談界の風雲児、六代目神田伯山(37)。今年2月、真打昇進と同時に伯山を襲名し、神田松之丞から改めた。公演のチケットはすぐに完売、ラジオやテレビでもファンを増やし、飛ぶ鳥を落とす勢いで駆け上がってきた。そんななか、新型コロナウイルスの影響で、真打昇進襲名披露興行は3月半ばから中止に。しかし高座のない日々にもめげることなく、YouTubeチャンネルでコンテンツを続々配信。ギャラクシー賞も受賞した。「コロナ自粛」の期間に何を考え、未来をどう見据えているのか。(取材・文:生島淳/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

(撮影:橘蓮二)

講談をやらないとすべてが虚しいだけ

今年2月11日に新宿末廣亭を皮切りに始まった真打昇進襲名披露興行は、3月10日の池袋演芸場を最後に中止が決まった。4月は高座もなし。その間、伯山はどんな生活を送っていたのだろうか。

「最初の1カ月はあくまで私個人の生活では楽しかったですよ。何もしないなんて学生以来ですから。世界が今まで通りだったら、地方にお披露目に回って多忙もいいところでしょうけど、家にこもってリセットする時間になりました。去年は年間で700席近くやっていましたから、働きすぎていたんですよ。アウトプットが続いて、インプットの時間が足りない状態が4、5年続いてましたかね。でも、さすがに1カ月を超えたあたりから、『これ、高座がないとキツいな』と思うようになりました。自粛期間中、ラジオもリモートで出演したりしてたんですが、外にも出ない、人にも会わないとなると、新鮮なことがなく、どうもうまくいかない。講談やっているからこそ、ラジオやテレビで喋ることに意味がありますし、講談というバックボーンを失った時の抜け殻感がありましたね。講談をやらないとすべてが虚しいだけでした」

(撮影:橘蓮二)

自分の人生における講談の重要性に改めて気付いた伯山。自粛生活が続くなか、家族と向き合う時間も必然的に増えた。

「カミさんはとにかくストイックなんですよ。“月曜断食”はしてるし、筋トレはするし。断食したらイライラしそうだけど、淡々としてて、『家にガンジーがいる……』と思いましたよ。すべてのものが愛おしく見えてくるらしく、庭のレモンの木の葉っぱに青虫が3匹止まっているのを見ては、『かわいい。蝶になるのが楽しみ』とか言ってて、もう、メンタル面でもガンジーになってるわけです。僕もテキトーに『本当だね』とか話を合わせてたら、ある日、庭に鳥の糞が落ちていた。鳥がその青虫を食べてしまうという最悪の結末です。『鳥、空気読めよ』と思いましたね(笑)」

(伯山注:うち1匹は無事にさなぎになり、先日蝶になりました)

YouTubeで「連続物」が花開いた

「カミさん」は女将さんとして伯山のマネジメントも担当する。長らく演芸のプロデュースを手掛け、今年2月、伯山の真打昇進襲名披露興行に合わせて、YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」を立ち上げた。

2月9日に行われた披露パーティーの様子を皮切りに、2月11日から新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場と続いた29日間の真打昇進襲名披露興行の様子を、翌日にはダイジェストで配信し続けた。伯山の高座のシーンは少しだけで、寄席の楽屋に出入りする芸人たち、春風亭昇太、三遊亭円楽、笑福亭鶴瓶、立川志らくといった人気者が、テレビでは見せない素顔を見せている。

「松之丞改め六代目神田伯山真打昇進襲名披露興行」新宿末廣亭4日目の様子(「神田伯山ティービィー」のレポート動画から抜粋)

新宿末廣亭5日目。この日のゲストは爆笑問題(「神田伯山ティービィー」から抜粋)

すると、発足3カ月ほどで、チャンネル登録者数は12万9千人、ユニーク視聴者数は126万人に達する。放送界の栄誉あるギャラクシー賞テレビ部門のフロンティア賞を受賞。YouTubeでは初めて受賞した。

「実は僕個人がいただいた賞ではなく、神田伯山ティービィーを立ち上げたカミさんの会社が受賞したことになってまして。だから、カミさんからは『あなたもいつか受賞できるといいわね』と言われてます。私は入っていないんだと気付きました(笑)。披露興行の最中は、寄席の楽屋に集う師匠方の人間模様を伝えられたのがよかったですね。ご覧いただいた方は、『こんな世界があるのか』と驚かれたんじゃないでしょうか。結構、偏っている人も多いんですが(笑)、居場所がある。寄席の楽屋はユートピアなんですよ。令和に生きる芸人の貴重なアーカイブにもなった気がしますし、満員札止めになった客席の熱気も含め、貴重な記録になったと思います」

新宿末廣亭2日目(「神田伯山ティービィー」から抜粋)

3月11日から国立演芸場で予定されていたお披露目は中止となったが、伯山は守勢に回らない。

世の中が自粛モードに入りつつあった3月13日からは、今年正月、松之丞時代に読んだ『畔倉重四郎』の全十九話を、毎日一話ずつ神田伯山ティービィーで配信。しかも4Kで撮影するというクオリティーの高さで、6月17日現在、畔倉の第一話は68万回再生を誇る。昔の講釈場で行われていた「一日一話」を読むという連続物の講談の形が現代に甦ったのである。

「1月に読んだ畔倉は、基本的に5日間の通し券しか販売していないので、東京と名古屋を合わせて800人ほどのお客様しか聞いてないんです。それと比べると、68万人っていったら、とんでもない数字ですよ。もともと、講談の連続物というのは、現代でいえばNHKの朝ドラの原型であり、マンガの連載物と同じような存在だったわけです。続き物の楽しみですよね。ところが、講談界自体が『連続物は時代遅れだ』と敬遠してしまった。現代社会では、5日間劇場に通い続けるのは困難ですからね。わずかに、私の師匠である神田松鯉や他の先生方がなんとか連続物の命脈を保ち、その財産を私が受け継いで、YouTubeというジャンルが生まれたことで、再び花開いたと思います」

「畔倉重四郎」はすべて4Kで撮影。字幕を表示することもできる(「神田伯山ティービィー」から抜粋)

伯山は、観客のYouTube体験が「アフターコロナ」の行動にも影響を与えるだろうと予測する。

「畔倉をYouTubeにアップしたことで、発見がありました。ラジオやテレビのお客さまを連続物に誘導するのは、若干ハードルが高かったんです。ところが、YouTubeならば字幕を入れたり、繰り返し見ていただけたりするので、ハードルが低くなり、すんなり連続物の世界に入っていただけた。それだけではなく、落語家の師匠方も『畔倉ってあんな話だったのか』と驚かれたようなんです。マスメディアから高座への直接ルートを敷くのは難しかったけれど、YouTubeというバイパスを挟むことで、講談へのアクセスが増え、より興味を持っていただけたと思います」

「もう一度小さいところから」も面白い

(撮影:橘蓮二)

国内の感染状況を見ながら夫婦そろって復帰の準備を進め、高座復帰の第1弾は上野広小路亭での「オンライン釈場」になった。伯山が読んだのは『寛永宮本武蔵伝』の「狼退治」だった。

「気持ち悪いくらいに全部が鈍ってましたね。体重も増えてましたし、正座をしたら軽く痺れはあるし、張扇(はりおうぎ)を叩いても、しっくりこない。自粛期間中、傍目にはたっぷり稽古する時間が取れるんじゃないか、と思われるかもしれませんが、講談師というのは“実戦”がないと本当の意味での稽古はできないことに気付きました。でも、先生方と顔を合わせられたのはうれしかったですね。演芸の世界の大先輩方は、『人生長けりゃ、こういうこともあるんじゃねえの』とあまり動じてないし、師匠の松鯉にいたっては『芸人ってのはお金がなくても食える方法をみんな知ってますからね』とか言ってました。あれ、私は知らないなあ、どんな方法だろうと(笑)」

第2回オンライン釈場の様子。「投げ銭システム」を導入しているが、第1回は「ギリ赤字だった」という(「神田伯山ティービィー」から抜粋)

「時節柄、人殺しの話ではなくて、明るい話を求めるお客さまが多くなるのかな、とは想像してます。僕の人生を振り返れば、前座時代の最初の勉強会は8人から始まった。正確にいうと、うち2人は親戚、1人は友達、実質5人からスタートしたわけで。もう一度小さいところからというのも張りがあって面白い」

6月に入って、寄席、劇場も徐々に再開。「完全にお客様が戻るのは、ワクチンができる1、2年後でしょうか」と、演芸を取り巻く環境が一時的には変わらざるを得ないのは伯山も認めている。

「演芸界に限らず日本全体のムードが沈んでいるのは否定できないですよね。でも、新型コロナウイルスがなかったら『あったであろう世界』については考えないことにしています。こういう時こそ必要なのが、未来のビジョンであり、夢じゃないでしょうか。専用の講釈場をつくるのはまだ30年以上先になりそうですけど、数年後、数十年後の講談界はこうなってる! そうした花火を上げていくのが重要じゃないかと思います。何か、花火が見られると思えば、今我慢する時間にも価値が出てくるわけで」

「松之丞改め六代目神田伯山真打昇進襲名披露興行」、浅草演芸ホールでの様子(撮影:橘蓮二)

伯山は自分のことだけではなく、業界全体のことを考え、動いている。

「今は浅草演芸ホールでは寄席も300人中170人ほどのキャパでやっていますが、興行しているということが重要だと思います。ただし、楽屋も『新しい生活様式』から逃れられなくて、楽屋が“密”になるのを避けるために、出番の30分前に楽屋に入り、高座が終わればすぐに帰らないといけません。打ち上げもなしです。前座も当番制になり、毎日寄席に行くという修行も途絶えてしまいました。それでも、どんなに人数が少なくても、芸を維持する、システムを維持することが大切でしょう」

コロナ禍によって寄席が閉じ、お披露目の場を奪われた講談師がいた。神田陽子の弟子、神田桜子である。5月に二ツ目に昇進していたものの、高座に上がる機会を奪われていた。そこで、伯山は「オンライン釈場」の第1回を桜子のお披露目の場とした。桜子は、「兄さん、伯山先生のおかげで、二ツ目になって初めて袴をはき、高座に上がることができました」と涙ぐんだ。

長い自粛の間にも、あれこれと頭を働かせ、将来につながる動きを伯山は続けていたのだ。

「今の状況だからこそできることは何なのか、とても興味があります。コロナによる自粛が明けた後に、よりよいエンタメが提供できるように模索していきたいですね。そのためにも、他のエンタメがどうもがいているかを見たい。今、エンタメは面白いですよ。こんなこと、過去に例がないんですから。試行錯誤してお客様を絞ってやっているもの、あらゆるジャンルの現場に足を運んで見たいです。今回の自粛期間で一旦リセットできたので、今後はインプットしながら、程よいアウトプットをしていく。落ち着いた真打になれたらいいですね。自分の意思もあったはずなんですけど、向かうところが分からない電車に乗ってしまったような気もして、一呼吸してようやく、目的地がはっきり分かる電車に乗り換えた気分です」

(撮影:橘蓮二)

六代目神田伯山(ろくだいめかんだはくざん)
1983年、東京都生まれ。2007年、三代目神田松鯉に入門。2012年に二ツ目昇進。2020年2月、真打昇進と同時に六代目神田伯山襲名。ラジオ番組「問わず語りの神田伯山」、テレビ番組「伯山カレンの反省だ!!」「太田伯山」に出演中。著書に『絶滅危惧職、講談師を生きる』『神田松之丞 講談入門』がある。YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」を配信中。第3回オンライン釈場が6月20日に公開。


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