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【ブレグジット】ジョンソン英首相がEUに新離脱案をいよいよ提示 「合意なき離脱」を避けられるか

小林恭子ジャーナリスト
与党保守党の党大会で離脱原案を公表したジョンソン英首相(写真:ロイター/アフロ)

 英国の欧州連合(EU)からの離脱期限が今月末に迫り、離脱後のEUとの関係を定める「離脱協定」がまとまるかどうかが焦点となってきた。

 英国とEUが離脱協定案に合意し、議会がこれを承認すれば、31日に離脱が決定し、2年(以上)の「移行期間」が始まることになる。

 もしこの過程がとん挫し、離脱協定がないままに離脱すれば(「合意なき離脱」)、移行期間は設けられず、今後の取決めがないままの離脱となる。この場合、多大な負の影響が出ると言われている。

ジョンソン首相が新離脱案を提示

 ジョンソン英首相は、「合意なき離脱も辞さない」という離脱強硬派だ。「どんな手段を使ってでも、離脱する」、と宣言してはばからない首相は、「合意なき離脱」をひそかに実行しようとしているのではないか、と言われている。

 2日、ジョンソン首相は、首相就任から2か月強を経てようやく、新たな離脱協定案の大枠をEU側に提示した。

 「新たな」というのは、メイ前政権時代に、英国とEU側は一旦は離脱協定案に合意しているからだ。しかし、メイ前首相はこの案を議会で通過させることができなかった。大きな障壁となったのが、北アイルランドの国境問題を巡る、いわゆる「バックストップ」という枠組みだ。

「バックストップ」の頭痛

 アイルランド島の北部6州は英領北アイルランドだが、南部はアイルランド共和国だ。現在はどちらもEUの一部であり、かつ「北アイルランド紛争」(1960年代から98年)後に締結された「ベルファスト合意」によって、両地域の間では国境管理が廃止されている。

 しかし、もし英国がEUから離脱すれば、国境管理が復活する可能性がある。和平が脅かされるという恐れのほかに、EU圏の物品が、離脱後もアイルランドから北アイルランド、そして英国本土に自由に・無関税で入ることになれば、EUの単一市場や関税同盟の意味がなくなってしまう。

 そこでメイ前首相とEUが、英国が離脱後の移行期間にEUと包括的な通商協定をまとめられなかった場合、「アイルランド国境を開放しておくための最終手段」として考案したのが、バックストップである。北アイルランドを含む英国全体とEUとの間に一種の関税同盟を結び、かつ北アイルランドはEU単一市場の一部ルールに従うようにした。

 ところがこれに対し、与党・保守党の離脱強硬派を含む多くの下院議員が反対した。バックストップは英国とEUの双方で決める枠組みで、英国が一方的に抜け出ることができないことや、「現状と変わらない」ということなどが理由だった。

 ジョンソン首相が発表した新離脱案の大枠は、政府のウェブサイトで確認できる(欧州委員会委員長ユンカー氏にあてた書簡補足説明)。

 以下の5つの要素を根底に置いている。

 (1)「ベルファスト合意」に沿うものである(和平合意を守ることを最優先する)。

 (2)英国とアイルランド共和国の間の、長年にわたる協力関係への責務を追認する(互いの国を自由に行き来する「共通通行地域」協定、北アイルランドに住む人全員の権利の保障、アイルランド島の北と南の協力関係における責務)。

 (3)アイルランド島全体の共通規制ゾーンの設置につなげる(北アイルランド内の物品についての規制をEUの規制と同一化することで、すべての物品の国境検査を撤廃する)。いかなる状況であっても、北アイルランドとアイルランドの間に物理的国境(ハードボーダー)は作らない

 (4)北アイルランド自治政府や議会が、離脱の移行期間中に規制ゾーンを継続するかどうかを決定し、その後4年毎に続行するかどうかを判断する

 (5)移行期間終了後、北アイルランドはEUの関税同盟から抜けるものとする。

問題点は?

 新離脱案の問題点は、何か。

 フィナンシャル・タイムズ紙のジョージ・パーカー記者によると、この離脱提案によって、北アイルランドは事実上、EUの単一市場に入ることになる(2日付記事)。これによって、今度は北アイルランドと英国本土の間で検査が必要になった。

 また、北アイルランドとアイルランドとの間の関税検査の問題も浮上するという。

 ジョンソン首相はこれまで、「別のやり方」、例えば工場やサプライ・チェーン、トラックの抜き打ち検査やテクノロジーを使った検査を行えばいいと説明してきたが、EU側はすでに「これでは、機能しない」と切り捨てている。

 関税検査が強化された場合に、北アイルランドの過去の緊張関係の再来にもなりかねない、とパーカー記者は指摘する。

関係者の反応は?

 北アイルランドの地方政党で、離脱派の民主統一党(DUP)は英下院に10議席を持つ。これまで、北アイルランドが英国本土と少しでも異なるように扱われることに反対してきたが、今回の新離脱案には「歓迎」の意を示している。

 アイルランドのバラッカー首相は否定的な見方を示した。北アイルランドに緊張関係が発生する可能性や、密輸入の危険性を指摘した。「期待が持てない」。

 EUのバルニエ首席交渉官(離脱問題担当)は、新提案について話し合いを進める意思を明らかにした。

 ジョンソン首相は、2日、保守党の党大会での演説で新離脱案の大枠を紹介し、EU側がこの提案を受け入れなかった場合、合意なき離脱になると述べている。

 英政府側は、17日と18日に開催されるEU首脳会議での合意・承認を目指している。

 首相が本音では「合意なき離脱」を求めているのではないかという疑念は消えていないものの、DUPに加え、保守党内の離脱強硬派グループ「ERG」もこの提案に賛同する姿勢を見せており、下院の議席数だけを見ると「法案として出されれば、通過可能」という見方が出てきている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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