人権問題から経済問題へ~世界経済フォーラム・ジェンダーギャップ指数の意義とは
2月20日(火)、東京・紀尾井町のYahoo!Japan本社内にある「Yahoo!ロッジ」で「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数の『正しい』読み解き方」というセミナーが開かれました。国際協力や政策提言に強いNPO・Gender Action Platform(GAP)が主催し、私はYahoo!ロッジとの協業などで協力しました。
毎年秋に発表される「ジェンダー・ギャップ指数」は、世界144カ国を対象に、各国内の男女格差を測り、格差が小さい国ほど上位にくるランキングを発表しています。2017年、日本は114位と過去最低を更新。残念ながら、先進国では最下位の状態が続いています。そもそも、ジェンダー・ギャップ指数を公表する意義はどこにあるのでしょうか?
セミナーでは、最初にGAP理事長で国連女性の地位委員会日本代表を経験した、目黒依子先生(上智大学名誉教授)が「ジェンダー・ギャップ指数の比較優位」をテーマに話しました。目黒先生は、国連で開発された「Gender Empowerment Measurement(GEM)」をグローバル・ジェンダー・ギャップ指数(Global Gender Gap Index: GGGI)と比較しました。
■目黒 依子 Gender Action Platform理事長
上智大学名誉教授。ケイス・ウエスタン・リザーヴ大学大学院博士号(社会学)、東京大学大学院修士号 (社会学)。家族社会学や日本のジェンダー研究創成期より、各領域の研究・教育に携わる。元国連総会日本政府代表代理、国連女性の地位委員会日本代表、など。単著『主婦ブルース』(筑摩書房)、『女役割−性支配の分析』(垣内出版)、『個人化する家族』(勁草書房)、『結婚・離婚・女の居場所』(有斐閣)、『家族社会学のパラダイム』(勁草書房)他、共著書、論文多数。
■目黒先生のお話
1990年代に『人間中心の持続可能な開発』が重視されるようになったことが、GEM測定と公表のきっかけになりました。これは、女性の権利=人権の視点に立ち、女性のエンパワーメントを政策目標と考えたとき、その度合いを測ったものです。
2000年代に入ると、男性を巻き込む必要性を感じた国際機関は『ジェンダー平等はそれ自体が目的であると同時に経済発展のための手段である』と主張するようになります。これは、ジェンダー平等を促進するための戦略の変化といえるでしょう。
2006年に世界経済フォーラムがGGGIを測定・発表します。その頃、IMF専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏が「女性の経済活動は、女性の権利であり、同時に国の経済への貢献でもある」と述べています。経済効率と女性の人権の両面に言及するスマートなメッセージです。
ラガルド氏のメッセージは、日本の政財界リーダーの政策変化に影響を与えました。
もともと世界経済フォーラムは日本の企業社会や政治家から注目されている機関でした。また「男女格差」という概念は「人権」より理解しやすいこともあり、GGGIランキングへの注目度合いも上がっていきます。
「女性の権利」より「経済発展に重要」の方が、一般市民、とりわけ男性に受容されやすかった、ということです。
GGGIは政治、経済、教育、健康の4指標を用いていますが、このうち国のスコアに影響が大きいのは政治と経済におけるギャップです。これらは特にジェンダー規範が反映する領域です。性別に基づく政治文化と企業文化が強固な、経済発展の制度設計以上にジェンダー規範を優先する国かどうかが分かります。
人権問題か、経済問題か?
人権問題から経済問題へ――。この流れは日本国内の議論にも共通します。日本では、1999年に男女共同参画基本法が施行されました。法律の前文にはこのように書かれています。
「我が国においては、日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、男女平等の実現に向けた様々な取組が、国際社会における取組とも連動しつつ、着実に進められてきたが、なお一層の努力が必要とされている。」
ここで最も重視されているのは、人権や男女平等といった概念であることが分かります。
その後、2005年頃から人口減少時代に入ると、経済界や経済メディアの姿勢が大きく変わりました。そうした中、2013年に安倍晋三首相は「成長戦略スピーチ」で女性活躍を経済成長の文脈で語ります
「女性の活躍は、しばしば、社会政策の文脈で語られがちです。しかし、私は、違います。「成長戦略」の中核をなすものであると考えています。」
目黒先生の話を受け、UNDP(国連開発計画)で途上国支援とジェンダー政策を手掛けたGAP理事の大崎麻子さんは次のように話しました。
■大崎 麻子 Gender Action Platform理事
関西学院大学客員教授。コロンビア大学国際公共政策大学院修士号(国際関係)。UNDPにてジェンダー平等の推進と女性のエンパワーメントを担当。貧困削減、民主的ガバナンス、紛争・災害復興等におけるジェンダー主流化に従事。公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン理事、男女共同参画推進連携会議有識者議員等を務める。著書に『エンパワーメント 働くミレニアル女子が身につけたいこと』(経済界)。
■大崎さんのお話
開発協力の分野では、1990年にUNDPが「人間中心の開発」という概念を発表し、開発の目的は、単なる経済成長ではなく、一人一人の人生の選択肢の幅を増やすことだと定義づけました。90年代には人権の観点を踏まえた国際目標が採択され、「人間開発の10年」と言われています。
1989年の第44回国連総会で採択された「子どもの権利条約」が1990年に発効(日本は1994年に批准)しました。1992年には環境と開発に関する国際連合会議がブラジルのリオデジャネイロで開かれました。
1994年にエジプト・カイロで開催された国際人口開発会議において採択された行動計画ではリプロダクテイブ・ヘルス/ライツの向上が人口政策の大きな柱として確認されました。リプロに関する権利は、女性の性的自己決定権の尊重や、妊娠・出産に関する自己決定に関するもので、女性の人権を考える上で欠かせない概念です。
そして1995年には北京で世界女性会議が開かれました。この会議での成果は、日本の男女共同参画政策にもつながっています。
こうした流れの中、国連は2000年にMDGs(Millennial Development Goals:ミレニアル開発目標)を定めます。ここにはジェンダー平等と女性のエンパワーメントも入っています。MDGsは具体的な数値目標と達成期限を掲げており、成果を出すことが必要になりました。
そこで出てきたのが、経済合理性の観点です。本来なら、途上国支援の際、ジェンダー平等は「普遍的な価値だから」やりましょう、と言いたいところです。
けれど残念ながら、理想だけで現場は動きません。そこで、政府開発援助を結び付けてインセンティブをつけたり、経済合理性の観点からジェンダー平等の重要性を伝えたり、国連機関も戦略的に考えるようになりました。
実際、途上国支援に関わると、女性への投資が社会発展、経済発展につながることを実感します。女性が収入を得ると、子どもに予防接種を受けさせたり、学校に行くための自転車を買ったりしますから。
2006年に、世界銀行は、途上国での開発効果の調査を踏まえ、”Gender Equality as Smart Economics(ジェンダー平等は経済にとって良いこと)”と題した行動計画を発表します。最近は、IMFやマッキンゼーなどが、経済合理性の観点から、男女平等の重要性を調査・発信するようになりました。
目黒先生と大崎さんのお話から、女性の地位に関する国際的な議論は、人権と経済の双方に重点を置きつつ、発展してきたことが分かります。
日本でも近年「女性活躍」という言葉をよく聞くようになりました。その背景を知ってみると、理解が深まるのではないでしょうか。
(写真は全てGender Action Platform提供)
【ご案内】
Gender Action Platformでは、今後も国際的な議論の枠組みを踏まえたジェンダーに関するセミナーを開催していきます。第2回目は「APEC加盟国・地域におけるジェンダー平等の取組み~ニュージーランド、カナダ、台湾、インドネシアにおける女性リーダー増加の事例に学ぶ」をテーマに5月11日(金)午前、東京・紀尾井町のYahoo!ロッジにて開催します。これらの国は最近3年間でなぜ、ジェンダー平等を推進することができたのか。定量データと事例から考えます。日本で何ができるか、主体的に考えたい方、ぜひご参加ください。
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