大河内禎

スマホ時代に少年漫画誌はどう戦う――ジャンプの新人育成術

10/7(日) 10:10 配信

「週刊少年ジャンプ」が創刊50周年を迎えた。部数の落ち込みの一方で、ジャンプ作品のアニメ化、実写映画化、舞台化が相次ぐ。pixivやTwitterなどのSNSの普及、漫画投稿サイトの登場などメディアが多様化するなか、ジャンプはコンテンツ力をどう維持しているのか。5人の編集部員と2人の漫画家に取材した。(ライター・川口有紀/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

連載デビューまでの道のり

午後1時。漫画家・坂野旭(23)が東京・神保町にある集英社にやってきた。編集部員・村越周(30)がロビーで出迎える。

会議室に腰を落ち着けると、坂野が持参したネーム(下書き)を村越はさっそく読み始めた。

漫画家の坂野さん(左)とネームを読む編集者の村越さん(撮影:大河内禎)

2人の出会いは5年前。高校生だった坂野が投稿してきたボールペン書きの作品を見て村越が興味を持ち、連絡した。

坂野は2014年、「戦場の華」で月例賞の佳作を受賞し、「ジャンプNEXT!!」(定期増刊号。現「ジャンプGIGA」)に掲載された。今年、「ジャンプGIGA」に「クロノシノビ」を全3回の短期連載。そして現在、「週刊少年ジャンプ」での連載獲得を目指して打ち合わせを重ねている。

坂野さんが持参した、連載を想定した作品のネーム(撮影:大河内禎)

5分ほどでネームを読み終わった村越が、即座に感想を言っていく。

「まだ力が入ってるというか、自分の武器と違う部分で描こうとしている感じがする」

「演出が君の武器なのに、設定や段取りにいっぱいいっぱいで気持ちのいいシーンが入ってこない」

「たぶん自分自身の実感や気付きがないことを背伸びして描いているから、キャラのセリフにリアリティーが感じられないよね」

村越さんの意見を真剣に聞く坂野さん(撮影:大河内禎)

坂野が「そうなんですよね……」とつぶやく。村越が言いたいのは、坂野自身が本当に面白いと思って描いているのかということだ。村越が坂野に投げかける。

「理屈だけで描きすぎているから、今までの作品のよかったところをもう一度思い出そう」

それに対して坂野は最近観たという映画を挙げながら、「じゃあ例えば、あの映画の登場人物みたいな設定はどうですか?」と投げ返す。2人で作品を練り直すためのアウトラインを探っていく。

より面白い作品にしていくため、互いにアイデアを出していく(撮影:大河内禎)

坂野は最近、自分の作品に集中するために漫画家のアシスタントをやめた。2014年の受賞後に上京、ジャンプ連載デビューを目指して4年になる。

その姿をずっと見てきた村越はこう言う。

「ジャンプに作品を持ってくるのは多くが10代から20代前半の若い作家さんです。その時点では作家として未完成です。編集者と出会い、一緒に作品を作りながら、漫画賞や増刊を経て本誌連載を目指す。そのなかで地力を備えていきます。最近はもっと簡単にデビューできる場所もあると思いますが、作家としてやっていける背骨がなくては、後々の本人の人生も茨の道になると思うんです。毎週人気が測られる本誌で最後にものを言うのは、負けん気や根性だったりもします。編集者は若い作家さんと親身になって付き合いながら、地力のある作家を増やしていくのが大きな役目だと思います」

2人の次の打ち合わせは2週間後。目標は年内の連載獲得だ。

週刊少年ジャンプ編集部の村越周さん(撮影:大河内禎)

「打ち切り」のシビアさは編集部員も同じ

坂野のような少年漫画家志望の若者にとって、「週刊少年ジャンプ」は夢の舞台だ。

今でこそ少年漫画誌の雄となった「週刊少年ジャンプ」も、創刊時は後発だった。「少年マガジン」「少年サンデー」から遅れること9年、1968年に創刊。当初は月2回の発行で、翌年から週刊になった。

現編集長の中野博之(41)はジャンプの歴史をこう語る。

「創刊当時、人気作家たちは既に他誌に囲われていました。そのため、ある意味仕方なく『新人作家の新連載に賭ける』という方針を取った。それがうまく当たってきたのがこれまでのジャンプの歴史です。その方法が仮に行き詰まっていたら、他の雑誌の有名作家に頼っていくという方針転換もあったかもしれない。でも少なくともこの50年、新人の新連載がビッグヒットを生んできた」

週刊少年ジャンプ編集長の中野博之さん(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

「週刊少年ジャンプ」の17人の編集部員たちには常に二つのミッションを課されている。「担当する連載作品の人気を上げる」ことと「新連載を立ち上げる」ことだ。特に編集部内では「新連載でいかにヒットを飛ばすか」が重視され、配属されておよそ3年でヒットを生み出せないと、多くの場合は異動になるという。「打ち切り」のシビアさは編集部員も同じ、ということだ。

新人作家と編集部員が出会う方法は大きく二つ。月例賞である「JUMP新世界漫画賞」や年2回の「手塚賞・赤塚賞」といった賞に応募する「投稿」と、直接編集部に電話を掛けて原稿を見てもらう「持ち込み」だ。

今年7月に発売された50周年記念号(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

編集者にとっても、新しい才能と出合えるかどうかは死活問題。中野はこう言う。

「投稿作品は、才能を感じる作家がいたら手を挙げて担当になります。だいたい毎月100本以上は届くでしょうか。選ぶときは新人編集者から選べるルールです。時期によっても変化しますが、持ち込みは1日平均20人くらい。電話を取った人間が約束して会うことになっているので、人の少ない午前中に出勤して電話を待っている編集者もいます」

それだけの投稿と持ち込みがあっても、「ここ数年、これだけではいけないぞという雰囲気が編集部にある」と中野は言う。

漫画を取り巻く状況は厳しい。1995年新年号で653万部を記録した「週刊少年ジャンプ」も、昨年200万部を割り込んだ。スマホのゲームや動画などとの時間の奪い合いは激しさを増している。

また、pixivやTwitterなどのSNS、マンガハックやcomicoなどの漫画投稿サイトの登場で、漫画を発表する場が多様化した。

(図版:桂山未知)

従来、漫画家のビジネスモデルは「紙媒体の漫画雑誌に連載し、コミックスを出す」のが主流だった。今では商業的な道をあえて選ばず、SNSや漫画投稿サイトでマイペースに作品を公開するウェブ漫画作家たちも多い。

いかにジャンプに新たな才能を集め、発掘し続けるか。編集部が出した答えの一つは「間口を広げる」という方法だ。

ウェブでの投稿を可能に

2014年9月、週刊少年ジャンプ編集部は、ウェブ漫画誌「少年ジャンプ+」を創刊。同時に漫画投稿サイト「ジャンプルーキー!」を立ち上げた。

漫画投稿サイト「ジャンプルーキー!」

担当した編集部員の籾山悠太(35)は「ジャンプルーキー!」立ち上げの意味をこう説明する。

「漫画を描くデバイスや発表する場所が変化していくなかで、ウェブで投稿することが新人作家にとってより大事になっていくのではないかと思ったんです」

「ジャンプルーキー!」の投稿作品数は、2018年7月末の時点で1万6000作品、5万4000話以上。総投稿者数は4300人にのぼる。大きくリニューアルした今年5月には、1カ月に300ほどだった投稿数が1200にまで跳ね上がった。

週刊少年ジャンプ編集部の籾山悠太さん(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

リニューアルに際し、こんなメッセージを強調した。

「少年漫画以外の作品も可」「必ずしも『週刊少年ジャンプ』での連載を目指さなくてもいい」

籾山はこう言う。

「面白い作家は全員、ジャンプに来てほしい」

漫画の裾野を広げたい

「ジャンプルーキー!」の投稿者増を受けてライバル心を燃やしたというのは週刊少年ジャンプ編集部の片山達彦(31)だ。片山も、メディアの多様化によって若い人たちが漫画から離れているのではないかという危機感を共有していた。

「だとしたらこちら(週刊少年ジャンプ)も、ハードルが低くて応募しやすい賞をつくろう」

片山の新しい企画は、この夏に開催された「Jスタートダッシュ漫画賞」だった。枚数は3〜7ページ。鉛筆書きでも、ネームでもいい。Twitterでの投稿も可能。前代未聞の「冒頭だけの漫画賞」だ。

この賞を発想したのは、先輩編集部員たちと話しているときだった。「面白い漫画って、たいてい冒頭が面白いよね」という話に、「これを漫画賞にしてみては」と思いついた。片山は言う。

「週刊少年ジャンプ編集部は能動的な人に優しいんですよ。だから若手が『こんな漫画賞をやりたい』と言いだしても基本的に止めないし、『失敗してもいいからやってみなよ』と言ってくれるんです」

週刊少年ジャンプ編集部の片山達彦さん。漫画編集者の仕事を「超楽しい」と言う。「賞をとる、連載が決まる、コミックスが出る、アニメになる。漫画家さんと一緒に喜びを共有して、成長していくステップが用意されていますから」(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

「冒頭がすごい漫画」ですぐに思い浮かんだのが、漫画家・松井優征の「暗殺教室」だった。「暗殺教室」で松井は、冒頭のわずか3ページで「教師である謎の生命体を、生徒全員が暗殺する」というシチュエーションを表現した。「暗殺教室」の連載開始は2012年。片山は当時小学生向けの「最強ジャンプ」編集部にいたが、「すごい漫画が始まるぞ、というのが共通認識だった」と振り返る。

「松井先生に審査員を務めていただけないだろうか」。そう考えた片山がダメもとで審査員を依頼すると、松井は二つ返事で引き受けてくれただけでなく、「Jスタートダッシュ漫画賞」という名称も提案してくれた。

漫画家の松井優征さん。「Jスタートダッシュ漫画賞」の審査員を務めた。審査結果や入選作品の掲載予定などは10月29日発売の「週刊少年ジャンプ」48号で発表される(撮影:大河内禎)

松井は2001年に「週刊少年ジャンプ」の月例新人賞で審査員特別賞を受賞。アシスタントをしながら漫画を描き、2004年、「魔人探偵脳噛ネウロ」が増刊号に掲載される。2005年から同作品の連載を開始。「画力にコンプレックスを持っていた」という松井は、ジャンプをフィールドに「自分ならではの戦い方」を磨き上げていった。

片山の依頼を引き受けた理由を、松井はこう語る。

「『週刊少年ジャンプ』は、自分を拾って育ててくれた雑誌ですから。今度は自分の力で、たとえ一見分かりにくくても『才能を持った人』に力を与えることができたらと思う。あと、自分自身がいつか孫に『ジャンプで描いてたんだよ』って自慢したいんですよね。でもそのころに『週刊少年ジャンプ』や漫画が衰退していたら意味がない。漫画はずっとキラキラしててほしいし、第一線であってほしい。そのためにも、面白い漫画を描く人が増えてほしい」

松井さんは漫画家という仕事について「こんなに自由な仕事はないし、ジャンプほど野望をかなえられる雑誌はない」と言う(撮影:大河内禎)

応募規定を「きちんとした原稿でなくてもOK」としたのは松井の意見だ。

Twitterで「#スタートダッシュ漫画賞」と検索すると投稿された作品を見ることができる。デジタル処理されたきれいな原稿もあれば、鉛筆で描かれたラフなものもある。ノートの罫線の上に描かれた「作品とは言えない何か」も多い。

一見カオスな状況に、松井はうれしそうな顔を見せる。

「休み時間にルーズリーフに描いたような作品が入ってほしかったんです。そんな作品でも自分のアイデアに素晴らしいところがあるのを知ったら、『漫画を描いてみようかな』と思う人が増えるでしょう?」

片山は、編集長の中野に「浜辺の砂から金を見つけるようなもの」と苦笑されながらも、1600作以上の投稿作品全てに目を通していく。

「この人たちはとにかく、何かを描いたわけです。漫画を描く楽しさ、ワクワク感……『漫画を描くってこういうことなんだ』と思ってもらえたら」

スマホ時代だからこその戦い方

「少年ジャンプ+」の編集長を務める細野修平(41)は、中野と同期入社である。「月刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」を経て2012年から「週刊少年ジャンプ」の副編集長になり、その後「少年ジャンプ+」立ち上げに関わった。

スタートから4年、専用アプリの累計ダウンロード数は1000万を超えた。先行したLINEマンガやcomicoに対しても善戦している。

ウェブ漫画サイト「少年ジャンプ+」

細野は「これまで紙の漫画で培ったノウハウを生かせる部分はもちろんあるけれど、市場や読者の変化もあり、それだけでは難しい」と語る。

「多くのウェブ漫画サイトは、すでに完成された漫画やヒットしている漫画を集めて掲載し、ユーザーを増やしていきます。しかし『少年ジャンプ+』の場合はオリジナル作品の連載を立ち上げることに注力しています」

「少年ジャンプ+」では、「週刊少年ジャンプ」の電子版が購読できるだけではなく、50作以上のオリジナル無料漫画が連載されている。さらに『DRAGON BALL』などの「週刊少年ジャンプ」旧作なども読むことができる。

オリジナルの連載に関しては、ジャンプ本誌と同様に、作品ごとに編集者が付く。

「他誌から引っ張ってきた作家の場合、連載が終わったらまた他誌に行く可能性は高い。しかしジャンプの場合、基本的には育ててきた作家と2作目、3作目を作っていく。そうすると作家自身も成長するし、結局合理的なんですよね。『少年ジャンプ+』もそうありたいと思っています」

「少年ジャンプ+」編集長の細野修平さん(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

漫画をめぐるビジネスモデルが変容しつつある今、細野は「その(漫画家との)信頼関係がジャンプの一番の武器ではないか」と言う。

「今の子どもたちは漫画を読まないというけれど、漫画をスマホで読むようになった今、YouTubeも漫画も音楽もテレビも、全部同じ『スマホ』という土俵にあるんですよ。だったらここから、読者を取り返すチャンスだと思ってます」

それを可能にするのはやはり新たな「面白い漫画」なのだ。

漫画をスマホで読むことは当たり前になりつつある。「少年ジャンプ+」で人気が出てコミックスになり、ヒットする作品も生まれてきた(撮影:Yahoo!ニュース 特集編集部)

編集長の中野は語る。

「たった一人で描き上げたものが、100万部を売り上げて、世界で愛されて……と広がっていく。漫画家はとても夢のある職業だし、それは描いている本人しか味わえない感覚ですよね。チャンスがあるなら、ぜひそこを目指してほしい」

エンターテインメントの真ん中に漫画を引き戻す――そのために必要なのは、世の中を驚かせるような新たな才能。それを生み出すため、彼らの奮闘は日々続いているのだ。


川口有紀(かわぐち・ゆうき)
1978年、広島県生まれ。ライター、編集者。演劇雑誌の編集部員を経てフリーに。主に演劇、芸能、サブカルチャーの分野で取材・執筆活動を行う。

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