「この先どうしたらいいんだろうと思ってました。子どもに見られちゃいけないと思って、子どもが眠った後、ダイニングで一人泣いて」――。離婚後、母子家庭になった40代の女性はそう語った。彼女をひとまず落ち着かせたのは、自治体による家賃補助だった。安心して住める場所がないと暮らしは成り立たないのに、住居費の支出負担はひとり親にとって相当に重い。そうした女性たちに対し、「まずは住む場所を」という動きが各地で広がっている。(文・写真:当銘寿夫/Yahoo!ニュース 特集編集部)
4歳の娘と月8万円の暮らし
「ずーっと、目の前のことしか見えてない状態でした」
沖縄県うるま市。ダイニングで一人泣いていたというこの女性は、1年前までの生活をそう振り返った。
本州で家庭を築き、後に破局。2015年、夫との別居を機に当時4歳だった娘を連れ、両親が住む沖縄県に身を寄せた。別居から数カ月後には、調停で取り決めたはずの婚姻費用が途絶える。沖縄ではフルタイムの事務職に就いたが、保育園が子どもを預かってくれる午後6時30分までに迎えに行くために、職場から求められる残業も切り上げざるを得なかったという。
「ほかの子たちが親に迎えられた後、保育園で最後の一人になった子どもの、怒りと寂しさが混ざった表情……。見るのがつらかった」
別の会社へ移り、パートタイム勤務に切り替えた。手取り収入は月13万円から8万円に。これに対し、当時住んでいた2LDKの家賃は5万円だった。副業をこなすなどしても、生活費が足りない。月末になると、親に支援を頼むことが続いた。
「この先どうしたらいいんだろうと思って」
離婚の成立が見えてきた2017年10月、うるま市の「女性相談室」を訪ねたところ、母子世帯などに住まいを1年間提供する事業があると教えられた。担当職員は、それを利用したらどうか、と勧めた。そして翌月から実際に利用を始め、女性の生活は少しずつ安定していくようになる。
ひとり親に家賃補助 毎月5万5000円を1年間
離婚率の高い沖縄県では、母子世帯の割合も高い。全世帯での比率は5.46%(2013年度)。都道府県の中で最も高い。一方、沖縄県が5年おきに実施している「ひとり親世帯等実態調査」(2013年度版)によると、「国や県、市町村等に特に要望したいこと」は何かとの問いに対し、母子世帯の40.2%は「各種年金・手当等の充実」を、次いで35.1%は「公営住宅・団地の優先入居」を望んでいた。
うるま市では、母子世帯の割合が7.08%に達している。沖縄県内の自治体では3番目の高さだ。ダイニングで一人泣いたという女性も利用する「母子家庭生活支援モデル事業」(現在は「ひとり親家庭生活支援モデル事業」)は、こうした実態を背景として2013年11月に始まった。
仕組みはシンプルだ。市が民間アパートを借りて提供する。家賃上限は月5万5000円。現在は年間を通して10世帯分の予算を確保している。継続中も含め、事業を始めてからの5年間で、39世帯123人のひとり親とその子どもたちを支援してきた。
困ったひとり親を支援するにしても、新たに施設を整備するには予算も期間もかさむ。そうしたマイナスを補うため、うるま市は容易に着手できる「借り上げ」型の事業を始めたという。
メリットはそれだけではない。この事業を担当する市児童家庭課母子係長の真栄里直美さんは、こう説明する。
「母子生活支援施設の場合、支援が終わったときに施設を出ていく必要があるんです。民間アパートを借りて住んでもらうこの方法なら、お母さんや子どもたちは、支援を受けているときも受け終わった後も、その地域でそのまま生活できます」
支援は住まいの提供にとどまらない。1年間の支援期間中、月に1回、支援員と家計簿をチェックする機会がある。生活費の適切な使い方を身に付けてもらうための講座も定期的に開かれている。
事業立ち上げ時に市の担当課長だった山口直子さん(64)も「1年間、家賃が浮くので、その分、生活にゆとりができます。ゆとりができたなかで子育てを含めた生活全体を見直し、自立に向けて準備してもらうイメージです」と話す。
冒頭で紹介した女性は、2018年11月で支援を受け終えた。1年間で暮らしはどう変わったのだろうか。彼女は、こう振り返る。
「支援を受けるのに合わせて、より安く、狭い部屋に引っ越しました。支援が終わった後も、自分の給料で払えるようにと思って。半年後、パートタイム契約の更新時期に『残業はできないけれど、フルタイムで働かせて』とお願いしたんです」
希望がかない、女性はフルタイム勤務になった。子どもの迎えにも支障がなくなり、手取りも月8万円から15万円になったという。
「経済的に逼迫(ひっぱく)しすぎていると、目の前のことに必死で。1年間、家賃を心配しなくていいことで心にゆとりが持てました。貯金もできましたし、冷静に物事を見られるようになったというか。今はちょっと先のことも考えられるようになりました。自分の老後のこととかも」
実は、うるま市の事業は開始の前年、沖縄県が独自に与那原町で始めた事業をモデルにしていた。そのプラス効果を見て、県内では、うるま市を皮切りに宜野湾市、石垣市、糸満市にも広がっている。
住宅支援制度、神戸市でも
ひとり親に対する住居費の支援制度は、神戸市にもある。「ひとり親世帯家賃補助制度」で、スタートは2017年11月。「公営住宅の入居に落選した経験がある」「25平方メートル以上の住まいに引っ越した」――などの要件を満たしている場合、月1万5000円の家賃補助を最長6年間継続。年間139世帯分の予算を確保しており、2018年末時点で約110の世帯が利用している。
神戸市が支援に乗り出したのも、当事者の切実な声があったからだという。
ひとり親の1585世帯を対象とした2016年度の調査で神戸市が「住居費の負担感」を尋ねたところ、アパートなどの賃貸住居者のうち37%が「生活必需品を切り詰めるほど苦しい」との回答を寄せた。毎月の住居費が月4万円以上になる世帯を比較すると、公営住宅の利用者は9%。これに対し、民間の賃貸利用者は75%にも達した。
神戸市住宅政策課の岡本知佳子・住宅計画係長は「公営住宅に入れなかったひとり親の方に対し、家賃補助で補完していく」と明快だ。引っ越しに伴う初期費用の負担を減らそうと、保証料のうち最大6万円を補助する制度も設けている。
ひとり親世帯にとって、「どこに住むか」「家賃をどうするか」は、本当に切実な問題だ。
シングルマザーの当事者らでつくるNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ・関西」(大阪市北区)は2018年4月、子どもを持つ関西圏のシングルマザー約200人にアンケートした結果を取りまとめている。それによると、「住居を探すときや入居のときに困ったこと」という問いに対しては、「家賃が高い」が最多で46.7%。「公営住宅になかなか入れない」も30%近くあった。
同NPO法人理事長の山口絹子さんは、こう指摘する。
「神戸市などはいい取り組みをしているけど、行政全体でみると、住居に関する支援は足りていないと思いますね。特にDV被害を受けている母親が『すぐにでも入りたい』となった場所、受け皿が(女性相談所の)シェルターぐらいしかありません。どこかに入居しようとしても、役所の手続きで時間がかかってしまう。住まいは、生きていくうえでの基本です。ないとホームレスになってしまう」
「DV被害者も救える制度に」
各自治体などが独自に住宅支援に取り組む前から、母子家庭向けの施設はあった。児童福祉法に基づく「母子生活支援施設」もその一つで、認定を受けた施設は2018年現在、全国で227施設ある。
神戸市灘区の母子生活支援施設「ベル青谷」は、閑静な住宅街にある。市内に七つある母子生活支援施設のうち、最も長い歴史を持つ。愛媛県出身のクリスチャンで著名な社会事業家だった故・城ノブ氏が1916年に設けたことが始まりだ。
主任母子支援員、石井有加さん(55)に案内してもらった。
現在は2DKから3LDKまでの20室があり、子どもの人数や年齢に対応できるようにしている。一見すると、賃貸アパートと何ら変わらない。メゾネットも5室。子どもの多いひとり親がたくさん利用しており、空き部屋はほとんどない。
母子生活支援施設には、経済的な困窮者に利用してもらうという大きな狙いがある。しかし、ベル青谷に13年間勤める石井さんは「最近は、DV被害で入ってくるお母さんたちがほとんどです」と言う。実際、神戸市全体を見ても、2015年度以降、DV避難による新規入所は毎年、5〜6割に達しており、経済的困難や住宅事情などを理由とする入所は少数派になってきた。ベル青谷も神戸市外からの母子を多く受け入れている。
沖縄県の中央児童相談所長を経て、現在は名桜大学(沖縄県名護市)で非常勤講師を務める山内優子さんは、ひとり親世帯をめぐる支援策について、こう指摘する。
「うるま市や神戸市のように行政が住宅費を支援する取り組み自体は評価されるべきものです。ただ、民間アパートの家賃補助などの施策にはシェルター機能がないので、DV被害を受けている最中の母親は支援の対象となっていません。これらの施策では、一番厳しい環境に置かれている人を助けることはできないんです」
配偶者暴力相談支援センターのまとめでは、全国の同センターへの相談件数は2002年度に3万6000件ほどだった。それが2017年度には約10万6000件。増え方は著しい。一方で、DV被害者のシェルター的機能も果たす母子生活支援施設は1960年ごろの約650施設をピークに減り続けている。
さまざまな事情を抱えたひとり親には、どんな住まいが必要なのか。山内さんは言う。
「DV被害を受けた母親たちには専門的な治療も必要になります。予算はかかるだろうけど、DV被害が増えている今こそ、母子生活支援施設をもっとつくっていってほしい。そして、施設で立ち直ったお母さんたちの次のステップとして、民間アパートの家賃を補助する。そういうふうに、母親たちの状況に応じた施策を展開してほしいと思います」
当銘寿夫(とうめ・ひさお)
記者。琉球新報記者を経て、2019年に独立。