奈良公園のシカは「天然記念物」 うっかり車でぶつけて逃げたらどうなる?
奈良公園のシカをオノで殺した男が文化財保護法違反で逮捕された。「車に体当たりされて腹が立った」と供述しているという。では、うっかり車でぶつけたり、そのまま逃げたらどうなるか――。
刑法は「物」扱い
他人の動物を殺傷したら、器物損壊罪が成立する。刑法は動物を「物」とみているわけだ。しかし、自分が飼っている動物や野生の動物を殺傷してもこれでは処罰できない。いまや単なる財産的被害のみならず、虐待防止などの趣旨も重要だ。
そこで、動物愛護法があり、「愛護動物」をみだりに殺傷したら最高で懲役5年に処される。2020年6月の改正で懲役2年から引き上げられており、懲役3年以下の器物損壊罪よりも重い。
もっとも、そこでいう「愛護動物」とは、牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと、あひるのほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類、爬虫類に属するものに限られる。
野生のシカはこれらにあたらないから、この法律も適用できない。本来であれば、男は無罪放免になるところだった。
ところが、奈良市のシカは1957年に国の天然記念物に指定されているから、その殺傷は文化財保護法違反にあたる。最高刑は懲役5年と重い。
現在では奈良市内を4つの区域に分け、農作物の被害が深刻な山間部では文化庁の許可による捕獲も可能だが、それこそ春日大社境内や奈良公園中心部は最も保護が必要なエリアに指定されている。オノで殺傷するなどもってのほかだ。
警察に通報を
ただし、これらの犯罪が成立するのは故意による場合に限られ、過失だと処罰されない。車で走行中、うっかりぶつけてしまい、シカを傷つけたり死なせてしまったとしても、罪に問われることはない。
にもかかわらず、天然記念物だから厳罰に処されるのではないかといった誤解から、そのまま逃げ去る運転者が多い。彼らの警察への通報は車によるシカの死傷事故の実に半数にとどまる。
奈良市のシカに限らず、不注意で動物に衝突して死傷させた場合、道路交通法では物損事故として取り扱われるが、これだけだと処罰されないし、違反点数の加点もない。
しかし、当て逃げして警察にも通報しなかったら話は別だ。道路上に倒れた動物が次の事故を誘発する危険性もあるからだ。
すなわち、道路交通法は、たとえ物損事故であっても、運転者に対し、(1)直ちに運転を停止して道路上の危険防止の措置をとるとともに、(2)警察官に事故の日時場所や損壊した物、その程度などを報告する義務を課している。
違反した場合、(1)だと最高で懲役1年、(2)だと最高で懲役3ヶ月に処されることになっている。違反点数も5点が付加される。
警察から事故証明の発行を受けなければ、車の修理代を自動車保険でカバーすることはできない。動物にも血が通っており、早く救護すれば助かる命もある。逃げ去らず、一刻も早く警察に通報すべきだろう。(了)