笹島康仁

「“K”から世界へ」の舞台裏 ――韓国のコンテンツ戦略

12/3(月) 6:58 配信

「Kポップ」に憧れてソウルを訪れる日本のファンは後を絶たない。ファンだけではなく、近年は「練習生」として韓国の芸能事務所に所属し、「韓国から」世界で活躍できるアーティストを目指す若者も増えているという。Kポップに加え、映画やファッション、ゲーム、eスポーツ……。韓国のコンテンツは国際市場で脚光を浴び、年間輸出額は60億ドル(約6700億円)を突破した。なぜ「Kコンテンツ」は世界的な成功を収めることができたのか。「コンテンツは国力」を掲げる韓国の舞台裏を探った。(文・写真=笹島康仁、動画=大矢英代/Yahoo!ニュース 特集編集部)

グローバルは「前提」

ソウル市内のある芸能事務所を訪ねると、日本から何度もソウルに来ているという姉妹に会った。島光樹さん(25)と光優さん(18)。事務所に併設されたカフェを訪れていた。「アーティストに会えるかも」と期待して来たという。

妹の光優さんは「歌やダンスが完璧でかっこいい」とKポップにのめり込んだ。何度も韓国を訪れるうち、韓国が持つさまざまな文化の魅力にひかれるようになった。韓国人の友人も増え、韓国語も覚えていったという。

ソウルの芸能事務所を訪問していた日本人の姉妹

ソウル市内の百貨店の入り口。「LINE」のキャラクターの前には観光客の人だかりができ、日本人の姿もあった

近年は日本や台湾からも、韓国の事務所で練習生となることを希望する若者が相次いでいる。韓国で外国籍のアーティストがデビューするのは珍しいことではないからだ。人気グループ「TWICE」には日本や台湾出身のメンバーもいて、それぞれの国・地域でも活動している。

ソウル市内に拠点を構えるある芸能事務所によれば、アーティストのグローバル展開はすでに「前提」。だから、歌や踊りの実力はもちろん、語学力も欠かせない。活動する国や地域が増えれば、活躍の幅も広がる。国籍の違いは障壁ではなく、武器の一つだという。

Kコンテンツの海外展開に向けては、韓国政府も強力に支援しているという。どんな支援策なのだろうか。

韓国のコンテンツ政策を率いる「韓国コンテンツ振興院」の金英俊(キム・ヨンジュン)院長(55)にインタビューできた。

コンテンツ政策の頭脳「Kocca」

ソウル市中央部の高層ビル。上層階に行くと、金院長はいた。

金院長は音楽プロダクション企業の代表を務めたことがある。襟元には「Kocca」のピンバッジ。「Korea Creative Content Agency(韓国コンテンツ振興院)」の略称だ。

振興院は2009年、韓流コンテンツの育成と販売強化を目指し、映像やゲーム、ソフトウェアなどに関連する6機関を統合してできた。準政府機関であり、言ってみれば、「コンテンツ政策の頭脳」である。

ビルの上層階に韓国コンテンツ振興院(Kocca)オフィスの入り口があった

Koccaの金英俊院長

――なぜ韓国では政府を挙げてコンテンツに力を入れるのですか。

「コンテンツに大きな力があるからです。まず、韓流コンテンツは『韓国』という国を最も明確に説明できる国家ブランドです。さまざまな産業の成長を助ける、呼び水のような役割を果たします。例えば、Kポップやドラマ、映画など『Kコンテンツ』の広がりが、『サムスン』や『現代(ヒュンダイ)』といったブランドの世界的な広がりに大きく貢献しました」

「二つ目に、他産業の発展や新しい雇用を生み出しています。韓国では、失業問題が深刻ですが、コンテンツ産業はその解決法を示すことができます。他の産業よりも雇用創出や経済効果を誘発しやすいという特徴があるんです。コンテンツ産業の売り上げは年間で約110兆ウォン(約11兆円)に至っており、この数字は携帯電話事業の6倍、造船業の12倍。コンテンツ産業の重要度は日に日に増しているんです」

金院長はこのポストに就いたとき、「誰もがコンテンツによって日常を豊かにできる」というスローガンを掲げた。

「韓国でコンテンツ産業が急成長した背景には、インターネット普及率が他の先進国に比べてもとても高いということがあります。スマートフォンの普及率も世界上位レベル。韓国ではほかの国に比べ、コンテンツがより身近なのです。さらに2019年度から5G(第5世代移動通信システム)が実用化されます。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、AIを基盤とした新技術とコンテンツが結びつけば、消費量も増えていくはずです。Kコンテンツはこれからも高成長を遂げるでしょう」

Koccaのビルにはスタートアップ企業が使えるスペースやスタジオがいくつもある

民間が第一、政府は補助

歴史を振り返れば、韓国では自由にコンテンツが作られ、流通されてきたわけではない。特に、植民地支配を受けた日本からのコンテンツ輸入は、2000年ごろまで厳しく規制されていた。韓国国内においても、軍部のクーデターで生まれた朴正煕(パク・チョンヒ)政権(1963〜79年)以降、コンテンツは「文化」というより「広報」とされ、制作や輸出入は政府の統制下にあった。

自由なコンテンツ制作が始まったのは「金大中(キム・デジュン)政権(1998〜2003年)がきっかけです」と金院長は言う。

「金大中政権は韓国コンテンツ振興院の前身である『韓国文化コンテンツ振興院』を設立し、『文化産業強国』『コンテンツは国力』といったキャッチフレーズの下、数々の政策を進めました。この時代の支援が多くのベンチャー企業を育成し、コンテンツ産業が成長する土台をつくったのです」

金院長は音楽プロダクション企業の代表を務めたこともある

――現在はどのような支援をしていますか。

「振興院は五つの事業を国民の税金によって行っています。直接的な制作費の支援、創作拠点となる施設を提供するインフラ支援、海外輸出支援、コンテンツ支援政策の推進、人材養成の五つです。3000人の審査員がおり、コンテンツの支援については厳密な公募による審査制度で運営しています」

「けれども、政府の力だけで『韓流』が20年も続くわけはありません。民間の力が大きかった。そもそも、なぜ韓国の企業が外に出ていくかというと、韓国は国内市場がそれほど大きくないため、企業が収益を上げ、成長するには海外市場に目を向けなければならないからです。必要に迫られて海外市場に出て、幸いにも良い反応が起こった、ということです。つまり、企業それぞれの努力が第一にあり、そのうえで、われわれのような準政府機関が海外進出で出くわす障害物を取り除く役割を果たしたと考えています」

Koccaにあった地図。世界中でスタートアップの支援をしているという

「振興院は世界の主要市場にビジネスセンターを置いています。日本や米国、中国のほか、新興市場であるインドネシアや中南米、欧州にもあります。コンテンツビジネスに携わる方々が海外に進もうとすると、法律や租税、投資や融資などあらゆる問題にぶつかります。こうした問題を乗り越えられるよう、業者を現地のバイヤーとつないだり、イベントを斡旋したり、法律や税制に詳しい企業を紹介したり、さまざまな支援を行っています」

最も成長しているのは「ゲーム」

金院長によると、Kコンテンツの中で最も成長著しいのは「ゲーム」だという。今年6月の聯合ニュースによれば、2016年のコンテンツ産業輸出額は60億ドル(約6700億円)を突破した。2012年から年平均6.8%の高い成長率を維持するなか、ゲームの輸出額は32億7735万ドル。全体の半分以上を占めたという。

韓国では2000年ごろにオンラインゲーム「スタークラフト」が流行した。現在はLOL(リーグ・オブ・レジェンド)が大流行している。

プロゲーマーのマネジメント会社「KONGDOO」(今年10月から「STILL8」に社名変更)のナム・ホヒョンさんにも取材した。ナムさんによると、eスポーツは世界の視聴者数が3億8000万人に達し、市場は急拡大しているという。

選手のユニフォームを手に取るナム・ホヒョンさん。スポンサーも増えつつあるらしい。「韓国はアジアにおけるeスポーツの元祖」と言う

市場の拡大に従って行政の支援も大きくなりつつある、とナムさんは言う。

「韓国はもともと保守的な国です。ゲームをやる人たちは『廃人』と呼ばれ、否定的に見る人々が多かった。けれど、そのような視線が変わりつつあります。『韓流コンテンツの中心はゲームやeスポーツ』という見方が増えているからです。行政も海外の企業や投資先とつないでくれたり、自治体がゲーム大会を開催してくれたり。私たちが開催した大会でスポンサーになった自治体もありました。政府もよりよいサポートを約束しており、eスポーツ専用の競技場を造るそうです」

KONGDOOの本社には所属選手たちのための部屋があり、画面に食い入る若者の姿があった

日本を皮切りに、東欧や中南米へも

金院長は「韓国のコンテンツ産業はこれからも大きくなる」と断言した。では、どんな展望を描いているのだろうか。

「Kコンテンツがグローバル市場とつながるきっかけとなったのは、日本での韓流ブームです。日本を皮切りに韓流が海外進出してから今年で20周年と言われます。反省や見直しを経て、そのうえで、新たな国の消費者にもアプローチしていかなければなりません。世界市場を見ると、私たちの予想に反して、熱い反応を見せているエリアもあります。東ヨーロッパや東南アジア、中南米がその代表例です。今後十分に韓流コンテンツを進出させていける地域だと考えています」

ナイジェリアで韓国語を学ぶ19歳の少年。周囲ではKポップがはやっているという=今年8月(撮影・提供:岸田浩和さん)

では、民間のコンテンツ企業はどんな将来像を持っているのか。

芸能事務所「KIWI」のハン・ジュンスさんにもインタビューできた。KIWIは新しいグループ「公園少女」をこの9月にデビューさせたばかりだ。「公園少女」は、韓国人だけでなく、中国人と台湾人を両親に持つ人、日本人、米国僑胞(在米韓国人)がメンバーとなっており、「マルチナショナルグループ」だという。

「今は、アーティストとファンが直接やり取りすることがより重要になっている時代です。ですから、『公園少女』は全世界のファンと英語、中国語、日本語、韓国語でコミュニケーションできるグループを目指しているのです」

Kポップのグループ「公園少女」。デビューしたばかりだ。メンバーは「多国籍」で、左端が日本出身メンバーのMIYAさん(写真:KIWI提供)

ハンさんが続ける。

「『公園少女』の中に各国の言語を話すメンバーがいるのは、政治とは関係なく、同年代の子の声を実際にリアルタイムで聴いてもらい、コンテンツによって表現しようとしているからです。韓国のエンターテインメント事業が海外を目指す場合、中国や日本との政治的な関係を全く考えないというのは難しいことです。けれど、それらの国々との関係を中心に事業戦略を立てると、あらかじめ限界をつくってしまうことになる。無限の可能性と自由度の高いコンテンツビジネスを政治に結び付けるのは、得策とは思いません」

ハン・ジュンスさんは一橋大学で経営学修士号を取得したという

「私は自由経済主義者ですから、市場が活性化するには政府の支援よりも、『BTS(防弾少年団)』のようなグループが引き続き出てくることが大事だと思います。日本で『X JAPAN』の後に『L'Arc-en-Ciel』や『GLAY』が出てきて、市場が大きくなったように、です。国家はこうしたアーティストがたくさん生まれるような環境をつくる、という面でのインフラ整備をしなければならないと思います」

「小さな企業が過剰投資によって倒産することがないようにしたり、創業を助けたり、開発費用などを支援して長期的プロジェクトを進められるようにしたり……。そんな国家的な支援には賛成です。これからもKコンテンツは成長していくでしょうし、無限に大きくなっていけばいいと思っています」

東京の電車内に掲示された「BTS」の中吊り広告。日本国内でもあちこちでKコンテンツを見かけるようになった

【文中と同じ動画】


笹島康仁(ささじま・やすひと)
高知新聞記者を経て、2017年に独立。

大矢英代(おおや・はなよ)
琉球朝日放送記者を経てフリーランスジャーナリスト、映画監督。ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」(共同監督)が劇場公開中。
https://hanayooya.themedia.jp/

[写真]撮影:笹島康仁、提供:岸田浩和さん、芸能事務所「KIWI」
[動画]撮影・編集:大矢英代
[取材協力]李洪千・東京都市大学メディア情報学部准教授


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