木桶仕込みの地醤油復活プロジェクト。1845年創業、宮城塩竈『太田與八郎商店』の挑戦
味噌、醤油、みりん、納豆、漬物などの食品から、日本酒、ワイン、ビールなどのお酒まで、日本には数多くの発酵文化がある。なかでも東北は、長く続く冬を過ごすために数多くの発酵食品を生み出し、暮らしの中で当たり前のように発酵と寄り添ってきた。思い起こせばわが家でも母は自家製の味噌を作っていたし、ぬか床もあった。母方の実家はかつて石巻で酒を造っていたと聞く(古い話なので真偽は定かではないが)。
大人のためのプレミアムマガジン『Kappo 仙台闊歩』2022年1月号(12月3日発売)では、宮城はもとより、秋田、岩手、山形、福島など「東北の発酵」をテーマに特集を組んだ。伝統にイノベーティブが加わり、東北に新しい発酵文化が生み出されていると感じる取材だった。今回は誌面では紹介しなかったが、宮城県塩竈市で江戸末期から味噌醤油蔵を営む太田與八郎商店が挑んだ木桶仕込みの醤油にフォーカスしたい。
奥州一宮・鹽竈神社の門前に店を構えて176年
宮城県塩竈市。年間100万人の参拝客が訪れる奥州一宮・鹽竈神社を擁する港町である。仙台市から車で約30分、寿司の町としても知られている。その塩竈で、四代目太田與八郎(よはちろう)が、旅籠屋のかたわら味噌醤油の醸造業を始めたのは1845年(弘化2年)のこと。実に176年前のことだ。現在の場所に移転したのは1889年(明治22年)頃で、蔵は大正14年に、店舗は昭和4年に建て替えられた。長い歴史を感じさせる美しい建築物は、1993年(平成5年)に市の文化景観賞を受賞している。
東日本大震災の津波で蔵と店舗が浸水
2011年、東日本大震災の津波で、太田與八郎商店は大きな被害を受ける。蔵と店舗は床上1m以上の水に浸かり、蔵には壁を突き破って入って来た車が1台。機械類はすべて動かず、車も流され、商品含め何もかもが水浸しになってしまった。明治時代からある木桶も使い物にならない。ボランティアの助けを借りながら、なんとか蔵を再開するが、復興までは長い時間を要したという。
なぜ木桶造りなのか? 太田真さんに聞く
震災から8年が過ぎた2019年10月、太田さんは木桶仕込みの醤油づくりの復活を決意する。「かつてどこの醤油屋にもあった木桶がなくなり、いまでは木桶で醸造されている醤油が、全国の醤油流通量の1%にまで減ってしまいました。その理由は、ホーローやFRPのタンクで醸造するほうが、コスト面でも品質の安定面でも良いからです。それにそうした設備投資をしたほうが国からの支援を受けられるという背景もありました。私たちも時代の流れから木桶仕込みの醤油をやめた経緯があります。ただ、このままでよいのだろうかという思いを抱えていました」と語る。
江戸時代まで和食のベースとなる醤油、味噌、酢、みりん、酒などの基礎調味料は木桶でつくられていたが、費用対効果が合わないという理由で減少の一途をたどっていた。技術の継承も行われず、醸造用の木桶を製造する桶屋は一軒のみ。そんな中、香川県小豆島のヤマロク醤油五代目・山本康夫さんは、木桶仕込みを続けるメーカーや関係者を集め、毎年1月に島で新桶づくりの技術共有と職人を増やすプロジェクトをスタート。太田さんはその存在を知り、クラウドファンディングで資金を集め、自らも木桶で醤油を仕込もうと動き出した(詳細はブログ太田屋日記参照)。
なぜ木桶なのだろうか。「木桶で醬油を仕込むメリットは、木には無数の見えない穴があり、常に呼吸しているからです。醸造に必要な微生物の住む場所としてこれほど適した素材はありません。日本酒同様、蔵に住み着いた酵母やその地域の気候風土がその蔵でしかできない味を生み出すのです。日本酒なら地酒、醤油なら地醤油です。木桶と蔵付き酵母、その二つが織りなす味わいが私の考える地醤油。塩釜は魚の町ですから、新鮮な魚介類を最高の醤油で味わっていただきたい」と太田さん。
一麹(いちこうじ)、ニ櫂(にかい)、三火入れ(さんひいれ)
2020年2月ついに木桶が小豆島から塩竈に到着。いよいよ醤油づくりがスタートする。「工程で大事なのは、一麹(いちこうじ)、二櫂(にかい)、三火入れ(さんひいれ)です。まずは麹づくり。醤油の原材料である大豆と小麦に種麹を混ぜて、麹菌を繁殖させ麹をつくります。今回は美里町の鎌田醤油さんに協力を仰ぎました。次にその麹に塩水を加えて諸味(もろみ)つくります。塩分濃度を高めることで雑菌から守るんですね。冬に仕込んだ諸味は、5月に入ると発酵してきます。6月後半から9月末までは毎日櫂入れ(攪拌作業)。夏にはイチゴやモモ、リンゴなどが混ざったフルーツ系の香りがしてくるんですが、なぜこんな香りがと思うような不思議な香りです。大豆と小麦しか使っていないのに……。でもそれが発酵の力なんですよね。熟成段階に入ると香りは落ち着き、醤油本来の香りに変わっていきます。そして諸味を布に入れて圧搾。火入れとろ過をします。殺菌と香りを引き立てる火入れも技術が必要です。今回の木桶仕込みは予想以上の出来でした。夏頃、かつての木桶づくりを知る父に諸味を食べてもらったのですが、“うまいうまい”と言ってくれた。妻にも自慢しちゃいました」
2021年秋、ようやく出来上がった木桶仕込みの醤油は、搾った瞬間に見ることができる浅緋色(あさあけいろ)から『あさあけ』と名付けられた。本来は「全国醤油サミットin塩竈」でも注目を集める存在になるはずだったが、新型コロナウィルスの影響でイベント自体が中止に。「サミットが開催できなかったのでは残念ですが、今後も“ひとり醤油サミット”を実行し、地醤油の普及活動をしていくつもりです」と太田さんは笑う。
「将来的には原材料を仙塩地区の二市三町で調達できればと考えています。地元浦戸諸島の寒風沢島で小麦と大豆の試験栽培をお願いしていますし、七ヶ浜町産の大豆もあります。コストが合えば、塩竈の藻塩も使ってみたい。今後は塩竈の食文化の提案のひとつとして仲卸市場に貴重な搾りたて生醤油を持参し、新鮮な魚介類を堪能してもらう楽しみ方をおすすめしたいですね」
太田與八郎商店
宮城県塩竈市宮町2-42
TEL022-362-0035
FAX022-362-0276
9:00-17:00
定休日:日曜・祝日
駐車場:あり
※JR仙石線「本塩釜駅」より徒歩5分