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刑法の性犯罪に関する規定、さらなる見直しが必要か

2019/12/02(月) 07:10 配信

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性暴力をめぐる無罪判決が今年3月、四つの地裁で相次いだ。刑法の性犯罪に関わる規定は2017年に大幅改正されたが、性被害の当事者団体などを中心にさらなる見直しを求める声もある。現状では犯罪の成立要件に「暴行又は脅迫」または「抗拒不能(抵抗が困難な状態)」がある。これを改めて「同意なき性交」を処罰要件とすべきか。刑法の性犯罪規定はどうあるべきか。3人の識者に法的な論点を聞いた。(長瀬千雅/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(撮影:元木みゆき、長瀬千雅、作成:桂山未知)

性犯罪の本質は被害者の不同意にある 島岡まな・刑法学者

現行の刑法が成立したのは明治40(1907)年です。当時、強姦罪の保護法益(その条文によって守ろうとしているもの)は「貞操」だと考えられていました。嫁入り前の女子の処女性や、結婚してからは夫に従属する妻としての貞淑さを保護することが目的でした。条文では「暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、二年(平成16年の引き上げ後は三年)以上の有期懲役に処する。」と定められました。

戦後、日本国憲法で個人の尊厳と男女平等が定められ、家制度が廃止されると、強姦罪の保護法益は「個人の性的自由」だと考えられるようになります。ところが、条文は変わりませんでした。女性の意思に反して姦淫(性交)をしても、加害者が暴行又は脅迫を用いていなければ処罰されません。

しまおか・まな/大阪大学大学院法学研究科教授。専門分野はフランス刑法、ジェンダーと刑事法(撮影:長瀬千雅)

実際の裁判では、暴行又は脅迫があったことを検察官が立証しなければなりません。しかも、被害者が抵抗できないぐらい強い暴行又は脅迫が必要だとされてきました。

法律を学んだり運用したりするときは「注釈書」を参照しますが、1965年の『注釈刑法』(有斐閣)の、強姦罪の注釈にはこう書かれていました。「些細な暴行・脅迫の前にたやすく屈する貞操のごときは本条によって保護されるに値しないというべきであろうか」

この言葉の根底には、家(=男系の血統)を守るために女性は必死で抵抗すべきだという、戦前の家父長制の考えが根強く横たわっています。

強姦罪(現在の強制性交等罪)が「個人の性的自由」を守るものであるならば、自由が侵されたことをもって罪を構成すべきです。つまり、性犯罪の本質は、被害者の不同意にあります。暴行又は脅迫があったかどうか、ましてや被害者が抵抗できないほど強い暴行又は脅迫があったかどうかは関係ありません。私はフランス刑法を専門としていますが、男女平等という人権意識において、日本の刑法は相当遅れていると感じます。

(図版:桂山未知)

現在の条文だと、裁判の際、「被害者が抵抗したかどうか」が問題になりますが、仮に「不同意性交罪」を考えてみると、話は逆になります。

「被告人が、相手の真摯な同意を確かめる措置をとったかどうか」が問題になります。同意の存在が違法性を阻却する(しりぞける)事由だと考えれば、別におかしいことではありません。

つまり「セックスは基本的に違法」か? そうですね。もう少し正確に言うと、「セックスに対して同意のない状態が基本」だということです。過激に聞こえるかもしれませんが、刑法では、違法=犯罪ではありません。違法性を阻却する事情があれば、犯罪は成立しません。この場合、被害者の同意がそれに当たります。

2017年の改正では、性犯罪における最も重要な論点である「暴行又は脅迫」が手つかずのまま残されました。

もう一つ、私は、性犯罪に過失犯が規定されていないのは、法律上の不備だと考えています。3月に出された四つの無罪判決のうち、福岡地裁久留米支部の準強姦、静岡地裁浜松支部の強制性交等致傷の2件は、「被告人に故意が認められない」という理由で無罪が言い渡されています。

4月11日、「性暴力と性暴力判決に抗議するスタンディング」が東京駅前・行幸通りで行われ、400人以上が参加した(写真:Duits/アフロ)

「故意が認められない」の意味するところは犯罪類型によって異なりますが、「被害者の同意があると思い込んだ」「抵抗できない状況にあるとは思わなかった」ということです。これでは被害者は救われません。過失傷害罪のように、過失であっても処罰されるようにするべきです。

法の究極の目的は人権の保護・保障にあります。刑事司法も例外であってはなりません。性犯罪の問題を被害者の立場に立って考えることができるかは、刑事法学者や法曹の人権意識の試金石だと考えています。

刑事司法をゆがませることのないように 宮田桂子・弁護士

現在の規定を変更する必要はないと考えています。

強姦罪(現在の強制性交等罪)における「暴行又は脅迫」の要件は、実際の裁判で、かなり幅広く解釈されてきました。判例では、時間や場所、被害者の年齢や精神状況なども考慮され、普通であれば抵抗できないような状況にあったのかどうかを判断します。例えば、相手の腕を押さえる、体に覆いかぶさるといった、性行為の際に当然伴う行為がされる前に、被害者がおびえて抵抗できない状況にあったのならば、そのような行為をだめ押しの暴行と考えるのです。

準強姦罪(現在の準強制性交等罪)の「抗拒不能」の要件も、被害者の年齢や精神状態、加害者と被害者との関係などを考慮して、通常であれば性交を受け容れざるを得ないと感じる場合まで含めた、幅広い解釈がとられてきました。親に嫌われたくないという理由で被害者が関係を持たされた例に適用された例もあり、監護者性交等罪を作るまでもなく幅広い処罰は可能、というのが私の意見でした。

みやた・けいこ/弁護士。性犯罪の罰則に関する検討会(2014年10月〜2015年8月)、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会(2015年11月〜2016年6月)の委員を務める(撮影:元木みゆき)

ところで、「無罪判決が出る」ということは、「検察官が犯罪の存在を立証できなかったと裁判官が判断した」ということです。

刑事裁判は、国家が刑罰権を行使するものです。無辜(むこ=なんの罪もない人)を罰することがないように、検察官が黒だと証拠で証明しないといけない、グレーなら無罪とする、事実があるかどうか迷ったら「疑わしきは被告人の利益に」といった判断の決まりごとがあります。法律でどんな罰則を置いても、この判断のルールは変わりません。

裁判官が黒ではないと判断する理由は、証拠の問題が最も大きいのです。個別の事件の判断のプロセスを十分に検討することなく、「刑法がおかしいから被害者が救われない」という一般論を煽ることは、刑事司法という制度をゆがませることになりかねません。

刑事司法の目的には、事件の真相を明らかにし、犯罪を犯した人に対して適切な刑罰を科すことと同時に、再犯することのないように更生させ、社会へ復帰させることです。

2017年の刑法改正にあたり、私は法制審議会刑事法部会で委員を務めましたが、この改正自体、必要なかったと考えています。強姦罪から強制性交等罪へ変わったとき、法定刑の下限が懲役3年から5年に引き上げられました(準強制性交等罪も同じ)。これによって、判決に執行猶予が付けるのが困難になりました。

(写真:アフロ)

刑の下限が5年だと、酌量できる事情がないと執行猶予がつけられません。酌量の余地のある殺人はありますが、性犯罪ではまず考えられません。裁判官が無罪判決を出すのは勇気がいります。以前なら執行猶予でお茶を濁せました。改正後の無罪判決には、法定刑の下限引き上げが影響しているとも考えられます。

刑の執行猶予制度や、刑期満了前の仮釈放制度は、社会生活を営む中で更生の道を歩ませることです。仮釈放には保護観察が付きますが、満期出所には付きません。保護観察中は、保護観察官、保護司による監督、指導がされます。

2008年から、仮釈放を決めるときは被害者の意見が聴取されるようになりました。当然反対意見が出ます。被害者の意向を全面的に容れて、仮釈放を認めなければ、加害者は、保護観察なし社会に戻されます。前科があれば就職先を探すことも難しい。行き場がなくて更生保護施設に入ろうにも、近隣住民の反対で性犯罪者の入所が禁じられた施設も多い。出所後、貧困や孤立で追い詰められ、再犯リスクが高まります。

加害者の更生を考えることは、加害者のためであるだけでなく、犯罪防止のためにも重要だということが、国民の共通理解になってほしいです。

(撮影:元木みゆき)

被疑者を起訴するためには、検察官が、いつ、どこで、どんなふうに起きた出来事かを、起訴状に明記しなければなりません。そのためには、検察官は、被害者から被害について事細かに事実を聞かざるを得ません。

仮に「暴行又は脅迫」の要件をなくして「同意なき性交」に変えたとしても同じです。被害者が「私は同意していなかった」と言えば済むわけではなく、検察官は「誰が見ても同意のない状況」だったことを主張・立証しなければなりません。加害者が争えば、被害者は証言台に立たなければならない。このような被害者の負担は減りません。

性犯罪の被害者の中には、早く忘れたい人もいるし、被害を受けたと認められない人もいます。長じてのちに「あれは被害だった」と気付いても、そのときには証拠が残っていないこともあるし、加害者が死んでいることもあります。刑事裁判で救えない被害者はたくさんいるのです。

被害者の怒りや悲しみに共感し、支える仕組みが社会の中には必要です。しかし、それは刑事裁判で実現すべきことなのか。

それよりも、相談窓口の拡充や、カウンセリングやケアの提供、生活の保障などに力を入れるべきです。そして、より本質的な対策は、教育を通じて、互いの性を尊重し合う社会を築いていくことだと私は考えています。

性犯罪被害者の心理を謙虚に学ぶべき 酒井邦彦・弁護士

「暴行又は脅迫」「抗拒不能」という要件を、同意の有無に代えたとしても、それによって、起訴できるケースや有罪が増えるとは限らないと思います。同意の有無・認識に関する立証をめぐる困難さは依然として残るからです。

3月に出された四つの無罪判決のうち、静岡地裁浜松支部の強制性交等致傷の判決文を見てみます。被告人は、当時25歳の女性を、両腕で抱きかかえて持ち上げ、コンビニの敷地脇のウッドデッキに座らせ、ひざの上に乗せたり、口に指を入れたりするなどの行為を行いました。このような身体的接触は性行為の態様でもあるわけですが、検察はそれ自体が暴行だとして起訴しています。暴行・脅迫をかなり柔軟に解釈している。

さかい・くにひこ/弁護士。TMI総合法律事務所。高松高等検察庁検事長、広島高等検察庁検事長などを歴任。2017年3月退官、翌月弁護士登録(撮影:元木みゆき)

裁判官も、被害者は強く抵抗したり、言葉で拒絶を伝えたりはしていないが、体格差があることや、深夜の人通りのない場所だったことなどを考えれば、「反抗を困難ならしめる程度の暴行」だったと認めることができるとしています。

ところが、被害者が反抗できなくなっていることを被告人が分かっていたかというと、その点では疑問が残る、と言う。すなわち被告人に故意がない、だから無罪ということなんですね。

故意というのは、内心の意図です。日本の刑法は、他の先進国と比較して、主観を重視する刑法だと言われています。

主観刑法のもとで、性犯罪の成否を同意の有無によるとしても、「同意があると思っていた」という弁解が通れば、同じ結果になるでしょう。むしろ、言葉の上では「いいよ」と言っていても本当の同意ではないことがあるからこそ、時間や場所、被害者の年齢や精神状況といった客観的な事情を考慮するようになってきたのに、同意・不同意という、外から見ることのできない心の中のことに焦点が移ることによって、立証がより困難になるかもしれません。

一方、同じ無罪判決でも、同居していた実の娘(当時19歳)と性交したとして、準強制性交等罪で起訴された被告人に対して、一審・名古屋地裁岡崎支部が無罪を言い渡した判決は、無罪の理由が異なります。

(図版:桂山未知)

裁判官は、被害者の意に反する性交があったことは認めましたが、「(被害者が)抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残る」としました。

判決文には、被害者が小学生の頃から虐待を受けていたこと、進学に際して経済的な圧力を受けたことなどが書かれています。精神的に父親の支配下に置かれていたことは明らかなのに、抗拒不能を認めなかったのはおかしい。

大阪高等検察庁検事の田中嘉寿子さんは、著書『性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック』(2014年、立花書房)でこう書いています。

「性的虐待の被害者は(中略)『常時反抗抑圧状態』に置かれている」
「あえて虐待する加害者の機嫌をうかがうなどの迎合的な行動を取ることも何ら珍しくない」

私の検事としての経験に照らしても、その通りだと思います。2017年の改正で新設された「監護者性交等罪」により、18歳未満の者に対する監護者による性交等は、暴行・脅迫がなく、また被害者の同意があっても罪が成立するようになりました。同書にも書かれているように、以前は、本質的には強姦や準強姦が相当なのに、被害者が一見加害者になついているように見えるという理由で、児童福祉法違反(淫行)で起訴するにとどめる例が少なくありませんでした。

(撮影:元木みゆき)

田中さんは2018年3月の論文で、イギリスの臨床心理士が提唱する「被害者の『5F』反応」を紹介しています。人は危機に直面するとフリーズし、さらに攻撃が続くと加害者に迎合します。常識では考えられないことが被害者の心の中では起きるのです。

司法に携わる人間は、謙虚に心理学や精神医学の知見を学び、被害者の心理への理解を深めることが大切です。

現在は、さらなる法改正を求めて、被害者側から社会的注意喚起が行われている状況だと思います。実際に法律を改正するかしないかは、改正した場合、立証のやり方がどのように変わってきて、それが捜査・裁判のあり方にどのような影響を与えるのかなどを、相当具体的に議論をしていかなければなりません。立場上難しいことは分かりますが、法務省は、難しいことを分かりやすく国民に伝える努力をしてほしいと思います。


長瀬千雅(ながせ・ちか)
1972年、名古屋市生まれ。編集者、ライター。

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