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幸田大地

「保育士やめたいの私だ」仕事には追われ、給料上がらず

2016/04/28(木) 11:51 配信

オリジナル

「保育園落ちた日本死ね!!!」。そんな過激なタイトルのブログをきっかけに、保育園が政治や社会の大テーマになった。母親たちが「保育園落ちたの私だ」と声をあげた背景には、深刻な保育士不足がある。「きつい仕事なのに、賃金が安すぎる」「自分の犠牲の上に成り立つ仕事」と訴える保育士たち。その肉声に耳を傾けると、ぎりぎりの日々を送る姿が見えてきた。(Yahoo!ニュース編集部)

保育士たちを苦しめる「持ち帰り」

東京都内の自宅に、元保育士の佐藤美子さん(30)を訪ねた(名前は仮名。以下の保育士も同じ)。

匿名ブログ「保育園落ちた」が公開されてから1カ月余りがたった3月下旬の午後。国会ではこの問題で与野党がぶつかり合い、議事堂周辺では保育士の待遇改善を求めるデモが行われていた。「保育園」「保育士」が大きな社会問題となり、新聞やテレビが連日報道していた時期だ。

佐藤さんは保育士として3年間、保育園で働き、7年前に退職した。その3年間に辞めたいと思ったことが何回もあるという。

保育士は一人で何人もの子どもたちの世話をしなければならない(撮影:幸田大地)

「仕事はきつく、賃金も安い。疲れて、土日はずっと家にいる感じでした。あまりに時間の拘束が長かった。サービス残業も当たり前。子どもは可愛いけど、ほかの仕事のほうが楽だ、プライベートを充実させたい、と思いました」

保育士時代、佐藤さんの月給は手取りで月14万円ほどだった。「勤務時間に対する給料は少ないなあ、と思っていました。サービス残業も当たり前でした」。朝は7時か8時には園に出る。残業は当たり前で、夜8時まで働くことも多かったという。

"持ち帰り"もつらかった。自宅に仕事を持ち帰るケースが、保育士ほど多い職種もないかもしれない。佐藤さんも「一番きつかったのは持ち帰り」だった。発表会で使う飾り付け品などは徹夜でやっていた。材料を自分の負担で用意しなければいけないこともあった。

停車している車の中でスマホを眺める保育士。帰宅が夜遅くになることも珍しくない(撮影:幸田大地)

「待遇を上げないと、どんどん辞める保育士が増えると思います。もちろん子どもは可愛いですけど、それを仕事とするのはね......。憧れの職業ではない。自分を犠牲にして頑張る職業です」

保育士を辞めた後、佐藤さんは派遣社員の仕事に就いた。「手取りは上がりました。"持ち帰り"もない。プライベートもいろいろ出来るなあって。仕事の後で遊びに行くのも疲れないし」。残業代が出たり、有給休暇が使えたりする職場があることを、転職後、初めて実感したという。

保育士を辞めてよかった? そうたずねると、佐藤さんは「はい!」と即答した。

子どもの様子を記録し、報告することも、保育士の業務の一つだ(撮影:幸田大地)

仕事の大変さと報酬が見合っていない

保育士の有効求人倍率は昨年1月時点で、全国平均で2.18倍だった。都会になると、数字はさらに跳ね上がる。同じ時期、東京都は5.13倍。およそ5件の募集に対し、1人の応募しかない計算だ。

日本保育士協会の2013年度の調査によると、全国の保育園の8割が保育士確保に支障をきたし、そのうち7割は「求人を出しても応募がない」ことを問題として挙げている。

なぜ、保育士の人手不足は起きるのか。東京都内で2人の女性保育士に会った。木村さつみさん(27)と田中留衣子さん(27)。2人とも現役の保育士で、7年の経験を積んできた。給与はともに手取りで月18万円ほどだという。

首都圏の保育園で働く現役の保育士たち。賃金の低さに不満を抱いている(撮影:幸田大地)

自分が保育士だと人に伝えると、「毎日楽しいですよね。子どもと遊んでるんですもんね」と言われることがある。その反応に、木村さんは強い違和感を感じている。「そういうイメージなんだ、って。だから、給料安くてもしょうがない、って思われてる」。

だが、保育士は大事な子どもの命を預かる責任の重い仕事だと、木村さんは話す。「精神的に考えたら、結構つらい。それでこの給料というのは、なんかなあ、と」

仕事の大変さと給与が見合っていない、と田中さんも言う。「20万円は欲しいです。7年も働いているんだから。結婚して子どもが生まれたら、この仕事は辞めますね」

首都圏の保育園の一コマ。子どもの食事中も気が抜けない(撮影:幸田大地)

全産業より9万円も低い「保育士の月給」

厚生労働省と文部科学省のデータ(2013年)を見ると、中学校と小学校の教員の月額平均給与はそれぞれ33.9万円、33.1万円だった。看護師も32.8万円と、30万円を超えている。これに対し、保育士は20.7万円であり、確かに高くはない。

いずれも国の試験や都道府県の免許で認められる公的な資格でありながら、保育士は他より10万円以上も低い給与となっている。それどころか、全産業の平均月額29.5万円と比べても、9万円近く低いのだ。

保育士の賃金は他の職種よりもかなり低い。それが現実だ

ほかにもある。2013年の両省のデータによれば、保育士の平均勤続年数は7.6年だった。これに対し、小中学校教員はいずれも20年近い。全産業平均も11.9年だった。保育士の継続年数は相当に短い。

厚労省は2013年、保育士資格を持ちながら保育士にならない人を対象に意識調査を実施している。トップは「賃金が希望と合わない」で47.5%。「他職種への興味」などを挟み、「休暇が少ない・取りにくい」も37.0%で5番目に多かった(複数回答)。

保育士の待遇問題をどう考えたらいいのか。この分野に詳しい日本総研の池本美香主任研究員は「保育士の賃金は保育料と公的補助金から成り立っていますから、補助金が上がらないと保育士の給料はあがりません。今の厳しい財政状況では、なかなか財源を確保できていない」と説明する。

保育園に入れない待機児童の背景には、保育士の待遇問題がある(撮影:幸田大地)

さらに、国の補助金の仕組みが、保育士の能力に連動していないことも問題だという。

「勤続年数が10年くらいまでは少しずつ上がるようになっていますが、10年以上の場合、補助金が変わらないので給料が上がっていかない。レベルアップした方には補助金も上がる仕組みが必要だと思います」

給与水準が平均的に低いだけでなく、なかなか上昇しない----。池本研究員の調査を裏付ける声はたくさんある。

首都圏の保育園で子どもの足を洗う保育士。その仕事に見合う報酬が得られているだろうか(撮影:幸田大地)

元保育士の子どもも「待機児童」に

現役の小林澄美さん(45)は東京都内でこの仕事を続けている。「保育士25年目で手取りは22万円です。入った時は14万円。25年で8万円のアップですから、そんなに変わってないですね。普通のOLさんは、もっともらってると思います」。さらに「園長先生でも30万円はもらってないと思います」と付け加えた。

政府も手をこまねいていたわけではない。昨年1月には「保育士確保プラン」を策定し、待機児童の解消には2017年度末までに、新たに6.9万人の保育士が必要だと弾いている。そのため、潜在保育士の就職支援や保育士試験の年2回実施の促進、保育所の雇用管理改善といったメニューも打ち出した。

ただし、池本研究員は「保育士不足を考える」と題したレポートの中で「保育士の量的拡充に目が向き、幼児期における質の高い教育・保育のための人材供給という考えが希薄」と指摘している。

そんな中、安倍晋三首相は今年4月26日、保育士の給与について「新たに2%相当の処遇改善を行う」と述べ、2017年度から平均月額で約6000円の賃上げを実施する考えを示した。経験に応じて待遇改善を図る仕組みの導入も行うとも述べた。しかし、それらが実現しても保育士の待遇は大きく変わらない。

この春、保育園問題が議論された国会。政治や行政の役割が問われている(撮影:幸田大地)

冒頭で紹介した佐藤さんには、2人の息子がいる。少し大きくなってきたこともあって、「そろそろ仕事への復帰を」と考えていた。ところが、この春の入園に向けて保育園への入所を申し込んだところ、落ちてしまい、次男が待機児童になってしまった。結局、仕事への復帰は断念したという。

「元保育士」の肩書を持つ母親にも、保育士不足の現実が突き付けられている。

※冒頭と同じ動画

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:幸田大地
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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