長谷川美祈

子どもの事故をどう防ぐ――「死亡事例のデータ化」実現に向けて

7/17(火) 10:08 配信

ベランダからの転落死や、川やプール、風呂場での溺死、おもちゃの誤飲など、「まさかの事故」はどうしたら防げるのだろうか。アメリカをはじめとした各国では、「チャイルド・デス・レビュー」と呼ばれる子どもの死亡登録・検証制度が実用化されている。子どもの死亡について、医師や警察官だけでなく、弁護士や児童福祉の担当者などが、解剖結果のほか、成育歴や生活環境も調査する。それらをデータベース化することで、社会に役立てる仕組みだ。いま、日本でもこの制度の導入に向けた動きが始まっている。(取材・文=田中有/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(撮影:長谷川美祈)

23センチのすき間をくぐり、飛び降りた

手すりの下に開いたすき間から、幼稚園児の「飛び降り事故」は起こった。

「正面を見たら、小さな人影が上からスッと落ちてきたんです」

2年前の冬、神奈川県のある幼稚園。階段を上がってきた男性教諭(50)は、ガラス戸越しにその光景を見た。あわててガラス戸を開け、外のテラスに走り出た。駆け寄ると、体育着を着た4歳(当時)の女の子が、ラバーの床に前かがみでしゃがんでいた。

「大丈夫? どこか痛い?」と聞いても「ごめんなさい」と泣きじゃくるばかり。抱き上げて職員室に走り、救急車を呼んだ。

この事故は、小さな偶然が重なって起きたようだ。女の子はトイレから出て、クラスの子を探しに上の階に上がり、鍵がかかっていなかったドアを通って屋上に出た。

飛び降り事故の起きた幼稚園。女児はドアを通って屋上へ(撮影:編集部)

すると、友だちが園庭で運動しているのが見えた。自分も行こうとしたが、出てきたドアが自然に閉まってしまい、開かない。混乱した女の子は、屋上の手すりと床の間に開いていた23センチのすき間をくぐり抜けてルーフに立ってから、約2メートル70センチ下のテラスに飛び降りたものと思われる。園によると女の子にケガはなく、一晩入院しただけで退院した。

左図:手すりと床の間に開いた23センチのすき間をくぐり抜け、ルーフにいったん下りてから、約 2メートル70センチ下にあるテラスの床へ飛び降りた。右写真:女の子が着地したテラス(撮影:編集部)

当時担任だった女性教諭(26)には、一連の出来事が信じられなかった。

「いつもは引っ込み思案で、遊具の高いところも怖がるようなお子さんでした。まさかあの子が、狭いところをくぐって飛び降りるなんて」

園はその日のうちに、すき間を間仕切り用のワイヤネットですべて埋めた。

事故後すぐ、ホームセンターで購入したワイヤネットですき間を埋め、通れないようにした(撮影:編集部)

この幼稚園では、手すりの高さを建築基準法施行令の規定より20センチ高い130センチに、また、柵の間隔も安全の目安とされる11センチに設定している。手すりの周りに踏み台になる物を置かないなど、転落防止の対策も取っていた。しかし「手すりと床とのすき間」は盲点だった。似たような仕様の手すりがある建物では、同様の事故がいつ起こっても不思議ではない。

親が片時も目を離さないのは無理

(撮影:長谷川美祈)

厚生労働省による2016年の人口動態統計で日本の若年層の死因をみると、「不慮の事故」は0歳で4位、1~4歳、5~9歳、15~19歳で2位、10~14歳で3位だった。悪性新生物(がん)、先天性の奇形などと並んで上位に入っている。

新聞報道によると、今年1月、近畿地方で5歳(当時)の男児がドラム式洗濯機の中に閉じ込められた状態で発見され、窒息による死亡が確認された。今年5月には同地方で1歳男児が、クローゼットの取っ手からぶら下がっていたスマホのチェーン・ストラップに首を引っ掛け、意識不明の重体となった。

横浜市で緑園こどもクリニックを開業する小児科医の山中龍宏医師(70)は「子どもの事故はオンリーワンではなく、必ず似たようなケースが起きている。原因が分かっていたら、防げたはずです」と話す。

緑園こどもクリニックでインタビューに答える山中龍宏医師(撮影:編集部)

山中さんは事故による子どもの傷害を予防する活動を行う、NPO法人Safe Kids Japan(SKJ)を2014年に設立し、理事長を務めている。30年以上前の勤務医時代、プールの排水口に吸い込まれた女子中学生が運び込まれ、その命を救えなかった。以来、事故予防の必要性を痛感し続けている。

山中さんは勤務先の病院で子どもの死亡事例を集めるなど、手探りで事故予防について調べていった。所属する学会で事故対策の委員会を立ち上げ、広く医療機関から情報を収集。また自身も小児科医として、誤飲や転倒でやってくる子どもたちの治療に当たった。

次第に山中さんは、「子どもの事故にはパターンがある」と気付く。例えば、炊飯器の蒸気や倒れたポットのお湯でやけどをする。歯磨きの最中に歩くなどして転び、歯ブラシがのどに突き刺さる。踏み台になる物があったために、窓やベランダを乗り越えて転落する。

(撮影:長谷川美祈)

「気を付けましょう、といくら言われても、ふとした瞬間に事故は起こる。親が子どもから片時も目を離さないなんて、無理な話です。それよりも、実際に起こった事例を詳しく分析し、その情報を社会で共有するほうが予防につながるんです」

山中さんは2006年、子どもの事故を調査しデータベース化する研究機構「子どもの傷害予防工学カウンシル」を設立。2009年にはそこで得られたデータをもとに、家電メーカーと協力して蒸気温度を50度まで下げた炊飯器を開発した。SKJを設立した後も、医療機関や自治体からデータを集めて企業と連携し、「倒れた際にお湯が漏れない電気ケトル」「弾力のある柄が曲がり、のどに突き刺さりにくい子ども用歯ブラシ」などを生み出している。

「重傷事故が発生した現場の情報は警察が持っている。予防するためには、医療機関にあるデータだけではなく、この情報も不可欠と考えています。アメリカには『子どもの死亡登録・検証制度(チャイルド・デス・レビュー Child Death Review=CDR)』という仕組みがあり、すでに広く情報を収集する体制が実現しているのです」

(撮影:長谷川美祈)

アメリカの多くの州で法制化されているCDRでは、18歳未満の子どもの死亡について詳しい調査を行う。検証は医師以外に警察官、弁護士、児童福祉の担当者などが分担し、解剖結果のほか、子どもの成育歴や生活環境なども明らかにする。

それらをデータベース化したところ、例えばアリゾナ州では、「プールの溺水の9割は、周辺にフェンスを作れば防げた」「虐待死67例のうち5例は検証前には虐待とみなされていなかった」という報告がなされた(「Can child deaths be prevented? The Arizona child fatality review program experience.」2002 から)。

2016年8月28日の朝日新聞に、CDRが事故予防に功を奏した例が紹介されている。CDRを導入したペンシルベニア州では、「睡眠中に子どもを亡くした家庭の8割が低所得者層で、そのうち9割では親との添い寝であった」という分析結果が出た。これをもとに2006年ごろから、子どもの1人寝を推奨し、ベビーベッドを安価で売り出すキャンペーンを有志団体と企業が始めた。同州での子どもの睡眠中の死亡例は、1999年の109例から2013年の48例に減っている。

(撮影:長谷川美祈)

現在では、アメリカのほぼすべての州、オーストラリア、イギリス、香港、カナダの一部の州などでCDRを制度化している。

縦割り行政と法律の「壁」

日本でもCDRを導入する動きが始まっている。

厚生労働省は科学研究費の補助金を出し、2010年ごろから研究が本格化。2017年には同省が省内横断的なプロジェクトチームを立ち上げ、自民党内でも今年5月からCDRの勉強会が始動している。

自民党の参議院議員(全国区)・自見はなこさんは、勉強会を立ち上げる音頭を取った1人だ。

小児科医でもある自見はなこ議員。CDR実現を訴えてきた山中さんの活動は、東京大学小児科に入局したころから知っていたという(撮影:編集部)

「厚労省が目標にする実用化の時期は2022年度。もっと早くできないものか、と焦りも感じます。でも一歩ずつ確実に、CDRの実現には近づいていると思います」

2016年の当選後、CDRの実用化に向けては現行制度に多数の障壁があることを知ったという。

自見さんが驚いたのは、子どもの事故を取り扱う省庁の「縦割り」だった。保育園の問題を扱うのは厚労省で、公立の小中学校や幼稚園ならば文部科学省の管轄だ。しかし、事故が私立幼稚園で起きた際、市町村の教育部門の動きは鈍い。公園での事故は国土交通省、おもちゃや家電が原因ならば、経済産業省や消費者庁に報告が上がっていく。そして、いち早く現場で細かいデータを集めるのは警察だ。

(撮影:長谷川美祈)

CDRに関する研究では、全国から死亡した子どものデータを集める方法が検討されていた。「縦割り」のままでは、データ収集は困難だ。しかし、行政に動きがあった。

「2017年7月、厚労省に子ども家庭局が新設され、8月にはCDRの5年以内の制度化を謳いました。そして10月、『子どもの死因究明の推進に係る関係局プロジェクトチーム』が設置されて、一歩前進したなと思っています」

5月23日、自民党・死因究明体制推進に関するプロジェクトチーム(PT)の勉強会で、CDRが議題となった。同PT座長の石井みどり参議院議員(左)と事務局長を務める自見はなこ議員(撮影:編集部)

警察の捜査に関する情報をCDRに取り込むことができないという問題もある。

事故直後の現場に関する記録は、予防につながるデータの宝庫だ。しかし、刑事訴訟法第47条に「訴訟に関する書類は公判の開廷前に公開してはならない」と定められている。ただし、この条文には「公益上の必要があればこの限りではない」とも付け加えられている。

「CDRは公衆衛生学的なアプローチで、事故や虐待など、“予防できたはずの死”をこれから防いでいこうというもの。ですから、CDRで必要となる情報の活用は、“公益性”そのものといえるでしょう。『CDR新法』を作るのか、関係法を改正するのかは未定ですが、ともかく“公益性”の法的根拠が必要です。加えて、情報が整理される仕組みを制度化し、『社会に益をなすもの』という趣旨をはっきり書くことで、第47条の壁を突破できると思います」

(撮影:長谷川美祈)

死因を明らかにする仕組みが必要

日本版CDRを実現する三つ目の壁が、日本では死因の究明そのものが難しい、という課題である。

例えば、スウェーデンなど北欧諸国では警察に届けられた異状死・変死のうち約90%を、オーストラリアでは約50%を解剖する。これに対し、日本ではすべての異状死(医療機関で自然に亡くなる以外の死)に対し、法医学者らが行う法医解剖(司法解剖や行政解剖など)は12%にすぎない。法医学者が少なく、解剖や諸検査を実施する設備が整備されていないことが原因と考えられている。

法医学者で、厚労省のCDRに関する研究にも参加している千葉大学法医学教育研究センター教授の岩瀬博太郎医師は、法医解剖の重要性を強く訴える。

「日本は諸外国と比べて死因究明のシステムがお粗末です。このままCDRを始めても、正確な死因や死亡状況が分からない事例ばかりが集まり、骨抜きのCDRになってしまうでしょう。例えば、18歳以下の年齢までの異状死は基本的にすべて法医解剖をして、死因を明らかにする仕組みが必要だと思います」

(撮影:長谷川美祈)

「防げたはずの事故」だった可能性

子どもの救命救急と安全管理の啓発活動に個人で取り組む、神奈川県在住の松田容子さん(49)は、CDRの導入に期待する1人だ。松田さんは2013年2月、小学校のスキー旅行で長女の伶那(れいな)さん(12歳=当時)を亡くした。伶那さんがスキー場で遊んでいたときに突然、心臓が止まってしまったのだ。

夫と2人で駆け付けた病院で、死因を突き止めるなら解剖が必要だと医師から告げられた。松田さんは解剖するべきだと思ったが、順番を待たなくてはならず、さらに夫の意向もあって断念した。後に手を尽くして調べたものの、結局死因は不明のままだ。松田さんは言う。

「死因が分からないことがこれほど苦しいとは。だから今でも娘の死を受け入れられず、前に進めない気持ちがあります。あの時解剖しなかったことが、地団駄を踏みたいくらい、くやしいんです」

亡くなる前日、スキー旅行に向かう新幹線。友だちが撮影した伶那さん(写真提供:松田さん)

伶那さんを亡くして1年ほど経ってから少しずつ、松田さんは心肺蘇生法や子どもを取り巻く危機管理について勉強し、子ども安全管理士などの資格も取得した。その過程で、CDRについてアメリカで学んだ医師の講演を聴いた。医療関係者以外にもソーシャルワーカーなどさまざまな職種の人が死因の検証に取り組み、データベース化していく、という話に感銘を受けた。

「死因を突き止めておしまいではなく、亡くなった子どもに関わったすべての人が、その子が地域でどう過ごしていたのかということまで調べる。そして成果を社会に役立てる。これはすごいシステムだと思いました」

たくさんの写真を飾った、伶那さんの祭壇(写真提供:松田さん)

現在、松田さんは学校や保育園などで安全管理と救急救命についての講習を開いている。心肺蘇生法の講習では、伶那さんを思って「痛みを覚えないことはない」と話す。

「あの時にCDRがもしあったら、私の意向通りに解剖して詳しく調べてもらえたでしょう。AED(自動体外式除細動器)が近くにあって、すぐに電気ショックを与えたら娘の心臓が動いてくれたのか、それとももともとの病気があったのか、何かしらの手掛かりが得られたはずです。もう娘は帰ってはこないけれど、事故を無駄にしたくない。データを役に立てられる世の中になってほしい」

(撮影:長谷川美祈)

日本小児科学会は四つの地域で試験的にCDRを実施した結果を2016年に発表した。それによると、約27%が「予防可能死」の可能性があった。一見やむを得ないと思われた事故は、「防げたはずの事故」だったかもしれないのだ。

松田さんは救命講習の前に毎回必ず、伶那さんの事故を紹介して突然の事態に備えるよう訴える短い映像を流している。そこに、こんなフレーズがある。

「私がどんなに頑張っても、私の娘・伶那を助けることはできません。変えられるのは、これから先のことだけです」

[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
写真はイメージです


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