小4児童虐待死事件 市教委の罪【補訂】
千葉県野田市で起きた悲惨な児童虐待死事件。事実が明らかになるにつれて、多くの大人たちの不適切な判断、行動が問題になってきました。中でも信じられないのは、学校が秘密を前提に児童に書かせ、父親から暴力を受けていると訴えた心愛(みわ)さんのアンケートを、事もあろうに市教委がその父親本人に渡していたことです。私は、いくつかの自治体の個人情報保護審査会の委員として、個人情報保護条例の運用に携わってきていますが、この事件についてどこの担当者と話しても、みんな異口同音にこれはまったく考えられない対応だといった声を聞きます。
この市教委の誤った対応によって、日本中の子どもたちは学校が行うアンケートそのものに絶望的な不信感をもったのではないかと危惧します。この市教委の対応は、個人情報保護条例における重大な違反行為です。マスコミはその点について報道していませんが、全国の子どもたちの不信感を考えると、その点についてははっきりとしておく必要があるのではないかと思います。
まずは事実経過を確認します(太字は筆者)。
以上のような事実経過を踏まえて、改めて野田市個人情報保護条例の該当箇所を読んでみます(太字は筆者)。
この条例の中身を見ると、野田市の条例はごく一般的な内容であり、同じような規定はどこの自治体の個人情報保護条例にもあることがわかります。
父親の要求に対して(実施機関である)市教委が「個人情報であり、本人の同意がない」との理由で拒否し、1月15日に、父親が改めて「子供の字で書かれた同意書」を持参して、アンケートのコピーを渡すよう要求したというのは、条例の第15条に従った手続であって、とくに問題はありません(条例上は「本人の同意書」は必ずしも必要ではありません)。問題は、このアンケートのコピーが、条例第17条5号に該当することです。
この点について、同じく野田市の「個人情報保護条例の解釈及び運用の手引き」を見てみます。そこでは、第5号の解釈として、次のような説明がなされています(太字は筆者)。
「利益相反」とは難しい言葉ですが、相反する両立しえない利益が同一人物の上に重なっているような状態のことです。本件でいえば、子どもを守るべき父親が、その子どもから虐待を訴えられているという両立しえない状況にあるわけです。ですから、心愛さんが書いた「アンケート」は、まさにここで挙げられている「不開示情報の例」そのものといえます。したがって、いくら父親の威圧的要求があったにせよ、これを開示した市教委の対応は、この規定に明らかに違反していると考えられます(提供された客体が「個人情報ファイル」であれば、「2年以下の懲役又は100万円以下の罰金」(条例第40条)が科せられる)。
では市教委としてはどうすべきであったのか。
このアンケートは「不開示情報」そのものですから、市教委としては頑として「不開示」の決定を行い、それでも父親がなお不服だとするならば、野田市個人情報保護審査会に諮問することになります。個人情報保護審査会は、そのようなときのための第三者機関です。諮問を受けた個人情報保護審査会では、両当事者(市教委と父親)の意見を聴取し、実施機関(市教委)が下した「不開示」の決定が妥当かどうかを慎重に審査することになります(本件ではもちろん、「実施機関が行った不開示の決定は妥当である」との審査結果が予想されます)。
心愛さんは、市教委がアンケートを父親に渡した後、別の小学校に転校し、虐待を訴えることはなくなりました。その間の彼女の心の変化を想像するだけでも、胸が痛みます(想像ですが、虐待はエスカレートしていったのではなかったでしょうか)。せめて市教委が条例に則って冷静な対応を取ってくれていたら、と思わざるをえません。(了)
【追記】
地方公務員法第34条の守秘義務違反の罪が成立するという見解もあります。
【補訂】(2019.02.09)
市教委の対応は、条例第17条5号に明らかに違反していると考えられますが、罰則(第40条)では、客体が「個人情報ファイル」となっています。この点で、誤解を与える表現となっていましたので、本文を修正しました。訂正して、お詫びいたします。