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栗原洋平

メイウェザー戦で生まれた「怖さ」――賛否を呼んだ12.31、那須川天心が目指す絶対的存在

2019/03/09(土) 09:54 配信

オリジナル

那須川天心は日本、そして世界のキックボクシング界を牽引するトップファイターとして知られる。昨年大晦日にフロイド・メイウェザーとの"他流試合"に臨み、一躍時の人となった。圧倒的な体格差、ボクシングルール採用という「完全アウェー」状態で完敗という結果だったが、その挑戦はさまざまな賛否を呼ぶなど鮮烈な印象を残した。弱冠20歳の若武者は、「衝撃の敗戦」の先に何を見据えているのか。(取材・文:橋本宗洋/撮影:栗原洋平/Yahoo!ニュース 特集編集部)

あまりにも「遠かった」メイウェザー

アマチュア時代から将来を嘱望され、プロデビュー後もすべての試合で勝利してきた那須川天心(20)は、「キックボクシング界が生んだ最高傑作」と呼ぶにふさわしいファイターだ。KO率8割、"神童"の異名も持つ。そんな男が、昨年12月31日に初めての屈辱を味わった。恒例のRIZIN大晦日大会。那須川はボクシング50戦全勝、世界5階級制覇の超ビッグネームであるフロイド・メイウェザーとボクシングルールで対戦し、1ラウンドTKOの完敗を喫したのである。

瞬く間に3度のダウンを奪われ、最後はタオルが投入された。互いの公式戦績にはカウントされないエキシビションマッチだったが、試合後は悔し涙にくれた。「記録に残らなくても(倒されたことは)記憶に一生残りますから」と語ったのは会場インタビュースペースでのこと。那須川にとっては倒されることだけでなく、パンチを"効かされる"ことさえ初めての経験だった。

「メイウェザー選手、デカかったですね。デカかったし速かった。動きとか反応が"こんなに速いのか"って。自分が攻撃しようとしても、そこに全部フェイントを合わせてくるんです。どうしよう、これは手が出せないなって。やっぱりこれまで闘ってきた相手とは違いましたね」

メイウェザーは、那須川がパンチを出そうとする前に「それはお見通しだよ」とばかり、常にフェイントで対応してきた。那須川は道をふさがれたも同然だった。世界最高峰のボクサーは、あまりにも遠い位置にいた。

異例の試合がもたらした称賛、批判、嘲笑

那須川にとって、試合に対する反応の大きさも予想以上だった。日本の軽量級キックボクサーがボクシングルールでメイウェザーと対戦すること自体、異例中の異例のこと。試合が決まっただけで、さまざまな意見が怒涛のように押し寄せた。那須川を応援する声だけでなく、マッチメイクがメチャクチャだという批判も、「メイウェザーが本気でやるわけない」という嘲笑もあった。

大晦日に全国中継された一戦が1ラウンドTKOという結果に終わると、「異例づくしの一戦」に対する賛否の声はさらに大きなものになった。「それ見たことか」も「勇気をもらった」も含め、この1試合で那須川天心というファイターの知名度、そのケタが変わったといっていい。

「反響がここまで大きくなるとは予想してなかったです。こんなに騒がれるんだってビックリしました。いろんな意見がありましたけど、べつに意識しないようにするというわけでもなかったですね。どんな意見も普通に、客観的に見てました。単純に自分のことを知ってもらえたのは嬉しいですし。落ち着いてる? まあ、もともとの性格じゃないですかね(笑)」

「復帰戦」という感覚はない

今年の初戦は3月10日、ホームリングである打撃格闘技イベント・RISEの世界トーナメント(大田区総合体育館)。那須川が挑むのは、58kg級の1回戦だ。500年の歴史を持ち、立ち技最強ともいわれるムエタイの"2大殿堂"ラジャダムナン、ルンピニー両スタジアムから現役王者が参戦することからも、そのレベルの高さ、過酷さが想像できる。

那須川の相手はアルゼンチンのフェデリコ・ローマだ。"12・31"後、初のリングになるが、那須川は「復帰戦、再起戦という感覚はないです」と言う。

「今回の試合、自分にとっては"いつもと同じ大事な試合"ですね。復活とかそういうのは、見た人それぞれの考えでいいです。ただメイウェザー戦で僕のことを知ったという人も多いでしょうし、結果だけ見ていろいろ言う人もいる。そういう状況からすれば"ここから"になるんでしょうけど」

復帰という感覚がないのは、大晦日の闘いがイレギュラーすぎたからだ。60kg弱がベスト階級の那須川に対し、メイウェザーはスーパーウエルター級(約70kg)で世界王者になっている。実際、両者の体重は前日計量で4.6kgもの差があり、計量自体も非公開だった。当日も、那須川はバンデージの巻き直しでウォーミングアップの時間を削られている。そうさせたのは、規定の時間に遅れたメイウェザー陣営だった。「キック1発5.5億円」の罰金設定が話題になったルールだけでなく、RIZINと那須川はメイウェザーの要求をのまされたのである。

そもそも体格がまるで違ううえに、すべてが相手のペース。メイウェザー相手でなければ、こんなこと絶対にしていないと那須川は苦笑いする。

「全部が不利な状況ですから。でも、こういうことも格闘家として生きていくうえで一度は経験しておくものかなって。自分の中での大きな挑戦をしたっていう気持ちでいます」

そしてそのチャレンジは、プラスでしかなかったと考えている。フェイントをはじめ、メイウェザーの技術を「盗む」という収穫もあった。

「キックの最強」を決める場をつくるために

「本当の『世界一』を体感できましたから。僕は試合でやられたことを吸収して取り入れるのが得意なんですよ。三日月蹴りという技も、前に試合でやられて"あぁ、こんな感じなのか"って覚えました。それは子供のころからですね。僕は感覚重視で、実際にリングで向かい合ってみたときにしか感じられないものがあると思ってるんです。だからメイウェザー選手と闘えたのはすごいプラスでした。その経験をしたのは、日本で僕しかいないんですよ」

大晦日のビッグマッチを経て、那須川を取り巻く状況は大きく変わった。だが「僕自身はあまり変わらないですよ」と泰然としている。ただ「唯一変わったことがあるとすると、恐怖心が強くなったことですかね......」とポツリと漏らす。"打たせずに倒す"タイプのファイターだった那須川が、大一番で3度のダウンを重ねたのだから無理もない。だが、それすらマイナスではないと彼は言う。

「パンチでも蹴りでも、自分が見えてない攻撃を食らったら誰だって倒れちゃうんですよ。だから僕は"もらわない"ことやカウンターを大事にしてきました。その姿勢は変わらないです、これからも」

RIZINではMMA(総合格闘技)ルールを経験、海外メディアから「いつMMAに専念するんだ?」と聞かれたこともある那須川。ボクシングも将来的な活動の舞台として射程内にある。ただ「今はキックボクシングに集中したい」というのが率直な気持ちだ。

「やっぱりキックに憧れて、キックをずっとやってきたので。それなりの形を残さないと終われないですね。形というのは......たとえば総合だったらUFCっていう世界最高の舞台がありますよね。"ここのチャンピオンが世界一だ"っていう。ボクシングだったらWBA、WBCのベルトがある。じゃあキックには何があるかと言ったら、まだそういう基準、価値観がないと思うんですよ。僕が作りたいのはそういう場所。"キックの最強はこれ"という道ですね」

3月10日から始まるRISEの世界トーナメント、その構想は那須川の口から出たものだ。「ここで勝った選手が最強」と言える舞台をつくるために、彼は闘っている。復帰戦のつもりはないが、"強い那須川天心"を見せたいという思いは隠さない。

「自分が望んだトーナメントですし、優勝したいですね。ここで一番いい那須川天心を見せたいし、見せなきゃいけない。自分の本来の姿を見てもらえたら嬉しい。年末を経験して強くなった部分もあると思うので、どれだけ強くなったか見てもらえれば。そのうえで、このトーナメントの権威を上げるような闘いをしていきたいですね。これがゴールだとは思ってないので」

会場の大田区総合体育館はデビュー戦を行った思い出の会場だ。会場は大きければ大きいほどいいし、「ハコ(会場)にはこだわりたい」と那須川。

「大きい会場で試合をすることが、アピールになると思うんですよ。そういう部分、言ってみれば形で判断する人っていうのもいますからね。ネットの記事の見出しだけとか、試合結果だけとか、そういう部分でいろいろ言われるっていうことは格闘技の世界でもあります。微妙な判定だったとしても、それを考慮しないで勝ったか負けたかしか見てない人だったり。そういう人にもインパクトを与えるには会場の大きさは大事かなと」

目指すは問答無用の絶対的存在

いま活躍している他ジャンルのアスリートにも、「負けてられない」と那須川は言う。有名になること、話題になることを重要だと考えてもいる。大晦日以来高まった知名度は逆に利用すればいい、と。それは「ちゃんと見てもらいたい」から。逆にいえば「見てもらえば分かる」という自負の表れだ。

「今は興味を持ったことについて、パッと見てパッと知りたい人が多い。情報を深く掘り下げないんですよ。僕はそういう人たちにもアピールしたい。キックボクシングの歴史とか背景とか、どんな団体があるとか、そういうのを知らなくても楽しめるものにしていきたいですね。"那須川天心はすごいよ、見れば分かるよ"って、そういう選手になりたいです」

目指すは説明不要、あるいは問答無用の絶対的存在。大晦日の"狂騒曲"も、那須川にとってはまだ途中経過でしかない。

「知名度が上がったといってもまだまだ。これまでの試合でも、そこまですごいことをしたとも思ってないですし。もっともっとやれることがあると思ってます」

那須川天心(なすかわ・てんしん)
1998年8月18日、千葉県出身。
「キックの神様が作り上げた最高傑作」と呼ばれる天才ファイター。14年7月にプロデビューし、15年5月には村越優汰がもつRISEバンタム級のベルトを奪取。プロ6戦目、史上最年少16歳での快挙を達成。
18年は5月のRIZIN.10で中村優作を2R TKOで退けたのを皮切りに6月のRISE幕張メッセ大会で強敵のロッタン・ジットムアンノンに判定で勝利してRISE初の世界王者を奪取。9月のRIZIN.13では超満員の27,000人が見守る中、自身の憧れでもある堀口恭司と「世紀の一戦」との名にふさわしい熱戦を繰り広げた。
3月10日にRISEの世界トーナメント(大田区総合体育館)に挑む。


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