桃園 丈生

「あの時ほど自分の勝負弱さを悔いたことはない」――武藤嘉紀の悔恨と覚悟

2018/10/28(日) 8:34 配信

武藤嘉紀が世界最高峰のイングランド・プレミアリーグに挑んでいる。ドイツでの3年間はけがとの戦いでもあった。ロシアW杯ではポーランド戦に先発したもののノーゴール。「悔しすぎた」と自ら語る大会を経て、いま新たな高みを目指す武藤の胸中に迫った。(スポーツライター・西川結城 撮影:桃園 丈生 / Yahoo!ニュース 特集編集部)

「悔しすぎた」ロシアW杯

「W杯のことについてはあまり話したくない。個人としては悔しすぎた」

2018年、秋。イングランド北部の街、ニューカッスルにはすでに涼しい空気が流れていた。行きつけの日本食レストラン。食事の箸が止まり、少しだけ不機嫌な表情を浮かべる。

「だって、目に見える結果で何もチームに貢献できていないから。緊張は全然なかった。だけど日本のために自分が点を取らないといけないと強く思いすぎた。1、2戦目で出番がなくて、3戦目のポーランド戦で先発した時、はっきり言って試合の空気感をつかめていなかった。もちろん準備に抜かりはなかった。でも、実際にポーランド戦でチャンスを決められなかった。FWとして、結果という事実は重い」

武藤嘉紀は初のW杯の舞台で無得点に終わった。乾貴士や大迫勇也らがスターとして注目され、ベスト16に進出したチームの陰で、結果を残すことができなかった。

ここ数年、武藤は日本代表で目立った成績を残せてはいない。それどころか、ヴァイッド・ハリルホジッチ元監督が指揮をしていたころは代表から外れることが多かった。ドイツ・マインツでは3シーズンで3度の膝のけがを負うなど、苦しい日々を強いられていた。復帰しては活躍するも、再び離脱。そんな不安定な彼を、厳格な指揮官は徐々に選外にしていった。

ロシアW杯メンバー入りは、ハリルホジッチ監督が大会直前に解任され、後任の西野朗監督に再評価された結果だった。本人も認める。「ハリルさんのままだったら、ロシアには行っていなかった」と。

「マインツでも、けがで苦しみながらもここぞというところで結果を出してきた。2シーズン連続でクラブの1部残留につなげるゴールも決めた。強豪相手に結果も出してきた。ここぞのところで、決める。その自信だけは自分にはあった。だから、ロシアW杯でも代表が苦しい戦いになった時に、自分が助ける。ギリギリで代表入りしたからこそ、ここでヒーローにならないといけないって」

2戦目のセネガル戦。2-2の引き分けに終わったこの一戦は終盤まで両者が勝ち越し点をかけた戦いになった。残り1枚の交代カードを残していた日本。西野監督がここで投入したのは、宇佐美貴史だった。試合後、取材エリアを通り抜けいち早くバスへと乗り込んでいく武藤と、一瞬目が合った。その視線には、こちらが押しつぶされそうなほどの悔しさが宿っていた。

「あのタイミングで選んでもらえなかったことに、悔しくないと感じる選手なんていない。ましてや、俺はFW。だからこそ、次のポーランド戦にかける思いが強かった。結果的に、それが力みへと変わってしまった。ドイツ(の所属クラブ)でもけがから復帰して、自分の定位置がない状態から途中出場でゴールを決めてきた。その経験があったから、今回の代表でも自信があった。俺は勝負強い選手だと信じていた。でも、W杯の時ほど自分の勝負弱さを悔いたことはない」

ドイツでの3年間は「挫折でもある」

武藤の名が世の中に広まったのは2014年から15年にかけてのことだった。慶応大生Jリーガーとしてもてはやされ、日本代表でもデビュー2戦目でゴール。15年春にはプロ入り2年目にして世界的名門クラブである、イングランド・プレミアリーグのチェルシーからオファーを受けた。

一気に注目を集め、メディアの報道も過熱。一躍スター扱いされた。

「あれは、完全にメディアが作ったもの。あそこで勘違いする自分だったら、今の俺はいなかった。もうとっくに潰れている。優等生、お坊ちゃんみたいに言われるのも嫌で。だからこそサッカーで結果を出してイメージを早く払拭させたかった」

武藤はこのビッグオファーを断った。移籍先に決めたのは、ドイツの地方クラブ、マインツ。決断には、多くの反対意見もあった。それを制して、渡独した。ただ、心の中に刻んでいた。「数年後に自分の決断が間違っていなかったことを証明したい」と。

武藤はけがが多かったドイツでの3年間について「自分の中では正直、挫折でもある」と振り返る。

「けがの経験が良かったなんて、今でも絶対に言えない。ただ、例えばけががなくてもっと活躍して、早くにプレミア移籍を選んでいたかといえば、そうではない。自分は大きな見栄を張るタイプでもない。いつも冷静に自分を見て、判断したい。だから3年前も、マインツを選んだ。今チェルシーからまたオファーが来たって、僕は行っていない。でも、ドイツでの自分を、ニューカッスルは常に見続けてくれた。マインツでのプレーを、どこよりも評価してくれていた。だから、今が次のステップに進むタイミングだった」

ニューカッスルはマインツに十数億円の移籍金を払い獲得した。

「世界中のサッカー選手でもプレミアに来られる選手は一握り。自分は今回、マインツからレベルアップできる環境に行こうと決めた。自分が簡単にはうまくいかないレベルの環境に行きたい。そこで成長したい。プレミアはフィジカルもスピードも世界トップ。日本人FWがプレーすることは厳しいと言われているけど、そのきつい場所で自分の力を感じたい。幸運にもこれまでもプレミアのクラブから移籍話をもらってきたけど、今回逃したら次はなかったかもしれない」

名門チェルシーだけにとどまらず、ドイツに移籍後も武藤のもとには複数のプレミアのクラブから話は舞い込んでいた。実は、ニューカッスルも今冬に続き、2季連続でのオファーだった。多くの仲間にも相談を持ちかけ、長谷部誠からは「最後は自分の判断になるけど、プレミア移籍のチャンスは何回も巡ってくるものではない」と背中を押された。そして今回、遂に渡英を決めた。

「実は今季の年俸だけを考えたらニューカッスルよりマインツのほうが条件は良かった。お金を求めていたら、俺はドイツに残っていた。評価やお金は大事だよ。でも、それだけじゃない。俺はプレミアに挑戦すべきだった。失敗する可能性がないところでプレーしても、もうつまらない」

サッカーの本場・欧州においても、プレミアリーグのレベルの高さや市場の大きさは、もはや他国の追随を許さない“別格”だ。事実、ドイツ・ブンデスリーガNo.1クラブのバイエルンよりも、プレミアでは小規模クラブであるハダースフィールドの方が、今季リーグ側から分配される放映権料が多額なのだ。

プレミア初ゴールで見せた成長

8月の開幕からニューカッスルは強豪との対戦が続き、厳しい状況に立たされている。トットナム、チェルシー、マンチェスター・シティー、アーセナル……。どの試合も苦戦が続き、かつてリヴァプールを欧州チャンピオンズリーグ優勝に導き、スペインの名門レアル・マドリードを率いた経験を持つラファエル・ベニテス監督は苦しい立場に追いやられている。

武藤も、初めは途中出場の連続だったが、チームが苦境に陥る中で、ようやく初先発のチャンスが訪れた。そこで彼はやってのけた。

10月6日に行われた、名門マンチェスター・ユナイテッドとの一戦。前半10分だった。2トップの一角に入った武藤は、クロスボールをペナルティーエリア内で受けた。トラップした時点で、ゴールを背にした状態。1人、2人とDFにも囲まれてしまった。しかし、武藤は冷静かつ、力強かった。相手を左手1本で押さえながらボールをキープすると、すぐに素早い反転で前を向く。そして空いたシュートコースを見逃すことなく、左足を一閃。ボールは世界的GKデ・ヘアの足元を抜け、ゴールネットに突き刺さった。

待望のプレミア初ゴール。それには、彼がイングランドに来てさっそく取り組んでいる「腰回り」の強化も関係していた。

「僕ぐらいの体のサイズの選手で、このプレミアで戦い抜くためには、体全体で競り合っても屈強な相手に勝てない。でも、腰の使い方はカギになる。(比較的小柄な)チェルシーのアザールも、マンチェスター・シティーのアグエロも、みんな腰回りがしっかりとしていて、動かし方もスムーズ。だから自分も腰を意識し始めている」

敵に前を塞がれながらも、素早く、そしてスムーズに腰を反転させ放った一撃。短期間での成長を見せつけたゴールだった。

「自分は絶対に強くなれる」

「数年後に自分の決断が間違っていなかったことを証明したい」という3年前の言葉をあらためて武藤に投げかけた。

「俺は他人に何かを証明するためにサッカーをしているわけではない。とにかく負けず嫌いで、成長したいだけ。サッカー選手としての自分が本物かどうか、ここから本当の戦いになる。正直、プレミアリーグは、初めて自分が負ける可能性もあると感じているほどにレベルが高い。でもここでの挑戦には、最高の成功という見返りがある。圧倒的にデカくて速い強者たちと競争するんだから、自分は絶対に強くなれる。ロシアW杯を戦った日本代表選手たちなら、みんな知っていると思う。俺がどれだけ貪欲な選手か。ドイツでもハセさん(長谷部誠)が『お前はとことん貪欲だからこそ、けがを繰り返しても点を決めてこれたんだと思う』と言ってくれたことがあった。人一倍、負けず嫌い。あまり表には出さないけど、心の中ではむき出しだから」

取材の最終日。坂道の多い、ニューカッスルの街を武藤とともに歩いた。大きな川にかかる橋の上では、心地よい風が味わえる。駅から上り道を行き繁華街を抜けると、そこに大きな競技場が姿を現す。イギリスでも指折りのスタジアムとして数えられる、セント・ジェームズ・パーク。外周には、クラブのレジェンド、アラン・シアラーの銅像も数年前に建てられた。

その横を、武藤が通る。「シアラーと比べられようなんて思っていないし、恐れ多いよ。でも、本当に素晴らしいスタジアム。ここで活躍するイメージを、常に持ち続けたい」

新たな高みを目指す、世界最高峰での挑戦。価値ある戦いの日々は、一人の日本人FWの充実と成長を促し、そのまま4年後のカタールW杯へと続く道となる。

武藤のプレミアでの戦いは、はじまったばかりだ。


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