「フルトラ」商標事件について
”炎上”というほどではないのですが、知財(商標)関連でまたちょっとしたもめ事がありましたので解説しておきます。事件の経緯は、こちらの記事にまとまっています。
ポイントを時系列にすると以下のような感じです。
- 2022年7月12日 VR機器企業のShiftall社、映像機器等を指定商品に「フルトラ」を商標登録(6586026号)
- 2023年9月14日 メタバース系企業のプラネタ社、「フルトラ」の商標登録に無効審判を請求した旨をリリース (冒頭の引用記事ではアオミネクスト社となっていますが、リリースを出しているのはその関連会社(同じ代表者)のプラネタ社です)
- 2023年9月15日 Siftall社、商標権を行使しない(ただし放棄はしない)旨のリリース
「フルトラ」とは「フルボディトラッキング」の略でVRの分野では一般的な用語のようです。映像機器を指定商品にして商標登録出願された場合には、単に商品の特性を表わすに過ぎない”記述的商標”として拒絶されてもおかしくありません。
しかし、特許の場合と同じように、商標でも審査官にも見落としがあり、本来登録されるべきではなかった商標が登録されてしまうことはあります。このような商標権で権利行使された場合、無効審判を請求する(あるいは、侵害訴訟で無効を主張する)こともできますが、商標権は商品の特性そのままを表わす言葉には及ばないという商標法の規定があるのでそれを主張することも可能です。
プラネタ社は、「当社関係先に対して、商標権者である株式会社Shiftallより、"フルトラ"という語の使用を中止し、また過去に遡ってその表示を削除するよう求める連絡があった」ことに対して、無効審判を請求したとのことです(実際、もう特許情報プラットフォームに審判請求の記録が出ています、内容は審判が終わるまではウェブからは見られません)。なお、本リリースは、余計な「お気持ち」なしに法律的に意味のあることだけを主張していますので、専門家の助言の下に行われたものだと思います。
これに対して、Shiftall社は誰に対しても「フルトラ」の商標権を行使しないことを宣言しました。要は非を認めたということです。ただし、商標権の放棄は行わないことを表明しています(無効審判では戦うつもりなのか、ノーガードで行くのかはよくわかりません)。
特許の場合ですと、権利者が権利を放棄すれば、その特許発明は公知となり、誰も特許化できないパブリックドメイン的状況に置かれるのですが、商標の場合は公知にしても他者の権利化を防げません。仮に、Shiftall社が「フルトラ」の商標権を放棄したとして、その後に業界の秩序なんて知ったことではない外様企業が商標登録してしまうとかえって面倒なことになります(ただし、「フルトラ」が映像機器分野で再出願されて登録されることはほぼないとは思います)。いわば、Shiftall社が「ゆっくり茶番劇」事件におけるドワンゴのようなポジションになるということになります。これは、現在の商標制度の枠組みで考えればいたしかたありません。
ところで、このように、知財上の争いが炎上によって当事者が権利放棄(ないし非行使)することで収まるパターンをどう考えるべきでしょうか?本来は法律的に決着すべき争いが、人民裁判的に無理矢理解決させられるのは問題とも言えます。とは言え、このケースや先日のソフビ特許のように、本来は権利化されるべきではなかった可能性が高い特許権や商標権による権利行使を権利者の意思で取り止めるのは私的自治の原則から言えば好ましいとも言えます。もちろん、法律的に正しいことが世間の(ネット民の)多数意見でねじ曲げられるようなことがあれば問題ですが。