お笑い芸人の「職場」が広がっている。テレビや劇場だけではなく、YouTubeに進出する芸人が出てきたのだ。動画を配信し、高収入を得ることもあれば、「ユーチューバー」という働き方をきっかけにして、仕事の幅を広げるケースもある。既存の働き方に縛られない、お笑い芸人たちの姿を追った。(ノンフィクションライター・水谷竹秀/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「9秒カレー」がヒットの食レポ芸人
客の姿がまばらになった平日午後4時。一番奥のテーブル席に、黒縁眼鏡をかけた男が1人、ぽつんと座っている。目の前のどんぶりからは、湯気が立ちのぼっていた。
「さあやってまいりました! 牡蠣(かき)づくし玉子あんかけのうどんでございます。玉子がキラキラしてきれい。牡蠣を玉子あんかけの中にしずめてうどんと一緒に口に運んだら、躍動感が出るのでしょうね。いただきます!」
東京の新宿・歌舞伎町にあるうどん専門店で、男はスマホに取り付けられたマイクに向かって語りかけ、箸を割った。
「とんでもないですね! うまさの殻を破った感じです。この1つぶだけで、どんどんおなかが空いてきました」
そう興奮気味に話す男は、箸で麺を高々と持ち上げ、豪快にすすった。味を確かめるように口を動かす。
この男、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の人気YouTube芸人「はいじぃ」である。43歳。都内の飲食店を食べ歩き、その模様を撮影してYouTubeに毎日アップしている。
よしもと所属のYouTube芸人は現在、500人を超え、それぞれが個人チャンネルを持っている。はいじぃのチャンネルは「はいじぃ迷作劇場」。登録者数約57万5000人(1月11日現在)を抱え、その数は「鉄道好き芸人」として知られる、鈴川絢子(27)のチャンネル登録者数約59万2000人(同日現在)と並んでよしもとでトップクラスだ。トップユーチューバー、Hikakin(登録者数約690万人)、はじめしゃちょー(同約737万人)に及ばないとはいえ、動画の広告収入だけで「共働きの妻と娘と楽しく生活できる」ほど安定しているという。
たまに劇場でのライブやテレビ出演などもこなすが、芸人としての主な収入源はYouTubeでの動画配信。5年ほど前から始め、これまでに配信した動画は2221本、うち9割が食べ歩きだ。
「1日1本は撮影します。朝と夜は家族でご飯を食べますので、昼食は必ず動画撮影です。ファストフード店が多く、1回の食事にかける費用は500〜1000円。いい店がないか、いつも探し歩いています」
「やりたいことを100%実現」
はいじぃは、YouTubeの魅力についてこう力説する。
「テレビの場合はディレクターやプロデューサーがいて、番組側の企画に合わせないといけない。すると自分本来の持ち味とズレが生じる。一方でYouTubeは、自分がやりたいことを100%実現できます。しかもコメント欄から視聴者の生の感想を読めるので、お笑い専門の作家さんからダメ出しされるより、納得ができるんです」
はいじぃのチャンネルが人気を呼ぶ秘訣は、好奇心をそそられる飲食店に目をつけ、客として検証するところにある。最多再生回数410万回を記録したのは「9秒で提供出来なければ 返金」を掲げるカレー屋が舞台で、注文してからカレーが提供されるまでの時間をストップウォッチで計るという動画だった。ほかに、「1貫10円の寿司屋」「180円の激安ラーメン屋」など、世間の注目を集めそうな飲食店をターゲットにしている点が、テレビの食レポ番組とは異なっている。
はいじぃは東京都出身。工学院大学4年生の時、よしもとの芸人養成学校「NSC東京」に第3期生として入学した。卒業後、ピン芸人としてお笑いの世界に入り、銀座や新宿の舞台に立った。ライブ1本のギャラは500円程度。チケットの買い取りノルマも課されるため、引っ越しやコンサートの会場整理といったアルバイトで食いつないだ。パソコンでイラストを描くのが得意だったため、やがて挿絵の仕事が主な収入源になっていく。NSC卒業時は約250人いた同期の芸人たちも、次々とこの業界を去り、今ではトータルテンボスや山田ルイ53世など10人ほどしか現役として残っていない。
転機は2013年半ばに訪れた。よしもとがインターネット上での芸人育成に乗り出し、独自のチャンネルを持てる企画を始めた。これには約500組の芸人が応募し、はいじぃら50組がオーディションを通過。同年末には、お笑い、ファッション、音楽、グルメなど様々なコンテンツごとのチャンネルをまとめたサイト「OmO(オモ)」が開設された。
はいじぃは最初、パソコンで作成したパラパラ漫画を配信していた。ところがあるとき、妻と偶然入った飲食店で撮影した動画をアップすると、漫画より好評だった。
「それから奥さんと食事に行ったときとかに、とりあえずという気持ちで撮影していました。するとコメント欄でもどんどん食レポ動画への要求が高まってきて、食べ歩き系が中心になったのです」
稼ぎを手にできるようになったのは、配信開始から1年後。最初は年間で数万円だったが、続けるうちにチャンネル登録者数が右肩上がりに増え、その道だけで食べていけるようになった。
「ユーチューバーとして今の地位を築いていなければ、芸人をやめていたかもしれない。今後もこのスタイルを続けていきたいですが、テレビに関してはそれほど無理して出たいとは思いません。番組はいつか終わるじゃないですか? 些細なことでコーナーがなくなる。たとえ自分にやる気があっても、番組側から使わないと切られたら終わり。そんな不安定な世界で闘うのは怖い。ネットが普及し、個人でも簡単に発信できる時代だからこそ、そう思います」
テレビの場合は放送枠が決まっており、特にバラエティーに関しては昨今、長寿番組が相次いで終了したため、そうした懸念を抱きやすくなるのかもしれない。とはいえ、不安定さはネットの世界でも変わらないだろう。それでもネットを選ぶのはやはり、テレビに比べて個人の裁量が大きいからだ。だがその分、視聴者も匿名で自由に書き込むことができ、発信者との距離は近くなる。時には炎上するリスクさえはらんでいる。それがネットの怖さでもある。
テレビ発のお笑いに転換期
よしもとが開設した「OmO」には現在、約650チャンネルある。そのうち9割はよしもと所属の芸人が配信している。残りは企画物やアイドル、ダンサーなどのチャンネルだ。広告収入は、登録者数に比例して増える。よしもとの担当者によると、広告収入がある程度入るチャンネル登録者数の水準は、10万人という。
「650チャンネル中、10万人超えは20チャンネルほどです。YouTubeだけで生活できている芸人もいます。今後はネットで活躍できる芸人をもっと出したいです」
お笑いの世界に飛び込んでも、成功を収める芸人は一握りしかいない。そんな狭き門で闘う芸人たちが、自身の存在を知ってもらうツールとして利用し始めたのがYouTubeだった。実際にサービスが開始されたのは2005年。当初の利用者は限定されていたが、その後、徐々に一般化され、2013年にHikakinら人気ユーチューバーたちが頭角を現すようになる。芸人の古坂大魔王(45)がプロデューサーを務めるピコ太郎の楽曲「PPAP」の動画が配信されると、世界的なブームを巻き起こした。芸人のユーチューバー化にはこうした背景がある。その陰で、1980年代の漫才ブームをきっかけに一世を風靡した、テレビのお笑い界は飽和状態に陥っている。
『芸人最強社会ニッポン』などの著書がある社会学者、太田省一さん(58)は、次のように指摘する。
「お笑い芸人として成功するためにはテレビ出演が大前提でした。ところが、今もビッグ3(ビートたけし、タモリ、明石家さんま)やダウンタウンらが冠番組を持ち続け、芸人界の構造は変わっていない。新人の芸人からしたら、先輩芸人が居座り続けていることへの違和感はあると思います。こうしたテレビ中心のお笑い界における閉塞感の高まりが、芸人のユーチューバー化に影響しているのではないでしょうか」
若者の「テレビ離れ」も関係している。総務省がまとめた2017年「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、40代でもネットの利用時間がテレビを上回り、50代以上をのぞいては「ネット優先」になっている実態が浮き彫りになった。特に10〜20代におけるテレビ視聴率の低下は顕著だ。スマホの普及により、映像に接する媒体はテレビから多様化し、それに伴って視聴者が求める娯楽の質も変化している。太田さんはこう力説する。
「たとえばM-1などは、家庭でじっくり見る番組としては面白い。ところが外でのちょっとした空き時間などにスマホで観るには不向き。もちろん、スマホでテレビ番組も見られますが、ほかにYouTubeやTikTokなどの短編動画アプリが並存している。スマホ利用者は、その時々に応じて何を見るか選べる時代なので、テレビは選択肢の一つに過ぎません。テレビの影響力はまだまだありますが、映像に接する媒体が変化に富んだことで、転換期を迎えています」
多様化する芸人の働き方
YouTubeに一本化しているわけではないが、それを糸口に注目を集める芸人もいる。
「簡単に友達を作る方法」「エロ本を素早く隠せる無駄装置」「一人飲みが楽しくなる装置」……。よしもと所属の女性ユーチューバー、藤原麻里菜(25)がこれまでに工作した無駄な装置は200を超え、それらを撮影した動画を「無駄づくり」と題するチャンネルにアップしている。
登録者数は約6万9000人(1月11日現在)で、広告収入だけでは厳しいが、このチャンネルを通じて藤原には原稿執筆や商品PRなどの仕事が次々と舞い込んでいる。現在は、家賃8万2000円のマンションで一人暮らしできるほどの稼ぎを手にしているという。6月には台湾で無駄な装置の個展も開催され、9日間で約2万5000人が来場。11月には『無駄なことを続けるために』(ヨシモトブックス)という本も出版した。
「M-1グランプリ」の決勝進出者が、芸歴10年前後のベテラン勢で占められているのを考えれば、芸歴5年に満たない藤原の露出度の高さは、異例ともいえるだろう。NSC東京を卒業し、ピン芸人として出発した当時は、ライブに出ても鳴かず飛ばず。そんな過去を引きずってか、YouTubeで独自の表現を確立させた今も、自身を「芸人」と呼ぶことにはためらいを隠せない。
「自分は舞台に立ったらうまく立ち回れず、人を笑わすことができなかった。それで心が折れてネタもやらなくなった。YouTubeの生活がメインになり、従来の芸人が作り上げた漫才中心のお笑いの美学に反していると思ったので、芸人と名乗ることをやめました」
テレビで漫才やコントを披露するのが芸人の王道だとするならば、その道から外れるのはやはり邪道で、芸人とは認められないのか。
藤原の話で思い出されるのは、「武勇伝」というリズム芸で2005年にブレークしたお笑いコンビ「オリエンタルラジオ」だ。その約10年後にリリースした楽曲「PERFECT HUMAN」はYouTubeで6000万回以上再生され、再ブレークを果たした。しかし、彼らの芸風については「オチがない」「お笑いなのか」といった批判的な見方が広がった。藤原が抱える葛藤はまさしく、こうした世論への抵抗感から生まれている。
「たとえば女性芸人は、『女を捨てて一人前』みたいな認識が定着している。それがウケるのは理解できますが、私自身はそういう路線には進めない。テレビ番組だと変にいじられる。それは面白いかもしれないけど、私はうまく立ち回れないのです。だからYouTubeに動画をアップするほうが、自分で自分を面白く表現できるのかなと思います」
YouTubeを自己PRのツールとして使っている芸人もいる。チャンネル登録者数約31万人(1月11日現在)を抱えるよしもと所属のお笑いコンビ「ガーリィレコード」は、東京都北区にある古びた一軒家で日々、動画を撮影し、自身のチャンネルにアップしている。主なネタは、藤原竜也や武田鉄矢、桜井和寿などのモノマネだ。コンビの1人、高井佳佑(26)は語る。
「食べるためにYouTubeをやっているわけではなく、あくまで発信の機会と考えています。僕らも先輩から言われるんです。よしもと辞めてYouTube一本でやったほうが稼げるんじゃないかって。でもテレビにも出たいし、芸人に携わることであれば何でもやりたいです」
謎かけで2010年にブレークした、「プロデューサーハウスあ・うん」所属のねづっち(43)も4年前からYouTubeで動画を配信している。時事ネタを絡めた謎かけをこれまでに約2000本撮りためてきたが、再生回数は平均300〜1500回で、広告収入は総額で10万円に満たない。もっとも、ねづっちはテレビやラジオ、ライブなどで「企業の部長ぐらい」の年収はあるため、YouTubeはあくまで、公開ネタ帳という認識だ。
「月に1本の単独ライブで披露するネタを選ぶため、ネタ帳として非常に重宝しています。毎朝、妻にスマホで撮影してもらいます。再生回数が少ないのは、私のお客さんに年配の方が多いからではないでしょうか」
テレビでもおなじみのお笑いコンビ「キングコング」の梶原雄太(38)は昨年10月、ユーチューバーとしてデビューした。最初の動画で「1年以内に登録者数100万人に達しなければ芸人を辞める」と宣言し、話題を集めた。以来、3カ月で早くも約64万人に達し、はいじぃや鈴川絢子を抜いてよしもと所属芸人の中では登録者数最多になった。
テレビや劇場に縛られないYouTube芸人。これまでは「テレビに出られなかった芸人の舞台」という位置づけだったのが、今やYouTubeから出発した芸人がテレビやラジオに出演するという「逆輸入」のパターンも生まれており、双方を分かつ境界線は徐々に消えつつある。近い将来、M-1のような漫才コンテストがYouTubeで開かれ、視聴者の投票で優勝者が決まる時代がくるかもしれない。
水谷竹秀(みずたに・たけひで)
ノンフィクションライター。1975年、三重県桑名市生まれ。上智大学外国語学部卒。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。現在、フィリピンを拠点に活動する。2011年、『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。』(集英社)。
(文中一部敬称略)