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認知症の配偶者や義父母の介護が理由で離婚はできる?【弁護士が解説】

後藤千絵フェリーチェ法律事務所 弁護士
(写真:アフロ)

1 はじめに

私は兵庫県西宮市で家事事件を主に扱っている法律事務所を経営する弁護士ですが、最近よく次のような相談を受けます。

夫との夫婦生活がうまくいっていなかったところに突然義母が倒れ、半身不随になった義母の世話を押し付けられるような形で引き受けてきました。一生懸命やっていたつもりだったのですが、夫や夫の親族から義母を大切に扱っていないと文句を言われ、体力的にも精神的にももう限界になりました。離婚したいのですが、介護が苦痛だという理由だけで離婚できますか?

もともと仲が悪かった妻の認知症が進み、1人で介護していたのですが、妻からはきつく当たられて本当に辛いです。離婚も視野に入れています。ただ、妻はもう離婚届を書くこともままならない状態で…。配偶者の認知症を理由として離婚が認められるものなのでしょうか?

写真:アフロ

厚生労働省が発表している「人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、同居期間が20年以上のいわゆる「熟年離婚」は、1985年は2万434件でしたが、2020年には3万8980件と35年で2倍近くになっています。

熟年離婚を希望する人の中には、配偶者が認知症になってしまったとか、義父母の介護が原因で離婚したいというケースも増えつつあるのではないかと考えられます。

親の介護や配偶者の認知症は、高齢化社会が進むにつれて、誰もが直面する問題です。

では、配偶者の認知症や義父母の介護が原因で離婚はできるのでしょうか?

今回はこの点ついて解説します。

2 離婚が認められるために必要な離婚原因とは?

写真:アフロ

そもそも、離婚をするためには、配偶者の同意が必要です。

配偶者の同意が得られない場合には、離婚調停に進むことになります。

調停での話し合いがまとまらない場合には、離婚裁判になりますが、訴訟で離婚が認められるためには、以下の「法定離婚事由」(民法770条1項)が必要です。

1号 配偶者に不貞な行為があったとき

2号 配偶者から悪意で遺棄されたとき

3号 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき

4号 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき

5号 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき

これらのいずれかに該当しなければ、裁判所は基本的に離婚を認めてくれません。

認知症が原因の場合で、すでに意思疎通が困難な場合には、上記の離婚原因のいずれかに該当すると言えるのかが問題となります。

3 認知症の配偶者と離婚するには

認知症が原因の場合は、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(4号)」に該当しそうに思えますが、実は認知症は過去の裁判例からすると、強度の精神病とは認められていないのが現状なのです。

判例では、アルツハイマー病に罹患した妻との離婚請求を認めたものがありますが、これは長期間にわたり夫婦間の協力義務が果たされていないことなどから「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき(5号)」にあたるとして、離婚を認めたものです(平成2年9月17日長野地方裁判所判決)。

ですので、認知症だけでは離婚は難しいのですが、これまでの状況から「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき(5号)」に該当すれば離婚が成立する可能性があります。

写真:イメージマート

裁判になった場合の注意点は、相手の将来設計にこちらが最大限の配慮をし、実際にも努力していることを裁判所にわかってもらうことです。認知症の配偶者との離婚を簡単に認めてしまえば、相手の生活が不安定になることが懸念されますので、裁判所ではこの点を重視します。

手続上の注意点としては、重度の認知症となり意思疎通ができない配偶者と離婚裁判をする際には、成年後見人を選任する必要があることが挙げられます。

成年後見人とは「判断能力を欠く状況になる者の財産管理や身上監護を担う後見人」であり、家庭裁判所から成年後見人が選任されれば、その成年後見人を相手方として離婚裁判を進めて行くことになります。

4 介護疲れが原因で離婚できるか?

写真:アフロ

介護離婚を考えるほど追い詰められるケースでは、周囲の支援が得られず、孤立無援をなっていることが多いものです。

そもそも義父母の介護をする法律上の義務は存在するのかというと、実は、民法には直接、義父母の介護をする義務を定めた条文はありません。

ただし、民法752条では「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定められていますので、夫が両親の介護を行っている場合には、妻は夫婦として協力する必要があるでしょう。

また、民法730条では「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」とも定められていますので、義両親と同居している場合には、介護に関し、一定の義務を負うケースもあります。

それでは、介護が苦痛だという理由で離婚できるのでしょうか?

写真:イメージマート

配偶者の同意が得られない場合には、法定離婚事由の有無が問題となりますが、

介護が原因で夫婦関係が破綻しているようなケースでは「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(5号)」に該当すれば、離婚できる可能性があります。

例えば、相手が介護に関して何も協力しようとしない、全く話を聞いてくれない、義両親の介護を一方的に押し付け自分は好き勝手なことをしている、介護をするのは当たり前で大変なはずはない、と言った姿勢で、協力を求めても何度も何度もはねつけられるような状態が続くのであれば、破綻と認定される可能性は高いといえるでしょう。

5 まとめ

配偶者が認知症を発症した場合、介護の問題や精神的な苦労など、さまざまな問題が発生します。

写真:イメージマート

もともと夫婦仲が悪かったようなケースでは、特に精神的な負担が大きくなると思われます。

また、義両親や配偶者の介護に疲れ、相談できる相手もなく、1人で抱え込み苦しんでいる方も多いでしょう。

重要なのは、1人で抱え込まず、親族にサポートを依頼したり、積極的に専門家の話を聞きに行くことです。

専門家に相談することで、思いもかけない解決策が見つかったり、問題点が把握できることで今後の進む方向性が見えてくることもあります。

認知症や介護の問題は、高齢化社会においては誰しも避けて通れないものです。

離婚という結論になる前にできることがあるかもしれません。

早い段階で医療や介護、法律の専門家に相談をすることをお勧めいたします。

フェリーチェ法律事務所 弁護士

京都生まれ。大阪大学文学部卒業後、大手損害保険会社に入社するも、5年で退職。大手予備校での講師職を経て、30歳を過ぎてから法律の道に進むことを決意。派遣社員やアルバイトなどさまざまな職業に就きながら勉強を続け、2008年に弁護士になる。荒木法律事務所を経て、2017年にスタッフ全員が女性であるフェリーチェ法律事務所設立。離婚・DV・慰謝料・財産分与・親権・養育費・面会交流・相続問題など、家族の事案をもっとも得意とする。なかでも、離婚は女性を中心に、年間300件、のべ3,000人の相談に乗っている。

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