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人があくびをする理由 なぜ伝染するのか? 呼吸器内科医が解説

倉原優呼吸器内科医
(写真:イメージマート)

あくびは人から人へ伝染します。ウイルスが感染するのは怖いですが、あくびの伝染はまったく怖くありません。なぜ人はあくびをするのか、なぜあくびは伝染するのか、について書きたいと思います。

人があくびをする理由

仮説①:体の酸素・二酸化炭素のバランスを整えるため

人は呼吸することによって、酸素を取り込み二酸化炭素が出ていきます。このサイクルがうまくいかないと、体の酸素が足りないあるいは二酸化炭素が多いという状態になります。これをリセットするために大きくあくびをするのではないか、という説があります。実はこれは、古代ギリシャから唱えられてきた説でもあります。

しかし、30年以上前に、二酸化炭素を吸った人であくびが増えないことが示されており(1)、実はこの説はやや否定的となっています。

仮説②:体温を下げるため

あたたかい部屋に行くと、あくびが出やすくなります。もちろん、体がポカポカして眠たくなっただけかもしれませんが・・・。

首を46度に温めた場合と、4度に冷やした場合で、あくびの数に差があるかどうか検証した研究があります(2)。これによると、首を温めた場合のほうであくびが多くなることが分かりました。大きく息を吸えば蒸発熱で体の内部を冷やすことができますから、なるほど、一応理にかなった説ですね。

仮説③:危険回避のため

現在最も有力視されているのは、本能的に危険を回避するためという説です(3)。これはどういうことかというと、世の中の動物は、寝ている隙に天敵に襲われる可能性があります。そのため、どうにかして寝ないように頑張ろうという防御的本能のあらわれではないか、ということです。動物にとって、大きく動作することなく眠気を覚ますことができるなら、天敵に見つかりにくいわけですから、これも理にかなった仕組みと言えます。

この説が正しければ、私の大学時代の親友は、授業が始まる前に必ずあくびをしていたので、医学部の難しい講義が天敵だったということになります。

授業は天敵なのか
授業は天敵なのか写真:アフロ

あくびが伝染する理由

さて、なぜあくびが伝染するのでしょうか。有力視されているのは、仮説③である「危険回避」を他者に知らせるためという、社会的共感説です。

これまでの研究から、あくびの伝染については、周囲への共感染が強く、相手との社会的関係性が深いほど伝染しやすいことが分かっています(4,5)

今から30年以上前と古い研究ですが、大人の被験者に、数種類の顔の映像を5分間にわたって30回見せて、どのくらいあくびが伝染するか調べたものがあります(6)。これによると、あくびの映像は、笑顔の映像よりも2倍あくびの数が多かったとされています。

あくびは、基本的には視覚的な刺激で伝染しますが、音や文字でも伝染します。実際、「あくび」とタイプしている私はすでにあくびが出ています。

赤ちゃんはあくびが伝染しない

例外はあると思いますが、2歳頃までは母親のあくびすら伝染しないことが分かっています。5歳頃からあくびの映像で伝染が確認され、6歳からは「あくびが登場する話」を聞くと伝染するとされています()(7)。つまり、幼少期に社会性が身に付くまで、あくびが伝染しにくいということが示されています。

図. 子どもへのあくびの伝染(参考資料7より引用)
図. 子どもへのあくびの伝染(参考資料7より引用)

また、精神疾患や社会コミュニケーション障害がある人ではあくびが伝染しにくいことが分かっています(8)。となるとやはり、「社会性」というのはあくびの1つのキーワードになることが分かります。

動物もあくびが伝染する

あくびがうつるのは人間だけと考えられてきました。しかし、実はそれ以外の哺乳類においてもあくびの伝染が確認されています。

たとえば、29人の被験者ならぬ、29匹の被験犬が参加したあくびの研究があります(9)。方法はいたってシンプルで、イヌの名前を呼んだ後にアイコンタクトを取りながらあくびをしてイヌのあくびを誘発するというものです。あくびではなくただ口をアーンと開ける疑似動作も取り入れました。その結果、ヒトがあくびをした場合、29匹中21匹であくびが伝染したそうです。疑似動作の場合は、誰一人として、いや、誰一匹としてあくびは伝染しませんでした。

また、あくびをする人が飼い主などの親しい間柄のほうが、犬にあくびが伝染しやすいことも分かっています(10)。

その他、南アフリカの野生のライオンにおいては、あくびが伝染した後に、集団的行動を同調させるような現象が観察されています(11)。これは、野生の本能に共感が存在するためとされており、群れで行動する上であくびは天敵から身を守るために必須のものなのかもしれません。

まとめ

現時点で得られる研究をまとめると、あくびの役割は「天敵から身を守るため」、そしてあくびが伝染する理由は、「周囲へ危険性を知らせるため」という本能が残っているからかもしれません。

すなわち、太古の昔から哺乳類に脈々と受け継がれてきた、必然的な反射なのです。

さて、この記事を読んで、あくびが出た人はいますでしょうか。文字だけでも3人に1人くらいはあくびが出ているはずです。記事がつまらないからあくびが出たなら、ごめんなさい。

(参考)

(1) Provine RR, et al. Behav Neural Biol. 1987 Nov;48(3):382-93.

(2) Ramirez V, et al. Physiol Behav. 2019 Aug 1;207:86-89.

(3) Daquin G, et al. Sleep Med Rev. 2001 Aug;5(4):299-312.

(4) Platek SM, et al. Brain Res Cogn Brain Res. 2005 May;23(2-3):448-52.

(5) Norscia I, et al. PLoS One. 2011;6(12):e28472.

(6) Provine RR, et al. Bulletin of the Psychonomic Society. 1989;27(3):211-4.

(7) Anderson JR, et al. Current psychology letters. 2003;11(2): DOI: 10.4000/cpl.390.

(8) Giganti F, et al. Current psychology letters. 2009;25(1): DOI: 10.4000/cpl.4810. 

(9) Romero T, et al. PLoS One. 2013;8:e71365.

(10) Joly-Mascheroni RM, et al. Biol Lett. 2008;4:446-448.

(11) Casetta G, et al. Animal Behaviour. 2021;174:149-59.

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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