北朝鮮医療の「恐怖体験」を脱北者らが証言
北朝鮮で昏睡状態のまま長期間抑留されていた米大学生、オットー・ワームビア氏が帰国後に死亡した事件を受けて、北朝鮮の医療水準について注目が集まりそうだ。
北朝鮮と国交のある英国外務省は以前、「北朝鮮の医療施設と医師のリスト」という4ページの資料を公開し、自国民に注意を促したこともあった。北朝鮮の医療施設は劣悪で、衛生水準は基準以下だと指摘。病院には麻酔薬がない場合がしばしばあるため、北朝鮮での手術はできる限り避けることや、即時帰国するように勧告している。
実際、麻酔なしで手術を受けたことのある脱北者は、「メスを入れたお腹から伝わってくる痛みがどれだけひどいか。全身がぶるぶると震え、自分の血の匂いに吐き気がした」などと、その恐怖体験について語っている。
(参考記事:【体験談】仮病の腹痛を麻酔なしで切開手術…北朝鮮の医療施設)
最近では、米国の科学専門の非営利独立メディア、アンダーク(UNDARK)が、北朝鮮の医療の実態について脱北者の証言を元に詳しく伝えている。
証言者のひとり、北朝鮮・両江道(リャンガンド)に住んでいた脱北者のJさん(46歳)は2013年の冬に脱北した。ところが、韓国にたどり着いた彼女を待ち構えていたのは病気だった。病院を訪れた彼女に胃がんの宣告が下されたのだ。
北朝鮮にいたころから腹痛を抱えていたが、病院に行っても鍼を何本か打たれるだけで、これと言った治療をしてくれなかったという。
「これで一巻の終わりだ」と感じたJさんだが、ほぼ1年に及ぶ治療を経てがんの全摘出に成功し、完治した。北朝鮮では「死の病」であっても、韓国では必ずしもそうではないということを、身をもって感じたという。
北朝鮮では、当局の主張する無償医療制度はとっくの昔に崩壊しており、治療を受けるには医師や看護師にワイロを渡す必要がある。また、国家や地方機関が運営する病院には医薬品がないため、単なる紙くずにすぎない処方箋を出すことしかできない。そのため、少なくない国民が覚せい剤に医薬品としての効果があると勘違いし、まん延に拍車がかかっている。さらには医師も医大や専門学校を出たての新人が多く、ベテランは高額な報酬を要求する「ヤミ医療」に走っているのである。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)
アンダークに証言を行ったもうひとりの脱北者、平安南道(ピョンアンナムド)の医大を卒業して1998年に医師になったコ・ユンソンさんは、現在は韓国の高麗大学病院でレジデントを務める。
コさんによると、北朝鮮の病院には抗生物質、点滴液、レントゲン用フィルムが不足しており、あったとしてもレントゲンの解像度が低くて正確な診断を下すのが難しい。病院の施設や医薬品以前に、医療関係者の食料問題すら解決できていない。コさんは栄養失調から来る慢性胃炎に苦しめられていたという。
また、北朝鮮の医学は、伝染病と外傷に偏重しており、他の病気については概略しか学ばないことが多いため、医薬品や医療機器の扱い方を知らない医師が多いとのことだ。東洋医学への偏重ゆえに、西洋医学に接する機会が少ないのも問題だという。
(参考記事:知られざる北朝鮮精神病棟「49号病院」の実態)